【第3話】覚醒
「神を…殺す者…」
思考を巡らせているうち、思わず口を衝いた。
口に出してみると、いかにも現実味のない言葉だったが、一つの疑問が浮かんだ。
神殺しと呼ばれたあの男。
とてもそんな雰囲気には見えないが、あの男は世界を救うためにこの少女を殺そうとしているのだろうか。
「…なんであの男は…君を狙うの?」
「それは―――」
「願いを叶えるためや」
少女が答えようとした時、遮るように正面から声が聞こえてきた。
声のほうをみると、神殺しと呼ばれたあの男が暗闇から現れた。
「世界を救うため~とかそんな大層な理由やぁない。ただ願いを叶えたいだけや」
「願いを…叶える…?」
「そうや、その子を殺せば何でも願いが叶うっちゅー話や」
「そんな話…信じられないよ!」
僕がそう叫ぶと、傍らから声が聞こえた。
「―――ったの」
「え…?」
僕は思わず少女を一瞥した。
「私を殺して欲しくて、作ったの」
僕はこの少女の置かれている状況に絶句した。
「私を殺せば、どんな願いもひとつ叶える」
顔色一つ変えずに少女は続けた。
普通の人がどう思うのかはわからない。
しかし僕はこれを聞いて、なんて無慈悲なのだろうと思った。
暴神になって世界を破壊する、そんな未来も少女には選べるだろう。
しかし、少女が望む未来は違った。
自分でも抑えきれない力を恐れ、殺されることを願っている。
さらに少女は人間の欲深さもよく理解していた。
人間は自分の利となることに関してはことさら力を発揮する生き物だ。
世界が滅ぶ、そんな突拍子もない理由で少女を探し、殺す人間は多くないだろう。
世界を守る。
少女のそんな願いは、欲望を満たすことだけを考える人間に殺される、それでしか叶うことはない。
こんな惨めなことがあるだろうか。
「お、なんや兄ちゃん」
僕は膝を震わせながらも男に向かって歩き、前に立ちふさがると、両手を横に大きく広げた。
「そこおったら邪魔やねん」
男は僕の腕を掴み、片手で持ち上げると、そのまま後ろに投げ飛ばした。
壁にぶつかる強い衝撃が身体を襲うと、そのままずるりと地面に倒れた。
「兄ちゃんの考えてること大体わかるで。せやけどな、綺麗事なんていらへんのや」
男は僕を一瞥することもなく言うと、少女に向かって歩を進めた。
「…なんやねんほんま」
僕は衝撃に強張る身体を引きずりながら男の足を掴んだ。
「兄ちゃんかっこええなー、漫画の主人公みたいやん」
男は「はっ」と短く笑うと、僕を容易く振り払った。
僕の意思とは裏腹に、身体はもう動かなかった。
「でもかっこええだけじゃ、わいは止めれへんでぇ!」
そう叫ぶが早いか、男は槍を構えると禍々しく揺れる紅いオーラを纏い少女に突進した。
―――あぁ、僕は無力だ。
また少女が串刺しにされてしまうというのに何もできない。
目の前の少女が、人間の欲望のためだけに殺される。
確かに少女は死を望んでいた。
でも…
少女の願いが、そんな形で叶うなんてあんまりだ。
なにより、彼女が僕の目の前で殺される光景なんて見たくない…。
だからーーー
たとえ世界が滅んでも、僕は君を護りたい。
僕の感覚は恐ろしいほどに研ぎ澄まされ、時の流れが遅くなっているように感じた。
男が彼女に向かって突進している。
彼女が貫かれた時、男の動きは一瞬のように感じた。
だが、今は違う。
男の動きがハッキリと見えるのだ。
気づけば僕は、男の槍が少女を貫くよりも早く、少女を抱きかかえていた。
身体が嘘のように軽い。
そのまま近くの家の塀を越え、屋根に登った。
「やっぱ神殺しやったんかぁ」
僕の額には赤く光る紋章が浮かび上がっていた。
「すまんなぁ、さすがに同業者は…ほっとけんねん!」
男も軽々と屋根へ登ると、無数の突きを放った。
僕は彼女を抱えたまま、眉一つ動かすことなく、何事もないかのように全て避けてみせた。
隙を見て男の足を払うと、態勢を崩す男の腹に回し蹴りを浴びせた。
いつの間にか恐怖は消え、自然と身体も動く。
正直自分でも何が起きているのかわからなかった。
「なんやねん…なんやねんなんやねん…!!」
男は後退し態勢を整えると、遥か上空へ飛び上がった。
槍を持つ右手を思い切り後ろに引き、叫ぶ。
「我が槍よ、我が声に従い、其の紅き覇道を解放せよ!」
槍は男の詞に呼応し、周囲の空間を歪めるほどに激しく赤いオーラを放った。
「神様もろ共いてまえや!神技、深紅の破壊槍!!」
男が槍を思い切り投げると、災禍が如きオーラを纏うその槍の軌跡は空間を破壊し、無数の亀裂を生みだした。
触れたもの全て、空間さえも破壊する紅き槍、それが男の神技である。
僕は信じられないくらい落ち着いていた。
僕から見た空間は、やはり時間の流れが遅くなっていた。
放たれた槍はゆっくりと、周囲を砕きながら僕に向かっていた。
「目を瞑って、神力を感じて」
彼女の言う通りに目を瞑り、深呼吸するように緩やかに息を吐くと、額の紋章は僕に呼応するように赤く煌いた。
自然と何をすればいいのか頭にイメージが流れてくる。
「あなたの想像が、あなたの力を創造する」
想像しろ。
僕には人より優れたものがひとつだけある。
それは―――
想像力だ!
僕は目を見開き、左手で彼女を支え、右手を前に突き出した。
そして銃を握るようにゆっくりと力強く空を掴んだ。
紋章の赤い輝きが強くなるのに合わせ、強く握った空が眩い光を放つ。
眩い光が収まると、空を掴んだ右手には、小さな銃が握られていた。
銃口を2つもち、手の平に収まるほどの短い銃身。
デリンジャーと呼ばれる銃によく似ている。
男のそれと比べれば、とても強そうに見えない。
だが不思議と僕はこいつを信じていた―――。
「そう、それがあなたの神威」
彼女の言葉に僕は頷き、
「いくよ…!!」
そう言うと同時に、トリガーを引いた。
すると、その2つの小さな銃口からは考えられないほどの巨大な光が放たれた。
螺旋を描くように交じり合った一筋の光は、近づく紅い槍を容易く飲み込み男に向かって伸びた。
「なんやて!?こんなルーキーの神威に飲まれたやと!?」
空間をも破壊する槍を飲み込んだ閃光は、勢いを失うことなく男を包み込んだ。
光が収束する頃には、男は全身ボロボロになっており、そのまま地面に落下した。
僕は彼女から手を離し、ゆっくりと男に近づいた。
全身の力が抜けたような感覚だった。
僕の手にあった銃も気づけば形を失くしている。
「やるやないか兄ちゃん…」
足音に気づいたのか男は倒れたままそう言った。
「僕ももう、限界ですよ…」
その言葉に男は軽く笑い深く溜息をつくと、倒れたまま両足を上にあげ、そのまま勢いよく上体を起こした。
「負けたことにしといたるわ!」
男は頭の後ろで両手を組み、偉そうにそう言った。
「名前、なんていうんや」
「え?」
突然のことで思わず聞き返してしまった。
「名前や!兄ちゃんの名前を教えてや!」
「れ、怜太!須藤 怜太です…」
「怜太な~覚えたわ、次は絶対負けへんからな!」
男は背中を向けてそう言った。
「わいはカイゆーねん、覚えとってや」
そう言い残すと、カイと名乗る男は闇へと消えて行った―――。
不思議な人だ。
急に襲ってきたり、名前を聞いてきたり、自分に率直な人なのだろう。
思えば、去り際にしてもあんなに元気だったのだ。
戦おうと思えばまだ戦えたはずだ。
もしかしたら悪い人ではないのかもしれない。
そう言えばあの人の願いを聞いていなかった。
彼はどんな願いを胸に、戦っているのだろうか…。
―――そんなことを考えていると、彼女はふわりと飛ぶように僕のもとへ来た。
しかしどこか今までの彼女とは雰囲気が違うようにも見えた。
「やっと……会えた…」
彼女は涙ぐんだ目で、少し嬉しそうに言うと、僕の胸に頭を預けた。
無表情だと思っていた彼女が、感情を露わにする姿を見て、僕の心が少しだけ揺れたのを感じた。
そして彼女は続けるように口を開いた。
「私を…殺せる人……」