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議会

<アカネ>

 アタシは連合議会の生放送をアルファと二人で眺める。すぐ目の前には湯呑に注がれた緑茶とどら焼きが用意されていたので、遠慮なく手を伸ばす。


「それでアルファ、今はどういう状況なの?」

「はい、連合議会を開く前に意思決定を統一しようと、根回しのための賄賂を用意していたのですが、一手遅かったようです」


 ふむふむと、アルファの説明を聞きながらアタシはどら焼きを噛じる。中身はつぶあんだった。自然な優しい甘みが口の中に広がる。


「通信魔法で連合議会の開催を要求したまではよかったのですが、通常ならば早くて開催まで十日のところを、馬を潰れるまで交代で走らせたり、緊急用の飛竜を使用することにより、僅か三日で各都市の代表が一人もかけることなく集まりました」


 連合都市もそれだけ今回の議題に本気だということだろう。その情熱をもっと別の所に活かせればいいのにね。アタシは半分ほどどら焼きを食べて、渋めの緑茶を一口すする。


「結果、賄賂も十分に行き渡らずに意思決定が曖昧なため、連合議会は各都市の利益を最優先に考え、アカネ町とペッパー町の貿易成立は現在、非常に困難になっています」


 これは船頭多くして船山に登るというやつだろうか。生放送を見ると、五人の子供たちに議論を投げかけるだけではなく、各都市の代表が互いに名指しで暴言を言い合っている。物を投げつけないだけまだ温情だろうけど、これは本当に末期なようだ。


「それで、何とかなりそうなの?」

「今の所は不明です。連合議会そのものが混沌としすぎており、もはや収拾がつかない状態です」


 これは可決か否決かが決まるまで何日もかかるパターン? それとも、一度保留で閉会して、次の連合議会の開催は未定になるパターン? どちらにせよ、ろくな結果にはならないだろう。

 映像の向こうの子供たちも、あまりに混沌としているために皆困惑していた。もはや各都市の代表とは、まともな意思疎通すら不可能な状況のようだ。


「はぁ…仕方ないか」

「どうされるおつもりですか?」

「何だか子供たちが困ってるし、今回の件は全部アタシの我儘が招いた結果だしね。連合議会の皆に貿易取り下げを伝えて、そのまま転移で連れ帰るよ。ついでに帰る途中で地下鉄のトンネルも塞いじゃうから」


 アタシは飲みかけの緑茶を机に置いて早速連合議会に転移をしようとした時、アルファが急いで呼び止める。


「ご主人様、お待ちください。こちらにお召し物のご用意がございます」

「いやいや、ちょっと転移で行って、一言断って帰ってくるだけなんだけど。運動着でよくない?」

「いけません。たとえ混沌としていようと、連合議会とは普段は儀礼を重んじる場所です。そのような場所にいつもの服装では…」


 別に子供たちを回収してすぐ帰るつもりだから、いつもの運動服でもいい気がするんだけど。しかしアルファがそう言うならと、大人しく従うことにする。


「わかったよ。けど早めにね。子供たちが現在進行系で困ってるから、早く家に帰して休ませてあげたいしね」

「かしこまりました。それではご主人様、こちらにどうぞ」


 そう言ってアタシは、筆頭メイドのあとをトコトコと付いて行く。早いところ回収して休ませてあげたいね。何しろ彼らはこの三日、家に帰れていないのだ。

 アタシも小さな頃、両親のいないお泊まり会とか心細くて夜はなかなか眠れなかったから、気持ちはわかるよ。そして何よりも、勤務先の会社に連日泊まり込みとか冗談じゃないよ!












<ペッパーの町 冒険者ギルド長>

 連合議会は混沌としていた。議題と開催を要求したまではよかったが、そこからの各都市の代表の動きが早すぎたのだ。おそらくは皆少しでも早く彼ら五人に接触し、アカネ町や女神様の情報を引き出すか、もしくは仲良くなり大きな利益を得ようと画策したのは間違いないだろう。


 せっかくペッパーの町が救われると喜んでいたのだが、これでは元の木阿弥だ。いや、場合によっては前よりも酷いことになるかもしれない。

 賄賂も渡せず、意思の疎通すらおぼつかない現状は、皆がそれぞれの利益を追求し、他人を蹴落とすことしか考えられなくなっている。

 こんな状況を見せることになってしまうとは、これまで協力してくれた五人の子供たちにも申し訳が立たない。思わず自暴自棄になり、連合議会の天を仰ぎ見る。

 するとそこに、突如として小さな漆黒の玉が空中に集まりだしたのだった。


「おい、アレは何だ?」


 誰が口を開いたのかはわからないが、いつの間にか皆は口汚く罵るのを止めて沈黙したまま、黒い球体の行方に視線を集める。

 やがて漆黒の球体の集まりが大きく膨らみ、そこからひび割れるように少しずつ光が溢れ完全に砕け散ると、黒い欠片は床に落ちる前に空中で泡のように消えていく。

 そして消えずに残ったのは、艷やかな黒髪をなびかせ、黒く澄んだ瞳で議会場の全てを見据え、夜空の星々を集めたような漆黒のドレスを身にまとい、白くみずみずしい肌を隠す、この世の者とは思えない程の美貌を誇る女性だった。


「…女神だ」


 空中で微動だにせずに浮遊したままの彼女は、直接名乗ったわけではないが、会場の誰かがポツリを漏らした言葉を否定する者はこの場にはいなかった。誰もが口を開かずに、じっと女神の次の行動を見守る。


「あーあー、ただ今マイクのテスト中。んー…アタシはアカネだよ。今回の件で皆さんを大変騒がせしてしまい、申し訳ありませんでした。今すぐ子供たちを連れ帰って、地下鉄のトンネルも綺麗サッパリ塞いでなかったことにするので、議題も取り下げてください」


 不思議と美しく澄んだ声が、連合議会の隅々まで響き渡る。

 一瞬、女神様の言っていることが信じられなかった。この件からは完全に手を引くということだろう。つまりアカネ町とペッパー町の貿易は完全に立ち消えになるのだ。それは困る。すごく困る。せっかく女神が現われたのに、目の前まで差し伸べられた救いの手を、突然引っ込められたのだ。

 やがて私以外の他の都市の代表が、興奮したように口を大きく開けて大声でツバを飛ばしながら、アカネ様に意見を述べる。


「アカネ様! それでしたら、我が都市との貿易はいかがでしょうか! ペッパーの町よりも遥かに大きく豊かで! 必ずや女神様のお眼鏡に適うかと!」

「あっ、そういうの別にいらないから」

「…えっ?」

「アタシはそういうのいらない」


 女神様のお言葉に他の都市の代表の顔があからさまに引きつる。やがてアカネ様は、困ったように愛らしい顔を私たちに魅せつけながら、ポツリポツリと言葉を続ける。


「子供たちがこんなに困ってるのに、わざわざ他の都市と貿易しようとは思わないから。アカネ町は今後は自給自足で回していくから、もう外の世界とは一切関わるつもりはないよ」

「そっ…そんな…! 女神様は我々を見捨てるのですか!?」「どうかお慈悲を!」「女神様! 行かないでください!」「どうか救いの手を!」


 悲壮な声が連合議会のあちこちから漏れる。自分も同じ気持ちだ。三日前からずっとペッパーの町の民と私は、目の前の女神様に救ってもらえると信じきっていたのだ。

 しかしアカネ様は不満気に、皆の救いを求める言葉を遮った。


「あのねー! アタシがいつ貴方たちを救ってあげるって言ったの? それは何時何分何秒よ! 言っておくけどアタシは女神じゃなくて、普通の女の子だよ! そんなこと出来るわけないでしょう!」


 普通の女の子であるわけがないと否定したかったが、声が出なかった。そして呼吸も出来ずに、陸に打ち上げられた魚のように口をパクパクさせるだけだった。

 気づけば会場中の皆も自分と同じように、喉を手で押さえて苦しそうにしていた。

 そしてアカネ様は息を大きく吐いて呆れ顔になったとき、ようやく元通りに呼吸が行えるようになった。私は女神様の前で生きるのを許されたことに深く感謝し、必死に呼吸を整える。


「アタシのことをどう思おうと別にいいけどね。他人を蹴落とす欲望ダダ漏れの貴方たちに、わざわざ手を差し伸べる気は毛頭ないよ。はい、これで救いの女神じゃないってはっきりわかったでしょう?」


 慈悲深い女神様だと思っていたが、その気になれば自分たちを一瞬にして殺し尽くすことも可能だと確認させられて、連合議会の皆は完全に言葉を失う。

 そう言い終わると、アカネ様はゆっくりと降下を開始して、五人の子供たちの前へと音もなくフワリと着地した。


「それじゃ皆帰ろっか。でも家に行く前にトンネル全部埋めるから、少しだけ寄り道するね」


 アカネ様はこれでやることは全て終わったとばかりに、自分たちに背を向けて虚空に去ろうとするが、その直前に大きな声が連合議会に響き渡る。


「めっ女神様! お待ちください!」

「んっ? 誰?」


 女神様が声が聞こえた方角を向くと、そこには荒い息を吐きながら彼女を見つめる、一人の老人の姿があった。


「どうか私も連れて行ってください!」

「…誰?」

「私に弟子入りしたがってる変な老人。連合都市では大賢者と呼ばれてる」


 疑問を浮かべる女神様に、近くのレオナさんがすぐに答える。しばらくアカネ様は考え込んでいたが、やがて結論が出たのか、目の前の興奮気味な老人に声をポツリとかける。


「アカネ町の亜人たち折り合い付けれるならいいよ。あと、アタシや子供たちにも迷惑かけちゃ駄目だよ」

「あっ…ありがとうございます! この大賢者! アカネ様のお慈悲を一生忘れません!」


 これで今度こそ終わりだと思ったのか、急いで駆け寄る大賢者様をのんびりと待つ女神様に、次は自分が声をかけた。


「女神様! お待ちください!」

「今度は誰?」

「ペッパーの町の冒険者ギルドのマスター」


 またも近くのレオナさんがすぐに答え、女神様が、ああ…あの人が…と小さく呟くと、ゆっくりとこちらに向き直る。


「女神様、本当に行ってしまわれるのですか?」


 悲壮な表情で女神様にすがる。本当に救いの手はすぐそこまで来ていたのだ。ペッパーの町の皆も、この三日は毎日嬉しそうにお互いの未来に希望を持ち、心穏やかに過ごしていた。


「うーんだって、この通り議会はシッチャカメッチャカだし。万一まとまったとしてもすぐ、それぞれの都市で利益の奪い合いになるのは目に見えてるしね。

 ペッパーの町のギルドマスターには、迷惑をかけて申し訳ないと思ってるけど」

「そうですか。いえ、いいんです。きっとこれは、私たちが女神様に頼りすぎた罰なのでしょう」


 彼女を困らせるつもりはない。けれど今の自分の気持ちを、懺悔を今この場で直接聞いてもらいたかった。


「何か言いたいことがあるの? いいよ。ギルドマスターにはお世話になったし、最後まで聞いてあげるから遠慮なく話してよ」

「はい、ありがとうございます。慈悲深い女神アカネ様。

 ペッパーの町は、いえ…連合都市全体は女神様が救いの手を差し伸べると聞いて、誰もが皆夢に浮かされたように喜んでいました」

「アタシは普通に貿易したかっただけなんだけど、何でそんなに喜べるのか。これがわからないよ」


 どうやら女神様は自分に黙って懺悔せてはくれないらしい。そこがまた年相応の少女のように見えて、可愛らしくも感じた。


「それは、女神様に対する期待の現れです。女神様さえいれば大丈夫。女神様のお力で全てが救われる。連合都市の皆は、そのような一種の熱病に浮かされていたのです」

「怖い! ここの人たちマジ怖い!」


 ひええっ! と叫びながら両手を組んでアカネ様はブルルッと身震いする。本当に怖がっているわけではなく、嫌悪感のほうだろう。


「そうなった背景には、アカネ町のことが伝えられたからです。新しい情報が入るたびに連合都市の我々には、まるでそこが神の楽園のように感じました」

「そんなものかな? 実際のところアタシは何もしてないんだけどね」


 呆れ気味にこちらを見つめる女神アカネ様は、そんな適当な態度でも真面目に懺悔を聞いてくれているのを感じて、少し嬉しくなる。


「そしていつか連合都市の皆も、第二のアカネ町になれることを夢見て…」

「なればいいんじゃないの?」

「…えっ?」


 今までとは違い、アカネ様が会話を途中で遮る。呆然としたまま、私は目の前の彼女を見つめ、次の言葉を黙って待つ。


「だから、第二のアカネ町になればいいんじゃないの?」

「しかし、アカネ様の救いの手は途中で止まり、貿易はもう…」

「いやいや、別にアカネ町は貿易で大きくなったわけじゃないし」


 アカネ様が目の前で右手をブンブンと振ってこちらの言葉を否定する。


「亜人の皆さんの努力の結果です! …と言いたいところだけど本当は違うんだよね」

「では、やはり女神様の救いの手で…」

「いやいや、アタシは何もしてないよ。一応最低限の生活必需品は提供したけど、あとはただ皆に道を示しただけだよ」

「道…ですか?」


 道とは言葉通りならば、町から町を繋げる道になるのだが、女神様はそちらの意味ではなさそうだ。


「皆それぞれの人生を後悔せずに生き抜くこと。これが一つ目の道、まあ最終目標という感じかな?」

「後悔しない生き方…それは」


 それはとても難しい目標だ。明日のことさえわからない今の時代では、とてもではないが、達成出来そうにない。


「もちろん最終目標だけあって達成するのはすごく難しいけど、アタシには頼りになる部下がいるからね。次の道を丸投げしてやったよ」

「部下? …それに次の道とは?」

「部下は…まあ今は別にいいかな。次の道は働くこと、それぞれの適正を調べて、各々が向いてる職業をピックアップして、その中から選んでもらうこと。もっとも、それは本当にやりたい職業が見つからない場合だけどね」


 なるほど、確かに自分はギルドマスターをしているが、これはやりたいからではなく、人に推薦されて仕方なくなったものだ。引退直前にはかなりの高ランクまで上り詰めたが、別の才能も持っていたのかもしれない。


「研修制度もバッチリだからね。必要最低限の技術が身につくまでは、しっかり手助けするよ。あとは亜人たちの毎日の頑張りで、アカネ町はここまで大きくなったんだよ。まあ、アタシの部下と技術革新のおかげもあるけどね」


 何ともためになるお話だった。女神様のお膝元では技術は、人から人へと教えるものなのだ。つまり皆を慈しみ、育て、次の世代、そしてまた次の世代へと繋いでいくものなのだ。

 自分もこの年までがむしゃらに冒険者として頑張ってきたつもりだが、ふと今まで歩いて来た道を振り返り、本当にこのままでいいのだろうか、次の世代のために自分は何をしてやれるのだろうかと、疑問が芽生える。


「女神様」

「何?」

「自分のような年寄りにも、道を示していただけますか?」

「ああうん、大丈夫だよ。定年退職後も働く人は多いから、ハローワークに通うお年寄りもそこそこの数いるよ」


 女神様の言っている言葉は詳しくはわからなかったが、何故だかとても救われた気がした。自分のこれからの人生が、一気に明るく開かれたようにすら感じる。


「女神様、自分のこれから先の道が知りたいです。どうか示してくださいませんか?」

「ハローワークに通いたいの? うーん、アレはメイドさんの数がそれなりに必要になるからね」

「何とかなりませんか?」


 腕を組んで困ったように考え込む女神様はとても可愛らしかった。懺悔しているのは自分なはずなのに、自然と笑顔が溢れてしまう。しばらく考えてやがて結論が出たのか、ポンと手を打ってこちらの顔を正面から見つめる。


「最初に建物や技術は用意するから、あとはペッパーの町の人だけで回してくれるならいいよ」

「ありがとうございます! 女神アカネ様! それと、迷惑ついでにもう一つだけお願いが…」

「物怖じしないね。でもまあ、別にいいよ」

「はははっ! 伊達に冒険者のギルドマスターをやっていませんので、度胸には自信がありますよ!」


 やはり女神アカネ様はお優しい方だ。自分の頼みを二度も聞いてくれるとは思わなかった。ますます、彼女の救いの手を逃しては駄目だと、強くそう思った。

 このまま行かせてしまっては私だけではなく、連合都市そのものがいずれ腐り落ち、滅びてしまうだろう。

 そんな負の流れを断ち切り、連合都市の全ての民を幸せに出来るのは、目の前の女神アカネ様以外いないのだと、今はっきりと確信した。


「アカネ町との貿易をお願いします」

「それはさっき断ったはずだけど?」

「はい、存じています。今回のお願いはペッパーの町だけでなく、連合都市全てとの貿易です」


 言ってやった。ギルドマスターとしての一世一代の大博打だ。案の定女神様は私の方を見つめたまま目を白黒させている。余程意外だったのだろう。

 しかし、もし可愛らしくプンスコ怒ったとしても、真剣に謝れば仕方ないねー…と許してくれるだろう。そんな姿を見たいというイケない気持ちも少しだけ抱いてしまう。


「ギルドマスター、どういうことか説明して。アタシにもわかるようにお願い」

「はい、今回はペッパーの町のみが対象だったからこそ、利益の奪い合いになったのです。

 ですので、貿易の範囲を連合都市全域まで広げます」


 物品の強制分配も女神様の采配ならば多少の差は生まれても、文句は出ないだろう。もしそれでも口に出す奴がいれば、今後はその都市との取引は全て停止すればいい。そうすれば他の都市の利益が増えて、アカネ様により深く感謝するだろう。


「なるほど、悪くない考えだね」

「ありがとうございます。それと同時にハローワークも連合都市全域に拡大します」

「そっちはペッパーの町だけのつもりだったんだけど」

「いやいや! そうでしたか? どうにも年を取ると耳が遠くなっていけませんな!」

「はあ…、まあ別にいいよ。実際に動くのはアタシじゃなくて、頼りになる部下に全部丸投げするからね」


 女神様に対して分不相応な口を聞く私を怒りもせずに、ただヤレヤレ仕方ないねという態度で、あるがままに受け入れるアカネ様は、やはり慈愛に溢れているようだ。


「アタシとしてもアカネ町の物品を捨てずに済むならありがたいけど、本当にそれでいいの? …ちゃんと貿易出来る?」

「はい、女神様の寛大なお心に感謝致します」


 最後のちゃんと貿易出来る? という台詞は、若干不安そうな顔をされているが、人を殺せる可愛らしさと鈴の鳴るような声に頭の中が蕩けさせられ、幸せのあまり思わず倒れそうになるのを堪えて、何とか言葉をひねり出した。


「アカネ町との貿易は必ず過半数を取り、可決させます。不安ならば、この場にいる皆に直接聞いてみればよろしいかと。

 何でしたら、代わりに私が決を採りましょうか?」

「あー…うーん、じゃあお願い。でももし駄目だったら駄目でもいいよ。こっちで全部処分しておくから」


 心底面倒そうに言葉に出す女神様に、深く感謝を捧げて、私は静まり返っている連合議会の全員に、今まで生きてきたなかで、これ程の大声を出したことがあるかというぐらい、全力で声を張り上げた。


「連合議会の皆! 女神アカネ様のお言葉だ! 心して受け止めろ! 女神様は連合都市の全てとアカネ町との貿易を行うことを望んでおられる! もし反対するならば、今すぐ名乗り出ろ! 女神アカネ様の信徒であるこのペッパーの町のギルドマスターが、即刻首をはねてやろう!」


 威風堂々と会場中に響き渡るように大声を張り上げる。今の私は女神様に仇なす敵が相手である限り、絶対に負ける気はしなかった。そう啖呵を切り、連合議会中をギロリと睨むと、私の昔馴染みである三人の老人が声をあげる。


「相変わらず威勢がいいのう」

「本当に昔のままじゃな」

「ほほほっ、むしろ若返ったように感じるわよ」

「何だ。お前たちは反対か? 三人同時でも相手になるぞ!」


 長い時間苦楽を共にした冒険者仲間の三人だ。彼らも一応は引退しているとはいえ、一人一人の実力は、皆今の私に匹敵するだろう。そのまま油断なく様子を伺う。


「お前さん、何か勘違いしとらんか?」

「相変わらず思いつきで行動するのは変わっとらんのう」

「私たちは味方よ。というより女神アカネ様の信徒かしら、…あら? どうやら貴方と同じようね」

「お前たち、…感謝する!」


 私は昔馴染みに向かって、そのまま深く頭を下げる。頼りになる仲間を持って本当によかった。そのまま呆れたように、魔女の老女が口を開いた。


「言っておくけど、反対する奴はいないわよ。でもそれは貴方が怖いからじゃない。

 一人の例外もなく、皆が女神様の慈愛に感謝しているからよ。だから貿易は満場一致で可決されるに決まってるのに。…相変わらず融通がきかない不器用な男ね」


 はぁ…と溜め息を吐く魔女の老婆に言われて、ようやく気づいた。

 連合議会の皆の顔には、もし反対する者がいたら自分がやっつけてやるぞという強い意気込みを感じる。そして今の会場には、そんな私と志を同じくする者たちしかいないことにもだ。


「皆! すまなかった! たった今、連合都市代表の満場一致により、アカネ町と連合都市の全区域の貿易を行うことが、可決された! 皆、女神アカネ様に感謝の拍手を!」


 会場中から割れんばかりの大喝采が慈悲深い女神様に向けて集まる。そんな光景に、彼女は物凄く戸惑っているが、今の私たちにはそんなことは関係ない。

 今このときから、連合都市は生まれ変わるのだから。

 私もアカネ様の教えの通り、これからの人生を後悔せずに生き抜こうと、連合議会の皆と一緒に強く心に誓ったのだった。


 女神アカネ様は五人の使徒と各都市の代表が見守るなかで、漆黒のドレスを身にまとい連合議会に降臨する。

 そして私利私欲が溢れて混沌とする議会を静め、多くの迷える人々を導くために、連合都市の全てを貿易を行い、人生の道を指し示すハローワークまでもを与えることを約束する。

 アカネ聖国記より抜粋。




 今では想像もつかないが、当時は連合都市は腐敗の温床となっており、賄賂を行わなければ意思決定すらおぼつかなかった。そのため、女神アカネは相応の見返りを用意することで、一時的にでも彼らの意思を統一することを選択したのではないかと考えられる。

 また、どれだけ大国であろうと、これ程の融資を一度に与えれば国が傾くのは必定であるため、それ程までに連合都市との友好関係を重視していたという動かぬ証拠だというのが、多くの歴史学者たちの見解である。

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