14
――ハクア
―――白亜
幻想――
ゲンソウ――
崩れていく記憶と想い
けれど本当に崩れていくのは誰?
崩れていくこと、それは誰にも止めることはできない
白い日々にはもう戻れない
ただそれを受け入れることができないだけ
だからもう終わってしまった夢を見る
ハクアゲンソウ――
―――白亜幻想
鏡界螺旋式
バイオリンの音が響く――
奏でられる音と音は繋がり、一つの旋律を紡いでいく。
その旋律に名など無かった。
弾き手たる男の中から零れ落ち、心のままに紡がれたものだった。
それでもその旋律に名を付けるのであれば、その旋律はこう呼ばれるべきだろう。
――『前奏曲』と。
男は旋律を紡ぎ続け、やがてその始まりと同じように男の心のままにその終わりを告げた。――fin.
バイオリンを弾き終えて男は、バイオリンを降ろし周囲を見渡す。
毛並みの高い絨毯、作りのいいソファ、硝子で作られた煌びやかなシャンデリア。飾られた絵画の数々。洋風にまとめられた室内は、御崎市の中でも有数の高級ホテルの一室だった。
男はそれらの目を向ける事無く、その視線を高層の部屋に備え付けられた窓に移した。
そこからは雨の中の御崎市の全貌があった。
街は雨に濡れ、打たれ続けていた。
男はその光景を見て、ふと思い出す。語り継がれてきた幾つかの神話の中に雨によって滅ぼされた世界があったことを。振り続けた雨は止まず、やがて洪水を引き起こし世界の全てを飲み込んだ。
その因果とは何だったのか。
人のあるいは神の業だった、罪だった。
積み重ねられたそれらは大きな業火を生み、憎むべき者を、最後は自身ですら焼き続け世界を覆った。そして雨が降った。世界の全てを洗い流し、再び新しい世界を創める為の福音が。こうして世界は終わった。
「……」
男は雨に打たれ続ける街を、その世界を眺め続ける。
カチリ、と音がした。それはこの部屋のドアの鍵を開ける音だった。
一人の少女が入ってくる。雨の中で外に出ていたためか、少女の髪と黒を基調とした服にはわずかな水気があった。
「マスタ―、ただ今戻りました」
少女が男に告げる。
「そうか……それで準備の方はどうだ?」
男は少女の方を見ずに返す。
「問題はありません。あとは全てを待つだけです」
「分かった。今日はもう休め」
「了解しました。マスタ―」
少女は男の背中に一礼し、部屋の奥へと入っていく。
その時、少女の腕輪に括られた鈴がチリンと響いた。
少女が去った後、男は誰にとでもなく呟いた。雨の降り続く街を見下ろして。
「雨は全てを洗い流して人と神の業、罪を清めた。そうして新しい世界が始まる。だがいつも新しい世界に降り立つのは、世界の終焉を生き延びた者達だ。始まる世界とは所詮、終わりを告げた世界の残骸で造り上げられた『再生』された世界に過ぎない。そして再び世界を廻る神と人の業。『再現』されたかのように訪れる終焉。
そうであれば果たして雨は何を洗い流しているのだろうね。それとも我々は、我々の世界は最初から業や罪は深いものだったのだろうか。
君はどう思うかね――『再生』の魔術師」
男が告げた。
これはオーケストラだ。
各個が『業』という楽器を持ち、音を奏でるオーケストラ。
個々に紡がれる音は統制など取れず、無秩序極まりない旋律となる。
しかしそれは、観客や演奏者すら壊してしまうほどに強い最高の音色だ。
そしてやがて全てを飲み込み、終わらないダカーポとなる。
始めよう。
さあ――開幕だ。