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【第5話】少女と鬼

その日、幼い少女は一家団欒のひとときを過ごしていた。


「お母さぁん、醤油とって~」


「あら真宵、豆腐にはマヨネーズの方が美味しいわよ~?」


「何おかしなことを言ってるんだ、母さん」


母の言葉に父が間に割って入る。


「豆腐にはケチャップだろう」


当然のように父はそう言い、少女の目の前にケチャップをドンと置いた。


「えぇー…まよいは醤油がいいー…」


そんな微笑ましいやり取りの中、ピンポーンと呼び鈴がなった。


「こんな時間に誰かしら…」


母が席を立とうとすると、父がそれを制止した。


「待て、私が行こう」


父は席を立ち、玄関に向かった。

ドアスコープをそっと覗くと、ギョロリとした異形の目がこちらを覗き込んでいた。

その直後、異形の腕がドアを突き破り、父の頭を掴むと、トマトでも潰すかのように容易く父の頭を握り潰した。

頭を失った父の躯が床にドサリと音を立てて落ちると、『それ』はドアを蹴り飛ばした。


「お父さん大丈夫!?――――ひっ…」


激しい音に心配して駆けつけた母は、父の無惨な姿、そして紅く染まった玄関に立つ異形の姿に絶句した。


「お母さぁん何かあったの~?」


「駄目よ真宵!見ちゃ駄目!!」


父の凄惨な姿を見せまいと母は少女を力強く抱き締め、床に座り込んだ。


「お母さん痛いよぉ…どうしたのー…?」


すると、グシャリという音とともに少女の半身に液体のようなものがぐっしょりとかかった。

何が起きたのか分からず、少女は母の顔を見上げると、そこにあるはずの母の頭はなかった。

あったのは、頭の無い母の躰だけだった。

そして、母の躰の後ろから黒い『それ』はこっちを見つめている。

真っ黒い筋肉質の身体、二本の角が生えた頭、鋭い牙、人間のそれとは思えない異形の顔つき。


「鬼…」


そう、それはまさに物語に出てくる『鬼』そのものの姿をしていた。

鬼はゆっくりと少女の頭を掴むと、軽々と持ち上げた。


「お父さん…お母さん…助けて…」


少女は顔を歪ませて、涙を流した。

すると、少女の胸に赤い紋章が浮かび上がってきた。

鬼はそれに気づくと、にやりと笑い、掴んでいた頭を離すとそのまま背を向け、ゆっくりと去っていった。

倒れた少女は上体だけ起こすと、母の姿を見て涙を流した。


「お母さん…」


そして少し離れた父の姿を見つけると四つん這いで近づいた。


「お父さん…」


少女は無惨な姿となった父の身体を揺さぶった。


「起きてよ…ひとりにしないでよぉ…」


暗い玄関で母の血にまみれた少女はひとり泣き崩れた――――




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「―――であるが、神以外にも人間を超えた複数の知的存在があることを―――」


机に肘を付き、退屈な授業を上の空で聞きながら、僕は今朝ジブリールに言われたことを思い出していた。


『躰の中心に向かって、ゆっくりと螺旋状に力が集まってくるのを感じるんだ』


僕は目を瞑り、それをイメージすることに集中した。

すると、身体の中にうっすらと光が湧くイメージが見えてきた。


(これを身体の中心に集まるようにっと…)


光を徐々に動かしてみる。

光はゆらりと身体の中を動いた。

しかし揺らぐ程度で、光を中心に集めることがなかなかできない。

僕はさらに意識を光を集めることだけに集中させた。


(光を…身体の中心に…中心に…)


すると、揺らいでいた光は徐々に身体の中心にわずかだが渦を描くように動き始めた。


(動いた…!あとはこれをもっと中心に…!)



「―――どう、須藤!おい須藤!」


「…は、はい!!」


僕は焦り、ガタリと起立した。


「『鬼』について知っていることを答えてみろ」


「えっと…童話などに出てくる妖怪…?ですよね…」


「まぁ半分正解だ。座ってよし」


僕は着席し、一息ついた。


「たしかに鬼は一般的には妖怪の類とされているが―――」


(はぁ…せっかく光を集めるイメージが分かってきたところだったのに…授業中は無理そうだなぁ…)




―――そして全ての授業が終わり放課後、僕は屋上へ向かった。


(ここなら集中できそうだ)


僕はひとり屋上で目を瞑り、まずは光そのものをイメージした。

躰の中に光が仄かに灯り、それは徐々に明るさを増し、いくつもの光の粒子が湧いた。


(よし…あとはこの光を身体の中心に…)


湧いたいくつもの光が徐々に揺らぎ、それは僅かに渦を描き始めた。


(光が中心に集まるにつれ、身体の底が熱くなってくる…これが神力解放しんりきかいほう…?)


渦を描き中心に集まった光の粒子は徐々に重なり合い、少しずつ大きな光へと変化していった。

光が集まるに連れ、僕の周囲の空間もまた徐々に揺らめき始めた。



パンッと音とともに、頬に痛みが走る。

僕が目を開くと、目の前には流れるような黒髪が美しい赤いカチューシャをつけた少女がいた。


「せ…生徒会長!?」


そう、目の前の少女はこの学校の生徒会長、『黒堂院 真宵(こくどういん まよい)』先輩である。

先輩の手の位置、そして痛む頬、僕はこの生徒会長に頬を叩かれたのだと察した。

僕は叩かれた頬を片手で抑え、なぜ叩かれたのかを考えるが、まったく心当たりがなかった。


「あなた、死にたいの?」



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