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〝―――〟はいつもと同じだと思った。今、自分手の中で悶えているメガネの青年もまた同じだった。わずかに抵抗をみせたが、所詮なにも変わりはしない。そう、変わるわけがないのだ、変わるはずがないのだ、この不条理の闇に覆われた世界の中で力を手にいれた自分の前では。〝―――〟はこの力で自分を覆う闇を払い続ける。そして、これからもきっとそのことは変わる事無く続いていくはず――

――だが。

目の前にいる青年はなんだ。イッタイナンナノダ。なにも無い空間から刀を取り出し、刃を突き出してくる。あまつさえ〝―――〟の肉体を傷つけ抉っていく。気が付けば自身の肉体は数本の鉄片に貫かれていた。コイツはなんなのだろう、力を手にしたニンゲンだというのか。それにシテモどうしてボクがコウモオイツメラレテイクノダロウ。

こんな事を――コンナコトヲ――

〔――赦すワケニハイカナイ!ボクハチカラを手にイレタンダカラ!〕

〝―――〟は渾身の力で拳を振り上げる。潰す、ツブス、これで潰してミセル。壊してみせる。――壊すコワス壊ス。

決して認める訳にはいかないのだ、青年の存在を。自身を脅かす不条理を。ここで敗北すればきっと〝―――〟は少し前の弱い自分に戻ってしまう。それだけは嫌だ。

〝―――〟は青年へと特攻する。青年は手を突き出し構えていた。その手の先には酷く捻じれた鉄の棒があった。それを〝―――〟はなぜか杭だと思った。

――誰に何を裁かれるというのだ。

杭に見えざる力が込められるのが分かった。あれが自身に向けて放たれるのだと理解できた。あれが刺されば自分は無事では済まないかもしれない。

だが――その前にツブシテコワス!

〔キエロ不条理ノソンザイ――〕

〝―――〟は全力で拳を振り下ろす。その瞬間、杭が放たれた。

気がつけば――自身の体から一本の鉄片が伸びていた。違う、貫かれたのだ。酷く捻じれた鉄片に。しかもそれだけでは無かった。鉄片を通して、コンクリートに貼り付けられていた。その光景はひどく現実味がなかった。だが次の瞬間には身体に鋭い痛みが奔った。

痛い。痛い、イタイ――!

激しい痛み。思わず苦悶の声を上げる。鉄片を引き抜こうと手を伸ばして――気づいた。身体がうまく動かない。手に力が入らない。どうしても――そして身体から熱が褪めていく感覚を覚えた。そのツメタサは背筋をひどく震わせるほどだった。こわいと、〝―――〟は思った。自身の中からなにか、なにか大切なものが抜けていく気がした。いやだ、イヤダ。必死に足掻く。嫌だ。それなのに身体はツメタク動かなくなっていく。痛みすら遠くなっていく。

嫌だ、イヤダ、こわい、怖い――シニタクナイ。シニタクナイ。イキテイタイ。

それだけを〝―――〟は祈った。もう目が霞み、意識すら遠い。

そして〝―――〟は最後に見た。宙に浮かぶ七つの捻じれた鉄片と、昏い闇を背負った青年の姿を。その口元は酷くイビツに歪んでいた。七つの鉄片が降り注ぐ。

 

〝―――〟は思う。ボクは――強くなれなかった。

 

〝―――〟は少し前まで、少年だった。

歳は今年で十六歳になる高校生だった。年頃の男子の中では体躯は細くて小さく、運動神経もいい方ではなかった。だからといって他に取り立てた長所を持っているわけでも無かった。いうのであればどこにでもいる少年の内の一人だった。

ただ少年はなぜか昔から苛めの標的になることが多かった。その事は学年や年齢が上がっても変わる事がなかった。変わるのは少年を苛める相手だけだった。

いつも人通りの無い薄暗い路地に呼び出され、財布の中の金銭を要求され、暴力を振るわれる。苦痛の時間が続く中、暗い路地裏で少年は思った。こんな事が――いつまで続くのだろう。この闇はいつまで続くのか。光はいつか見えるのだろうか。路地裏の闇は深い。

少年はかつてこの闇を終わらせようと、自分に暴力を振るい搾取する者達に対して反抗したこともあった。だがなにも変わらなかった。むしろ彼らは少年を煽り、更なる暴力で彼を嬲った。殴られ、蹴られ、恫喝され、少年は地面を転がり続けた。

そして少年は思う。僕はどうして強くなれないのだろう。どうして強くなるように生まれてこなかったのだろう。それは『偶然』なのか、それとも『必然』だったのだろうか。

誰がそんな事を決めたのだろう。誰が悪いのだ。答えは無い。変わらない現実だけが続いて行く。

コンナコトガイッショウツヅクノカ?オワリハアルノカ?

イヤダ、それだけは嫌だ。でもなにも変わらない。

ああ――不条理だ。

力が欲しい――少年は願った。力が欲しい、この不条理を、この闇を払う力を。

ある時、鈴の音と声がした。

力が欲しい?

少年は答えた、欲しいと。

求めるのであれば与えましょう、そう声が答えた。

チリン、と鈴の音が響いた。

こうして少年は〝―――〟となった。だが〝―――〟は知らなかった。〝―――〟は鬼と呼ばれ現代の『異』では存在であることを。そして、『異』として振るわれる力は振るわれる者にとっては不条理なものでしかない事に最後まで気付くことができなかった。不条理が振るわれ続ける世界、その連鎖からは抜け出すことができなかった。

その果てに、その力で人を殺した。それは〝――〟が真に望んだ事だったのだろうか。


かつて少年は祈った。強くなりたいと、力が欲しいと。そして自らを覆う闇を払い――


――ただ光が欲しかった。


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