ルルドで出会ったひと
中学受験を決めたきっかけは、この学校の制服に一目ぼれしたからだ。
歴史ある女学校の伝統を受け継いだセーラー服。
紺のセーラーに白の三本線。タイは紺色で、落ち着いていて浮わつかない。スカートのプリーツが大きくて、ひだが少ないのもいい感じ。
初めて制服を着てみたときは、お嬢様になったような気持ちで、思わず鏡の前でクルリと回った。
カトリックの女子校だから、教科書のほかに聖書と聖歌集というものも揃えた。
どちらも黒の革表紙に金色の十字の刻印があって、物語の中に迷い込んだみたいでドキドキした。
入学式はさらにドキドキで落ち着かなくて、式が終わってからトイレに駆け込んだ。前の日の夜、眠れなかったせいで吐きそうになったのだ。本当にこの学校の生徒になれたことが嬉しすぎて、舞い上がっていたから。
うがいをして、なんとかトイレから出ると、新入生の姿がどこにも見えなくなっていた。もう、みんな教室に移動してしまっていたのだ。
とりあえず、一番近くにある校舎のなかに入ってみたけれど、特別教室棟のようで美術室とか、被服室とか、そういった教室ばかりが並んでいた。
その校舎を突っ切って反対側のドアから出ると、そこは中庭だった。
四方を校舎に囲まれて、芝生のあちらこちらにカモミールやペチュニア、タンポポの花が咲いている。桜やマロニエ、マグノリアなど青々と茂った緑から、やわらかな木漏れ日がさしている。
いくつかの木製のベンチはきれいに磨かれて、レンガの歩道がどこか遠い国に来たように思わせてくれた。
庭の真ん中に石を積んで作られた小山があった。レンガの道がその周りをぐるりと一周している。道に沿って歩いて行くと、小山の裏側は洞窟になっていて、水が湧き出す小さな泉があった。
洞窟の上の方には聖母像が置かれていた。青いローブのような服を着たマリア様の視線がとても優しくて、思わず見とれてしまった。
この洞窟はルルドの泉というのだと、のちに教えてもらったけれど、この時はただ、生まれて初めて出会った神々しいものに、ただ惹きつけられて見つめつづけた。
樹間から漏れてくる一筋の光に輝くマリア様は今にも動き出しそうに見えた。
「どうしたの?」
マリア様がしゃべったのだと思った。
優しい声を聞くと、まるで太陽の光でぽかぽかに暖まったサンルームにいるみたいな気持ちになった。
でも、まさか彫像がしゃべるなんて。そう思った時、もう一度、声が聞えた。
「どうしたの? 迷子になったの?」
声がしたほうに目を向けると、そこに天使が立っていた。
優しげで、でも凛としていて、気安く話しかけてはいけないような気高さがあった。
天使はニコリと笑ってくれた。優しい微笑み。正直に話しさえすれば、きっとすべてを受け入れてくれるだろう。
「水城まいさん」
天使が私の名前を呼んだ。
「名前……、どうして」
「迎えに来たのよ」
天使と思ったその人は、私と同じ制服を着ていた。彼女が首をかしげると、長い黒髪が肩からさらりと落ちた。
「行こう」
彼女が手を伸ばして、私はその手を取った。やわらかくて真っ白な手は、私の心までも優しくつかんだ。
ルルドで出会った私の天使、その子が神崎陽子ちゃんだった。