【第1話】日常の終幕
「―――」
―――聞きなれた音が鳴り響き、僕たちの拘束された時間は終わりを告げ、自由な時間が始まろうとしている。
こんな言い方をすると、何やら複雑かつ過酷な環境に身を置いているように聞こえるかもしれない。
分かりやすく言うとこうだ。
授業が終わり、放課後が始まった。
そう、僕が置かれているこの環境はいたって普通だ。
今は高校1年生の6月、新入生という緊張感は抜け、普通に学校に行き、普通に授業を受け、部活動で青春を謳歌するわけでもなく、ただ帰宅するのだ。
そんな普通な毎日を送っている。
髪型にもこれといって特徴があるわけではなく、黒髪のショート。
メガネをかけているから、はたから見たら優等生に見えるかもしれない。
だが頭がいいわけでもなければ、もちろん運動神経がいいわけでもない。
とにかく普通、いやむしろ地味と言っていいだろう。
ただそんな僕にも人より優れたものがひとつだけある。
それは―――想像力だ。
ただ、これ自体が役に立った試しはない。
―――なんだか自分でも悲しくなってきた…。
「おー怜太ー!帰りにカラオケ寄っていかね?」
「いやぁ…僕はいいや。お金ないし」
軽く「はは」と笑いながら、僕はそう返した。
『須藤 怜太』それが僕の名前だ。
『怜太』という名前自体は別段変わっているわけではない。
ありそうで見ない、そんな名前である。
『怜』には『さとい、かしこい』などの意味がある。
『ずぶとく、かしこく生きて欲しい』そんな意味合いが込められた名前らしい。
「ちぇーノリわりぃのー」
そういう彼の名前は、『鈴木 直斗』だ。
直斗とは中学から一緒で同じ高校に入った。
名前も同じ「す」から始まることから出席番号もいつも近く、自然と仲良くなった。
そんな彼の誘いを断った理由は単純だ。
僕はカラオケが好きではない。
歌えないからだ。
歌えないのにお金だけかかる。
そんな無駄なことはしたくないのだ。
高校生というのはそんなにお金を持っているわけではない。
むしろ1000円でもかなり貴重だ。
だから僕は基本的には学校帰りに寄り道はしないようにしている。
「それじゃ、また明日な!アディオース!」
そう言って直斗は教室の外で待つ2人の女の子を連れて姿を消した。
帰り支度を整えると、僕はいつものように学校を後にしてまっすぐ帰宅した。
「ただいまー」
「あら、おかえりー。今日も早いわね~。もう高校生になったんだから少しは遊んで帰ったりしてもいいのよー?」
「いや、いいよ。家でゆっくりするのが1番楽だしね」
いつものように母と軽く会話をし、そのまま自分の部屋に行き、テレビをつけてスマホアプリを起動する。
『グランレッドストーリー』
僕が今ハマっているゲームだ。
と言ってもやり込んでいるわけではなく、ランキングでは下の中くらいだ。
もちろん無課金である。
CMで紹介されているのを見て、人気があるから手を出した。
そんな理由である。
このゲームの良いところはデイリーミッションを全てこなせば、1日1回ガチャが引けることだ。
最高レアリティであるSSRの出現確率は、毎日ちゃんと消化していると月に一度は引けるだろう確率だ。
それが僕の小さな幸せであり、運試しを兼ねた毎日のちょっとした楽しみである。
今日は6月30日。
月の終わりだ。
そして今月はまだ一度もSSRを引いていない。
そろそろSSRがきてもいい頃である。
僕はそっとガチャボタンを押した。
「……」
―――Rだった。
1日の一番の楽しみはあっけなく、そして虚しく終わった。
そんな虚しさを洗い流すように僕はお風呂に入り、部屋に戻って、電気を消し目を瞑る。
いつもの普通な1日が終わる。
―――だが、今日はいつもとは違った。
眠ってからどれくらい経っただろうか。
目を閉じていても分かるほどの閃光で僕は目を覚ました。
窓にはもちろんカーテンがある。
しかし、それはカーテンとしての意味をなさないほど強い光だった。
「んん…なんだろ…」
イベントごとというものにあまり興味がない僕でさえ、この出来事を前にして一体なにが起きているのか気になった。
目をこすりながら上体を起こす頃には、強い閃光はおさまっていたが、カーテンを開け、窓から外を見渡した。
「光の…球…?」
1kmほど離れた上空で、光り輝く球体が見えた。
それは徐々に高度を落とし、落下していた。
「あそこは公園の方か」
僕は部屋着からジャージに着替え、走って公園に向かった。
この時はまだ気付かなかったが、僕の額にはうっすらと赤い紋章が浮かび上がっていた。
めんどくさいことが嫌いな僕が、この時なぜ着替えてまでその球体のほうに向かおうと思ったのかはわからない。
だが、行かなければいけない気がした。
そう、行かなければきっと後悔する。
そう直感したんだ。
公園に到着すると、光る球体はまだ地面には落ちていなかった。
光は徐々に弱々しくなっており、球体に見えていた『それ』は徐々に形を成していった。
僕は『それ』に近づくと、それが人の形をしていることに気づく。
「女の子…?」
そう、『それ』は少女の姿をしていた。
姿から見た年齢は僕と同い年くらいであり、髪は流れるように伸びた、白にも見える金髪である。
服はウェディングドレスのような真っ白なワンピースを着ていた。
一言で分かりやすく少女を表す言葉はこうだ。
神々しい。
安直な言葉ではあるが、それがしっくりくる。
いや、それ以外に表現しようがないほどこの少女は神々しかった。
僕が近づく頃には『それ』は頭上付近まで高度を落としていた。
僕は反射的に両手を自分の腰の前に構え、手のひらを空に向け、ゆっくりと落ちてくる少女を抱きかかえた。
俗に言う、お姫様抱っこというやつだ。
もちろん僕がそんなことをするのは初めてだ。
僕に少女を軽々と支える力があるわけではない。
女の子を抱きかかえたことがない僕でさえこの軽さが異常だとわかるくらい、この少女からは体重というものが感じられなかった。
その少女は異様に軽かったのだ。
気を失っていた少女が目を覚ますと、あたりを見渡し、そして腕の中で僕の方をじっと見つめた。
「…大丈夫?」
僕がそう訪ねても少女は何も言わずただただじっと僕を見つめた。
僕に抱きかかえられているこの状況に疑問を感じている様子もなく、その表情はあまりにも無表情で何を考えているのかわからなかった。
僕がどうしたらいいのかわからないまま黙っていると、少女はやっと口をひらいた。
「ねぇ…お願いがあるの」
その少女の口から続けて出た言葉は、普通の日常を生きていた僕からは考えられない言葉だった。
「私を殺して」