子供
<アカネ>
とある深い森の中を、一人の人間の少女が迷いなく歩いていた。
黒髪は長く垂れており、瞳も黒、さらには顔まですっぽりと隠すように深くフードをかぶっており、その色も黒かった。
「確か、反応があったのはこの辺りのはずだけど…ええと、もう一度周囲を調べてみようかな?」
自分の魔力を潜水艦のソナーのように周囲に薄く広げて反響を確かめると、生命反応が近いところに五つ確認された。しかし、それを囲むように合計十の魔物の反応も検知される。
<フィー>
僕たち五人が皆揃って王城から脱出したまではよかった。しかしすぐに、騎士団の一部隊を刺客として差し向けられ、最後には魔の森に逃げ込むしかなくなってしまった。
そこで僕たちを売り渡して命だけは助けてもらおうとした長年仕えた従者たちと、移動用の馬も残らず始末された。いくら馬車本体が無事でも、馬がなければ何処にも行けないのだ。
幸いと言っていいのかわからないけど、僕たちはまだ子供であったためか、それとも末席とはいえ王家に剣を向けるのは躊躇われるのか、直接手にかけられることはなかった。
しかし、王家に伝わる品は全て、始末した証拠として奪われてしまった。結果的に魔の森の入り口ではなく、奥へ奥へと追い立てられてしまうことになった。
いくら万全の体制だろうと、丸腰の子供だけでは、騎士に殺されなくても、魔物の餌になるに決まっている。実際に今も全身が黒い毛に覆われ、口からヨダレを垂らしながら獲物を狙う赤い瞳が光る、デスウルフの群れに囲まれているのだから。
僕たちの目の前でわざわざ裏切り者を始末したのは、きっと血の匂いで魔物を呼ぶためだったのだろう。そうでなければ、入り口から少し奥に逃げただけで、こんな高レベルの魔物に遭遇するはずがない。
その辺りに落ちていた棒きれを拾って上段に構えながら、燃えるような赤髪をした最年長のアレクが焦ったように僕に話しかけてくる。
「フィー! 他に何か武器になりそうなものはあるか!」
「残念だけどないよ! それにデスウルフなんて一匹でも、騎士団の小隊でようやく戦力が拮抗する魔物だよ! こんな数に囲まれたら…!」
状況は絶望的でも自分から死を選びたくはないし、僕も、それにアレクもまだ生きていたいのだ。さらに馬車の中にはロレッタ、レオナ、サンドラの腹違いの妹たちが、身を寄せ合って震えている。
「確かにそれが十匹、ご丁寧に完全に囲んで逃さないようにしてるからな! 装備が揃ってても脱出は不可能か! 来るぞ! …ちくしょうが!」
アレクが前方に注意を促すように叫ぶのと、デスウルフのうちの一匹が僕に目がけて襲いかかるのは同時だった。
彼の声が聞こえたとしても、僕は指一本まともに動かせずに、獲物を前によだれを垂らすデスウルフが、まるでスローモーションのように飛びかかってくるのをぼんやりを見つめていた。上位の魔物と人間の子供では反応速度が違い過ぎるのだ。
「フィー! 逃げ……!」
近くでアレクが何かを喋っているけど、もう何も聞こえなかった。このままでは僕だけではなく、皆もすぐにデスウルフに食べられてしまうんだろう。
そのとき、聞き覚えのない少女の声が辺りに響き渡った。
「ギリギリセーフかな? …よっと!」
その声が聞こえたと同時に、僕に飛びかかっていたデスウルフの直上に黒いフードを深々とかぶった女性が出現し、そのまま空中の見えない壁を蹴るように滑空し、狼の顔面を素手で殴りつけた勢いで地面に大きなクレーターを作り、一面を砂埃が舞う。
断末魔は聞こえなかった。きっと殴られたデスウルフも何が起こったのかわからないうちに死を迎えたのだろう。実際その目で見た僕もわけがわからなかった。彼女が殴った瞬間に、頭だけでなく、全身が弾け飛んだのだから。
「うん、やっぱり武器はいらないね。素手で十分。でも相当手加減しないと駄目だね。環境破壊待ったなしだよ。強化も魔法も必要ないかな? それより、ええと…君たち怪我はない? 大丈夫?」
まるでこの場所が魔の森だということを忘れるような、殴ったほうの手を軽くプラプラと振りながら、何処までもお気楽な声が聞こえてくる。僕たちもデスウルフも、突然の女の子の出現に呆然としてしまい。かける言葉も見つからない。
「あー…突然だから、混乱してるのかな? まあいいや。そこの狼さんたち、わかってると思うけど…」
まだ混乱から立ち直れない僕たちから視線をそらして、周囲を囲むデスウルフをキッと睨みつける彼女は、お世辞にも可愛らし過ぎて迫力があるとは思えなかった。
しかしそれでも、先程の惨状を見てしまった以上、実力差は圧倒的だ。狼の群れも退散するしかない。やがて一匹減り、二匹減り、すぐに囲んでいた全てが消えてしまう。
「取りあえず、ここじゃなんだし、アタシの家に行こうか。そこの馬車の中の人も連れてね。着くまで一度飛んだ後に歩いて、十分ぐらいかかるけど大丈夫?」
ヘラヘラと脳天気に笑いながら僕たちに声を掛ける彼女に、アレクと二人で顔を見合わせる。もはや命の恩人である少女の誘いを断るという選択肢は、なかった。
<アカネ>
鬱蒼とした魔の森を私の案内で、先頭から八から六の年頃の子供が無言であとをついて歩く。既に転移を使い拠点の端まで飛び、一応結界の中には入ったので、魔物は近寄って来れないはずだ。
それに今歩いてるところは獣道に近いけど、一列に並んで歩けばそこまで移動しにくいわけではない。
しかし、久しぶりに人間に会ったけど、何を話していいのかわからないのが地味に辛い。何年かに一度は気まぐれで町や村に転移し、魔の森で取れた素材を売り、そのお金を元に面白そうな物を色々買い込む以外は基本引き篭もっているので、話題がないのだ。
今の心境としては、何となく自分の家に友だちが遊びに来てくれたようで嬉しいけど、本当に何を話したらいいのかわからない。始終ソワソワして嬉しいけど、逆に困ってしまう。
そんなどうでもいいことを考えていると、私のすぐ後ろを歩いている、赤髪の少年が話題を振ってくれた。
「あの、さっきは助けてくれてありがとうございます。俺はアレクと言います。そして、後ろから順に、フィー、ロレッタ、レオナ、サンドラです」
アレクが赤髪、フィーが銀髪、ロレッタが金髪、レオナが紫髪、サンドラが茶髪だった。皆それぞれ色が違うということは、兄弟姉妹ではなさそうだ。
しかし、一度に五人もとは、皆の名前を覚えられるか心配だけど、間違えたらその時はその時で適当に流してもらおうと一人で考えていると、フィー君が続けて話しかけてきた。
「あの、助けてもらったあとにこのようなことを聞くのも失礼かと思いますが、貴女のお名前を教えてもらえませんか?」
「あれ? 言ってなかったっけ? アタシはアカネだよ。よろしくね。そうこう話してる間に、着いたよ」
鬱蒼とした魔の森が一気に開け、場違いなほどに広大な草原が視界いっぱいに広がる。
そこには、それぞれの作業に勤しむ数多くのメイド服を着た女性たちの姿も確認出来る。
そして平野以外にもいくつかの大きな施設がちらほらと建っており、さらに多種類の畑や果樹園だけでなく、牧場の中には牛や羊や鶏など放し飼いにされており、呑気に日向ぼっこをしている。
さらに言えばアスファルト舗装の道路や上下水道も敷地の隅から館に続く中央まで、しっかりと整備されており、衛生面もバッチリである。
ここには敷地を囲むように強力な結界が張ってあるため、魔物も人も侵入出来ないうえに、物理攻撃や魔法攻撃も防ぐので、ドラゴンの群れに襲われても大丈夫である。
まさに安心安全な引き篭もり万歳の自宅である。この五人も普通なら入ることは出来ないけど、アタシが許可したために結界を通れたのだ。
ふと見るとそのお子様五人は、森を抜けた場所で歩みを止めて、大口を開けたまま呆然と立ち竦んでいた。
「あれ? どうしたの皆、アタシの館はまだ見えないけど、もう少し奥にあるよ。もしかして歩き疲れたのかな? ごめんね。子供の体力の低さを忘れてたよ」
「いっ…いや、そうではなくて、ここって…魔の森だよな?」
「そうだけど?」
年長のアレク君が震えながら口を開く。何気なく相槌を打ったアタシだけど、その言葉を聞いて、ようやく皆が立ち止まっている理由に思い至った。
「ああうん、確かにここは魔の森だよ。でも色々あって中心部をアタシが開墾したんだ。詳しい事情は家の中で説明するから、取りあえず付いて来てよ」
別にこの場で呆然とする彼らの質問に答えてもいいけど、皆は疲れていそうなので、ともかく休める場所に案内することが先決だと考えた。しかし、突然の事態に足腰から力が抜けて、男子はまだしも、女子は地面にへたり込んだまま動けそうにない。
これはどうしたものか。そもそも、最初から転移で館まで戻ればよかったのでは? と、久しぶりに人間に会えた喜びで思いつかなかった自分を恥じて、改めて転移の魔法を使おうとすると、いつの間にか近くまで来ていた一人のメイドさんから声がかかった。
「おかえりなさいませ、ご主人様。そちらの方々は?」
「ええと、さっき魔の森で保護したお客さんだよ。色々あって疲れてるようだから、一先ず館で休んでもらってから、詳しい事情を聞こうと思ってね」
「なるほど、了解しました。それでは使いを出して歓迎の準備を整えましょう。お客様はお疲れのようですし、魔動車に乗せて館まで移送しましょう」
メイドの一人はそう言って、こちらのほうにチラチラと気になるように視線を送りながらも、一分たりとも作業を遅らせずにこなしている他のメイドたちに声をかけて、別の仕事を割り振っていく。相変わらず決断が早い。これでは主人である自分の出る幕は何処にもないだろう。
やがて馬を必要とせずに魔力で浮遊して走る立派な魔動車がこちらにやって来て、目の前まで近寄ると、地面から数センチほど浮いたまま、音もなく停車する。
見た目はタイヤのついてない黒塗りのベンツに近いけど、中身は全くの別物である、ちなみに防弾性能やスプリングはもちろん、ちゃんと中には柔らか低反発のクッションが敷き詰められているので、他の国の平均的な馬車とは違い、腰を痛める心配はなく、しかも馬よりも遥かに速く走れる。
動けない子供たちも、担当のメイドさんたちに丁寧に抱きかかえられ、お姫様抱っこの状態で車に乗せられていく。その途中で子供たちの一人が、メイドさんの手の上でアタシに話しかけてきた。金色の髪の女の子、ロレッタちゃんだ。
「あの…こんなにも立派な乗り物と、多数のメイドが仕えているということは、アカネ様は貴族ですの?」
「貴族じゃないよ。どちらかと言うと平民? それに、メイドの姿をしてて人間そっくりだけどオートマタだしね。まあそれでもアタシは、皆を人間として扱ってるけど」
「オートマタ!? だっ大魔法使い様でしたのね! こっ…これは知らなかったとはいえ、何という失礼を!」
別に大魔法使いではないんだけど、すぐ否定する理由もないので、今は子供の皆を魔動車のクッションの上に座らせ、メイドの一人に館まで送るように頼む。やがて低い駆動音が響き、魔動車はアスファルトの道路の上を浮遊し、馬の速度を遥かに超える高速で前へ前へと進んでいく。
子供たちは目まぐるしく移り変わる窓の外の景色を興味深そうに眺めている。やがてアタシには見慣れた屋敷が目に入ると、魔動車は玄関の前までゆっくりと速度を落としながらスムーズに停車した。そこに出迎え担当のメイドさんが近寄り、左右のドアを外から開ける。
見た目は洋風で木造の立派なお屋敷に見えるけど、内部は和風で玄関でスリッパに履き替えての移動である。
館の入り口には既に大勢のメイドだちが整列しており、魔動車から降りた客人の出迎えを行う。
「ようこそいらっしゃいました。我々メイド一同、お客様を歓迎致します」
「今はそういうのは別にいいから、取りあえずお風呂と着替えを頼むよ。皆かなり疲れてるうえに汚れてるし、そのあとのことも任せるよ」
「はい、もちろん全ての準備は整っております。それではお客様は、こちらにどうぞ」
「うん、よろしくね。アタシは別にやることがあるから、入浴が終わってから、ゆっくり事情を聞かせてもらうね」
そう言って子供たちと別れようとするが、そこでメイドさんから待ったがかかる。
「お待ち下さい。ご主人様も汚れています。隠者のフードだけでなく、その右腕もです。お客様と一緒にお風呂に入られるべきでは?」
ぐうの音も出ない正論を言われては、素直に従うしかないので、アタシは仕方なく子供五人と、何故か付いて来るメイドの集団を引き連れて、お風呂場まで案内する。
「着いたよ。ここが浴場だよ。あと今まで全く使わなかった男湯と、アタシが毎日使ってる女湯に分かれてるよ。アタシは女性だからコッチだね。あっ、その前に…ええと、確認だけどお風呂ってわかる?」
お子様が五人揃って首を振る。確か入浴の概念こそあるもののサウナ風呂、布拭き、沐浴が基本だったことを思い出す。アタシは続いてぞろぞろと付いて来ているメイドの集団に目配せする。年長者でも男の子は、まだ八なのでギリギリセーフだろう。
「うん、わかったよ。それじゃ詳しくはメイドさんの指示に従いながら、入浴してよ。それじゃ女の子はアタシと一緒に入るからね。終わったら食堂に集合ね」
そう言ってテキパキと別れる。男の子と女の子はまだ何か言いたそうだったけど、強引に会話を打ち切り、ロレッタちゃん、レオナちゃん、サンドラちゃんの三人の小柄な背中を押して脱衣所に入る。
横目で見ると小さく悲鳴をあげながらも、他のメイドさんたちに同じように背中を押されるアレク君とフィー君の姿が見えた。まあ悪いことにはならないだろう。多分。
脱衣所に入ったアタシは、他のお嬢様の三人はメイドさんにお任せして、アタシは着慣れた隠者のフードをさっと脱ぎ捨てて籠に入れる。その下にはもう二百年の付き合いになる、代わり映えしない黒髪黒目と、低身長には不釣合いなボリューム感満点の二つの胸が姿を現す。相変わらず大きくて無駄に重い。
女の子の三人はメイドさんにテキパキとドレスを脱がされており、その下の着ている物も一枚ずつ丁寧に剥がされていく。
庶民的な着脱が楽な衣服しか着てないアタシが、先に脱ぎ終わったからとわざわざ待っている意味はないので、タオルを片手にお風呂場に向かい、ガラス張りの引き戸をガラガラと開ける。
「風呂は日本の命だよ。やっぱりお湯を浴びるとさっぱりするよ」
ちょうどいい温度のお湯を頭から浴びて汚れを洗い落とし、体もスポンジにボティーソープを垂らして、隅々まで洗っていると、メイドさんたちを引き連れた女子三人組が引き戸を開けて、こちらに歩いて来た。
「お隣、よろしいですか?」
その中では一番の年長者であるロレッタちゃんが、隣に腰かけながら声をかけてくる。アタシは一瞬だけ彼女を正面から見て、いいよと一言だけ返し、視線をそらして体を洗うことを再開する。
それでも何となく横目で三人の様子を伺うと、まるでメイドに体を触られるのに慣れているのか、女の子たちそれぞれが邪魔にならないように立ち回り、髪から胸や脇まで丁寧に洗われていく。
「さっきまでフードをかぶっていてわかりませんでしたけど、アカネ様は綺麗な方でしたのね」
「あのフードは特別だからね。かぶってると中身を認識出来なくなるんだよ。それにそんなことないよ? アタシぐらいのレベルなら何処にでもいるでしょ? 平凡な女性だよ?」
不老不死の魔女が堂々と出歩くとろくなことにならないので、念のために外に行くときは毎回隠者のフードを身につけるようにしているのだ。
しかし実際のところは殆ど外に出ないので、どのぐらい綺麗かは全くわからないけど、少なくともこの世界に転生する前は全くモテなかったので、何処にでもいるモブ顔と体型に決まっている。
「ふふっ、ご冗談を。それにしても、お風呂と言いましたか? このような施設ははじめて体験しましたわ。王都でも見たことがありませんわ」
平凡モブは本気なのに、冗談と受け取られてしまった。確かにお風呂はかなり昔に世界中を旅して回ったときにも、全く見かけなかったけど、まだ実用化されてなかったようだ。家に引き篭もっていれば毎日入れるので、別に広めようとは思わないけど。アタシの自宅周りの環境が快適ならそれでいいのだ。
「ロレッタちゃんは王都から来たの?」
アタシは体を洗い終わり、お湯で薬液を流したあと、浴槽に向かいながら彼女に声をかける。
「ええ、わたくしだけでなく、隣のレオナとサンドラ、それとアレクとフィーも皆、王都から来ましたわ。もっとも、訳あって王都に集められたので、少し前までは別の場所に居たかもしれませんが」
何やら複雑な事情があるようだ。しかしお湯に身を沈めて体の力を抜いて壁にもたれて腑抜けているアタシには、どうでもいいことである。やはりお風呂は命の洗濯である。
「これは、生き返りますわね」
「お風呂、…最高」
「温まりますぅ」
気づけばアタシだけでなく、ロレッタちゃん、レオナちゃん、サンドラちゃんの三人とも、肩までお湯に浸かり、完全にリラックスしていた。
そのあとは何も喋らずに、ひたすらふやけるまでお風呂を満喫した。そしてのぼせる直前にメイドさんたちに浴槽から引っ張り出される四人だった。本当に教育が行き届いてるね。アタシが教えたわけじゃないけど。
お風呂で汚れを洗い落としたので、次は皆で着替えて食堂に向かう。着替えはドレスや礼服ではなく、動きやすく着脱しやすいワンピースタイプだ。男の子にはロングシャツとクロップパンツだ。元々アタシ用の服しか用意してなかったから、今回は大目に見て欲しい。
「ええと、取りあえず皆に食堂に集まってもらいました。そして入浴中に何となく察したけど、それぞれが複雑な事情を抱えてるらしいね」
「はい、ご主人様。これはいわゆる厄ネタです。普通ならば、元の場所に放り出して殺すか、証拠が残らぬようにこの場で処理するのが正解かと」
食堂の長机の一番端にアタシが座り、そして左右に男子二人と女子三人に分かれて座り、壁際にはメイドたちがずらりと並んでいる。
そして今口を出したのは、もっとも最初に作られた青く短い髪を後ろでまとめている、特別なオートマタだ。なんか固い鉱物、なんか綺麗な水、なんか脈動する心臓、なんかすごそうな素材色々をシッチャカメッチャカに混ぜ合わせて、全力で魔法っぽい何かを使った結果、誕生したのが背後に控えるアルファだった。
そこから株分け的に彼女がお供のメイドを増やし続け、現在に至るのだ。アルファ自身も強いけど、他のメイドもそれぞれ特色が違うけど実際には相当な強さだと思われる。
この間家の敷地の周りをウロウロしてたデスウルフの群れを、株分けされたメイドの一人が笑顔のまま、素手で次々とねじ切ってたの見たしね。
アルファの正論にお子様五人は、明らかに身を強張らせる。自分たちの運命はアタシの舌先三寸だから、そりゃ怖いよね。
「まあまあアルファ、取りあえず先に子供たちの事情を聞いてみようよ。判断するのはそれからでも遅くないよ?」
まあたとえ複雑な事情を抱えていても、今さら魔の森に放り出す気はないけどね! 二百年も生きててメンタル頑丈だと言っても、後味悪いことを進んでしたくないしね。何となく拾った物は捨てられない性格なのだ。
何だかアルファやメイドたちのアタシに向けられる視線から、ヤレヤレご主人様は毎度毎度しょうがないなぁって雰囲気をありありと感じるんだけど。何なの?
取りあえず、すぐに消されることはないとわかって、少しだけホッとする五人は、やがてお互いに小さく頷き合うと、年長者のアレク君が説明することに決まったようだ。
「まず、俺たちを助けていただき、ありがとうございます。おかげで命拾いしました」
そう言ってアレク君だけでなく、他の四人もアタシに向かって深々と頭を下げる。本当は野次馬根性で結界の外に何かを感じたから、取りあえず調べてみようと転移しただけなんだけどね。その点では彼らは運がよかったらしい。
「確かに俺たち五人は複雑な事情を抱えています。しかし、決してアカネ様やその他の方々には迷惑はかけたりはしません!」
悲痛な表情でアレク君が言葉を続ける。嘘ではないようだけど、ようやく彼らの事情が明らかになるのかな?
「俺たち五人は、各国の抱える忌み子なんです」
重そうに口を開くアレク君とは違って、アタシにはさっぱり意味がわからないので、背後のアルファに聞いてみることにする。
「忌み子って何?」
「この場合は、国の代表、または継承権的な問題で邪魔になる子供たちという意味ですね。王妃や妾という身分や能力等も全く考慮せず、権力を持つためには邪魔になるので処分しようとする勢力は、いつの時代もいますので」
すごくわかりやすかった。つまりアレク君たちは、それぞれの国から色んな理由で邪魔者扱いされて、揃って消されそうになってたのかな。
「一人だけなら為す術もなく消されてしまう俺たちだけど、皆で力を合わせれば何とかなるんじゃないかと思って…」
そこからの計画は大雑把に言えば、排除されそうな忌み子同士でこっそりと繋がり、信用出来る部下と共に揃って国外に脱出し、行方をくらませるということだった。
ただし、その計画はお偉方には筒抜けだったらしく、いい機会なので魔の森で遭難したことにして、まとめて処分してしまおうと逆に利用されたようだった。頼りにしていた部下も、最初に大金を握らされて情報を漏らしていたらしいけど、最後には騎士団に口封じされてしまったということだ。これも因果応報なのだろうか。
取りあえず大体の事情を理解したアタシは、大きく息を吐きながらお子様五人に沙汰を告げる。
「うん、大体の事情は理解したよ。取りあえずだけど、しばらくゆっくりするといいよ。今日からここが君たちの実家だと思ってよ。ただし敷地の外は魔の森で危険だから、絶対に出ないようにね。一応メイドさんたちも周辺を警備してもらうけど、今守るべきルールはそれぐらいかな?」
アタシの沙汰に忌み子と言われていた五人は呆然とした表情をこちらに向けてくる。全く反応がないけど、何か変なことを言ったかな?
すると、子供たちのなかで一番年少のサンドラちゃんがおずおずと手をあげる。
「あの…本当に、ここに居ていいんですか?」
「いいよ」
「気に入らないから追い出したり、突き出したりしませんか?」
「しないよ」
何故そんな当たり前のことを聞くのかわからないので、殆ど条件反射で答えてしまう。瞬間、サンドラちゃんの両目から涙がブワッとこぼれ落ちる。隣の席のレオナちゃんがハンカチを出して拭いてあげている。
「何で泣いてるのか本気でわからないんだけど。まあアタシとしては聞きたいことは大体聞けたからいいけど、今度はそっちが知りたいことに答えるよ。でもその前に…」
アルファにそっと目配せをすると、一礼して扉の向こうに消え、すぐあとに他のメイドたちがそれぞれ別のカートを押してやって来る。
「食事を取りながら皆の質問に答えるよ。アタシもお腹空いたからね」
すると先程の沙汰を聞いて緊張が一気に解けたのか。五人のお腹が可愛らしく一斉に鳴り響いたのだった。
この日女神アカネ様は、後に使徒となるアレク、フィー、ロレッタ、レオナ、サンドラの五人が魔の森に逃げ込み、デスウルフの群れに襲われていた場面を救い、そのまま最奥の聖地へと導く。
聖地では空を飛ぶ不思議な乗り物や、見たこともない様々な建物、また今まで食したことのない美味な食べ物を与え、皆にこの地に住むことを許した。
アカネ聖国記より抜粋。
なお、現在では魔の森の最奥は女神の聖地と認定されており、聖域を囲むようにドーナツ状に近代都市が広がっており、一般人が立ち入れるのは都市管理区域までとなっている。
それでも興味本位に最奥に侵入して調査を行い、また上空からの調査を決行した者もいるが、そのような違法行為に手を染めた者たちは口を揃えて、中心部には森しかなかったと答える。そのため専門家の間では魔の森が聖地かは疑わしい。もっと別の、我々ハイエルフ族の聖なる大森林こそが女神アカネの居られる聖地だ! という声高に主張されたりもする。
五人の使徒の生誕から晩年までは様々な資料として残されているが、彼女の存在については資料が殆ど残っておらず、現代になった今でもはっきりしない部分が多いため、実は想像上の人物ではないかと唱える考古学者も少なくはない。