森の賢者
女王は、王座から降りてくる。
「お久しぶりじゃな。」
「女王、随分と馬鹿どもを野放しにしているようだが?貴女は、平和交渉をどう思っている?」
ユラは、素っ気なく言う。
「私は、出来れば人間とも手を取り合うべきだと思う。特に、お主……神聖賢者のような、特殊な人間を敵には絶対に回したくはないからのぉ。」
すると、クルト王子はキョトンとして聞く。
「あのユラ、神聖賢者って何?」
ユラは、一瞬だけ女王を睨むがため息をつく。
「すまぬ、言ってなかったのだな。」
「もう少し、仲良くなってから話すつもりだったんだ。怖がられるのも、利用されるのも嫌だから。」
口調を戻し、悲しみと苦悩の表情を浮かべるユラ。
「えっと、ごめんなさい。」
クルト王子は、慌ててユラに謝る。
「構いませんよ。どのみち、この国では隠せない事ですからね。神聖賢者とは、神殿で言うところの巫女さんです。神に使え、神の声を聞き民に伝える。神聖賢者は、神に使え神の声を聞きそれを民には告げず自らが動き災いを回避させる賢者の最上位の職業です。ちなみに、今回は平和交渉が成功するよう頼まれまして。邪魔者を、牽制しなければ……。」
ユラは、疲れたようにため息をつく。
「なるほど、それは自由を縛られるはずだね。」
ユリスは、苦笑してユラを見る。
「別に、それが理由では無いんですけどね。」
ユラは、疲れたように苦笑して呟く。
「ユラは、秘密が多いからな。取り敢えず、彼らは私が守るから牽制をしてくるのじゃ。」
女王は、笑ってフォローする。
「うん、そうするよ。」
ユラは、苦笑して足早に去っていく。
ちなみに、何故ユラは神聖賢者として動いているのか。それは、過保護なお馬鹿さん竜神様のせい。
主神にして神の王から、監視を無くして欲しければ神聖賢者として働くように言われたのだ。勿論、最初はユラも断りましたとも。それも、全力で……。
だが、竜神を断罪の審議にかけると言われては断れなかった。自分をこの世界に、転生させてくれた竜神には感謝していたし。何より、竜神はこの世界の家族と言ってもいい存在だったからである。
竜神は、申し訳なさげにユラを見ていた。その後だが、竜神はユラに良かれとした事がユラを縛ってしまった事の後悔と申し訳なさに森に引きこもってしまった。ユラは、気にしてないと告げても。
ユラは、竜神紋の聖杖を受け取った。
その日から、希に竜神を通して主神からの頼まれ事を引き受ける事になってしまった。
ユラは、毎日欠かす事なく森に訪れた。レレット王国に来てからも、森を訪れては竜神に会いに行っていた。それがいつしか、竜神が住まう神聖なる森には歳若き賢者が現れると噂されるようになった。
そして現在、森で出会った色んな種族を助けていたらいつしか森の賢者と呼ばれ尊敬されていた。
「さて、竜王。」
『うむっ、任せるが良い!』
竜王は、ユラの影から姿を現し大きなドアを吹き飛ばす。部屋の男は、青ざめて失禁している。
「さて、何故に私が来たか分かるよな?」
「私が、平和交渉の妨害をしたからですね。」
ユラは、ゆっくりとフードを外し竜神と同じ黄金の瞳を向ける。神眼、真実の瞳。古竜は昔から、全ての嘘や陰謀を見抜き心を覗けると言われている。時の英雄は、竜と戦う際に目を会わせないで戦うほどの力である。だが人には、過ぎた神眼であった為に使用者は短命かつ歳若くして亡くなっている。
「さて、訳を話して貰おう。」
「人間のような、短命かつ最弱の種族に平和交渉などされても特に無意味だ!我らは、もっと強く頼りになる種族と手を取り合うべきだ!」
ユラは、呆れたように言う。
「一応言っておくが、私も人間なのだが?」
「竜神の力さえなければ、雑魚の分際で我らに指図をするな!お前など、殺してやりたいくらいだ。」
ユラは、賢者の装備を解き神眼を消す。
「仕方ない、剣と普通の魔法のみで相手しよう。」
「この餓鬼、私を舐めやがって!」
全力で、剣を振るい襲いかかって来る。
「本当に、馬鹿だよね。相手の力量を、計れないくらい目が濁っているだなんて。」
少しだけ、女王に説教をするべきと思う。こんな役立たずを、上位の職業につかせるとか。
腕の良い実力者なら、一瞬で相手の力量と自分との力量の差を感じ取り勝てない場合は戦いを回避するか素早く逃げる。つまり、この男は馬鹿なのだ。
やれやれ、殺したらごめんね。
ユラは、僅かに体をずらす。体の右側を、通りすぎる剣を一瞬で確認すると左にステップを踏んで横からの攻撃を回避する。そして、回避しながら一閃するとゴロッと男の首が床に落ちる。
ちなみに、純血の吸血鬼は生命力が凄い。
頭を素早く、蹴る飛ばすと体が顔を追う。日本だったら、1種のホラーだけどここでは良く有ること。
「さて、お前の敗けだ。もう、妨害をしないでくれると嬉しいな。まぁ、お前の言葉を借りて言うのならば。敗者に、拒否権は無いのだろ?」
「……わかった。」
さて、やっと終わった。
賢者の装備に着替え、疲れたようにため息を吐き出し竜王に影に戻るように言うと歩き出す。
女王は、竜王の存在を感じて驚く。カリオスは、息を呑んで杖を腰から抜く。ユリスも、クルト王子を庇うように短剣を構える。ただ、クルト王子だけは暢気に紅茶を飲んでいる。二人は、そんなクルト王子の態度に少しだけ驚き武器を収める。
「クルト王子?」
「害意は感じないし、大丈夫だと思うよ。」
女王は、自分の息子の成長をひっそり喜ぶ。
「あれ、そんな芸当を何処で覚えたんだい?」
ユリスは、少し驚いて問う。カリオスも、クルト王子を見る。すると、暢気に嬉々と話し出す。
「ユラがね、強くなるのも大事だけど危険を回避するのも大切だって言って教えてくれたんだ。魔力操作の応用で、思念波長を断片的だけど感じる技なんだけどさ。メイドが、音無く近付いても分かるくらいにはなったよ。人によって、気配や波長は違うから誰が来たのか知り合いなら分かるし。」
すると、二人はキョトンとする。
「それは、便利すぎる魔法だね。」
「護衛兵には、是非とも取得して欲しい魔法スキルだよね。まてよ、護衛……なるほどね。」
カリオスは、ルピア王子の専属護衛の話を思い出してユラが何故クルト王子にこのスキルを覚えさせたのか納得してしまう。そして、感謝する。
ユラも、クルト王子を守るために必死って事だね。
「話はそれましたが、私達は平和交渉をしに参りました。我々に、戦争の意思はありません。求めるのは、フェアな条件と平和だけです。」
クルト王子は、凛とした表情で交渉を始める。
「良かろう、これにて交渉成立じゃ。」
すると、ユラが入って来る。
「クルト王子、素晴らしい交渉でしたよ。」
「てっ、照れるから止めて。」
すると、女の子が入って来る。
「ユラ様ぁー!」
ユラは、疲れたようにため息をつく。
「ラキ殿、私に何かようか?」
「ユラ様、私はまだ諦めていません!」
ユラは、一瞬だけ黄金の瞳で少女を見る。
「言った筈だ!私は、利用されるのは嫌だと。」
ユラは、激怒しながら言う。余りの怖さに、二人の団長は真剣だが少し戸惑いクルト王子は冷たい目で少女を見る。女王も、苦笑を浮かべて言う。
「ラキよ、ユラには嘘と偽りは通じぬぞ。」
「なっ!?嘘では……」
すると、ユラは冷たい目で言う。
「私と結婚すれば、竜国とも更に仲良く出来るし脅す事も可能だと考えているのにか?」
「………っ!?」
ユラは、竜王が利用されるのを嫌がり覚悟を決めてから秘密を言う事にした。人国にも、吸血鬼国にも牽制は必要だと感じたからだ。
「竜王、出ても構わない。」
『ユラ、私のために済まない。』
カリオスは、驚いてユラを見る。
「別に。女王、その子を追い出して人払いをお願いしたい。私は、友か利用されるくらいなら。私だけの、誰にも話せない秘密を明かしても良い。」
すると、全員が驚いてユラを見る。
「ユラ、良いのか?それは、そなたの身を危険にさらす内容じゃぞ!それに、そなたの過去は……」
ユラは、優しい表情でフードを取る。その瞳は、美しい黄金の瞳。カリオスは、驚いて固まりユリスは真剣な表情でユラの言葉を待つのだった。
ユラは、自分の過去を振り返り秘密を告げる。カリオスは、ユラにどう接して良いのか分からなくなってしまった。さて、二人はどうなる?