表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/15


    ◇



紫苑と話した後、時間を取られてしまったが僕はやはり屋敷の外に出ようと思った。

外に出かける事と僕の分の昼食はいらないこと事を、昼食を用意していた紫苑に伝えると夕食までにはお帰りくださいませ、と言われ、灯火ちゃんにはご飯はみんなで食べるものだよと、少し怒られた。

屋敷の門を一歩出ると、付近は森でその中に一本の山道がある。そこを進む。夏の森は緑の葉の色、匂いとともに濃い。そして暑い。だが、僕はその中に強い生命力を感じる。

三十分ほど進むと山の裾に出る。山林以外の景色が少しずつ見えてくる、そこは、どこにでもありそうな住宅街の風景。道の終わりにある鳥居を潜り、町へと入る。歴代の魔術師の住んできた屋敷、その場所は都心から少し離れた住宅街の近くの山の中にあった。屋敷までの道は単純な一本道であり、健康体の常人であれば行き着くことは難しいことではない。

だが――普通の人間には決して辿り着りつけない。なぜなら、山への道には〝結界〟があり、山道には意識して入ることは出来ないからだ。目には映るのに気に留めることは無い、そんな術式の施された結界。この結界のために屋敷に訪れる人間はほとんどいない。訪れるとすれば、なにかしら魔術に由縁のある者だけだ。

吹き出してきた汗を手で拭い、駅へと向かうために歩き出す。

――ふと気づく。僕の分しかなかった足音がいつの間にか、二つに増えている。その足音はとても小さく、よほど気を配らなければ聞こえもしなかっただろう。僕が気づく事ができたのは運が良かったといってもいい。  その足音が僕の隣に並ぶ。僕が足音の主の方へと顔を向けると、そこには黒いスーツを着た一人の男がいた。その男を僕は知っている。

「――影月(かげつき)

その名前を口にする。

「お久しぶりです、空様」

男が会釈する。

影月。夏だというのに黒いスーツを着たその男は、何世紀にも渡り歴代の魔術師を守護してきたという一族に生まれ、今代のその役目に就いている人物。つまり僕の警護役だった。

影月の容姿は特に目立った所は無く。町並みを歩けばすぐに埋没してしまうだろう。個性が無いといっても差し支えはないかもしれない。だが――影月のそれは違う、その存在感自体があまりにも薄いのだ。どこにでもいそうなのに、どこにも存在してなどいないように。まるで影のような男だった。

「なんの用だ、影月」

「――定時の報告に参りました」

「分かった……聞こう」

影月による定時報告、それはおよそ月に一回あるもので魔法使い達の情勢や魔術師が魔道書を書く上で必要な資料、事件の詳細などを報告、提出するものだった。大概は屋敷にいる時に聞くことが多いので、今のように外で聞くことは珍しかった。ほとんどの報告はいつもと殆ど代わり映えが無い。

だが。

「――本日最後の報告になりますが、県内の御崎市で起きている連続変死体事件についてですが、術式による解析を行った結果『鬼』が関わっている可能性が認められました」

その事件は僕が朝、新聞で読んでいた事件だった。

「……本当か?」

「その様です」

表情を変えず影月は言う。

『鬼』――その存在は元は魔法使いと同じ人間であり、魔術を使うための因子も魔法使いと同様に強いものを持っている。だがその存在は、魔法使い達の中では禁忌とされている。                               

なぜなら彼らは『神』から魔法を使うための因子を〝正当には〟受け継いではおらず、その因子はあまりに不安定ですぐに〝暴走〟へと繋がるからだ。〝暴走〟した因子により『鬼』と変貌した人間は魔術を一つしか使うことができない。だが、それ故に瞬間的ではあるが並みならぬほどの〝力〟を発揮する。時にその〝力〟は災厄にも匹敵する。その災厄にも似た〝力〟は多くのものを飲み込み、破壊する。その前に人間の作りあげた、常識や法、科学などでは太刀打ちはできない。魔術であっても難しかった。そして力を出し尽くした『鬼』は、自ら崩壊していく。『存続』させることができず消えていき、また多くを破壊する。魔法使い達の価値観からはまったく逆の存在。だからこそ彼らは禁忌とされ、魔法使い達の創る螺旋、歴史からは追いやられてきた。

――かつて都を追われ、森をまたは山を棲家とする者たち。あるいは古代から山に住み独自の神を祀り、そこから法や文化を持つに至った者達。彼らは都会の法や文化から法から見れば、奇異な存在であったためいつしか『鬼』と呼ばれるようになった。〝ヤマ〟は古代において、異界であった。だがかつて異界とされてきた〝ヤマ〟との境界は現代においては科学による開発の果てに薄くなり、いつしか彼らもまた都市の中に、自らの正体を忘れ生活するようになった。

だが彼らの〝力〟もまた無くなった訳ではない。

「現在、処理班を編成していますが、全てが終わるまでに二、三日掛かるとの事です」

「そうか……」

「―――――」

話は終わり、会話はない。いつもなら知らずのうちに、立ち去っている影月だが、今日はまだ隣にいた。

「まだなにか話があるのか、影月」

「ええ。失礼ながら、空様にお聞きしたいことが」

「なんだ……」

「上神の三女――あの者をいつまで屋敷に置いておくのですか?」

「黙れ――」

僕は自分の声が低く、鋭くなっていくのが分かった。

「影月――お前には関係ないだろう。話がそれだけならもう行け」

僕は目で促す。

「申し訳ありませんでした。私はこれで失礼させていただきます」

影月は現れた時と同じように、いつの間にか去っていった。

上神家。魔法使いの一族の一つであり、灯火ちゃんの生まれた生家だ。だが上神家は現在、灯火ちゃんを含む三人の子どもを残して、同じ魔法使い達の手により滅ぼされている。上神家は異端の一族だった。魔法使いでありながら、禁忌とされる『鬼』を研究し、自らも『鬼』に近づいていった一族。それ故にその術式を完成させる前に、同じ魔法使い達の手で粛正されたのだ。それ以来、上神家は忌み嫌われ、残された三人の子ども達は過酷な境遇に立たされている。能力を発眼させた二人の姉と兄は『鬼』や人外を殺す戦闘部隊に入れられ、未だに開放されることはない。

灯火ちゃんはまだ幼く能力も発眼させてはいない事と、僕の先代の魔術師から傍に置いていたことが牽制となって一ヶ月に一回ある検査以外には僕たちの傍にいられるが、それもいつまで続くかは分からない。

不意に灯火ちゃんの作るシャボン玉を思いだした。

そのシャボン玉はあまりに壊れやすい。

駅が近い。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ