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〝―――〟は路地裏の暗がりを疾走していた。獲物を求めて。
今の〝―――〟にはそれができるという〝力〟と自負があった。
なぜこの力を手にできたのか。 〝―――〟はそれを自身が祈り続けた結果だと信じて疑わない。
強い人間と弱い人間。力ある人間と無い人間。持つものと持たざるもの。
それはいったいどういう『偶然』と『必然』の果てに生まれるのだろうか。
〝―――〟は思う。世界とはこの路地裏の包む闇のような不条理で覆われた世界なのだと。だが、そんな世界にも時として僅かな光が差し込むことがある。その光が差し込む場所にいた者こそが持つ者なのだ。かつて〝―――〟は祈り続けた、自らに光が当たりますようにと、そうした結果こそが力を手にした今の自分だった。
今こそ払ってみせる、かつて自分を覆っていた闇を。自分をそこに叩き落とした連中を全て掃除して。
〝―――〟にはそれが自身に与えられた崇高な意思のように思えた。
「――――」
いた。〝―――〟の目が獲物を捉える。相手は四人、人の出入りの無い路地である為か気兼ね無くサラリーマン風の男を恐喝し、恫喝し暴力を加えている。〝―――〟にとってそれは見慣れた光景だった。かつての自分が何度もそうされてきたのだから。
赦さない。
〝―――〟はその場に近づくと声を上げる。サラリーマン風の男に暴力を加えていた連中が気付き、こちらを見た。こちらを見た連中は皆一様に立ちすくみ、まるで〝ありはしない〟もの見ているかのような表情を浮かべていた。〝―――〟はその隙に一番近くにいる男に手を伸ばし掴む。掴まれた男は自分の身に何が起きているのか――理解していないようで抵抗もなく掴むことができた。手に力を込める。
次の瞬間――男の体は血と共に四散した。
その事で自分たちが〝なに〟に出会ってしまったのかを、理解はできなくとも感じた三人は悲鳴を上げ蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。
だが〝―――〟は三人を逃がすつもりなどなかった。素早く逃げようとした二人をその両手で掴み、同じように力を込め、四散させた。唯一残った一人は腰が抜けたようで立ち上がって走ることができず、地面を這って逃げようとしていた。なにかを口走り、涙しながら満足に動かない体を必死に動かす。滑稽だった。さっきまで自分の力を使い他者に容赦なく振るっていた人間が、いまは無様に泣きながら地面に這っている。
だが――
――赦しなどしない、決して。
自分が同じようになっても奴らは嗤いながら暴力を振るったのだから。なにか言っているようだが、所詮戯言だ。聞いてやる気にもならない。
〝―――〟は最後の一人に向かって、その巨大な拳を握り振り落とした。
そうして最後の一人が絶命した。
――呆気ない。あまりに呆気ない。
掃除を終えた〝―――〟は溜め息をついた。今まで処分した連中もそうだったが今回もまた瞬く間に事は終わってしまった。しかし〝―――〟はまだ気を緩めてはいけないと思う。奴等はまだまだいる、この路地裏の闇のように。
〝―――〟は唯一のこの場の生存者の方へと視線を移す。今まで暴力に見舞われていたサラリーマン風の男は今までのことを思い出してか、未だに地面にうずくまり体は震えていた。仕方ないと、〝―――〟は思う。暴力に自身が抗う力が無い限り、それは恐ろしいものなのだから。だがもう終わった。男を安心させるように〝―――〟は男に手を伸ばす。だが男はその手から逃れるように体を動かした。その表情は未だ激しい恐怖の色を湛えていた。
〔―――?〕
何故なのだろう、何故避ける?この間もそうだった。助けてやった男も同じ表情を浮かべていた。もうなにも恐れるものなどないのに何故そんな顔で見る、奴等を見る以上の恐怖を浮かべて。
〔――何故、ボクを見てそんな顔をする!〕
助けたのに。ヒーローのように助けてやったのに。
〝―――〟は男のその顔がひどく気に入らなかった。ドウシテシマオウカ、と考える。
答えはすぐに出た。ケシテシマエバ、いいと思った。そう、それはとても簡単なことだった。
キニイラナケレバケシテ、ツブシテシマエバイイ。ソウデキルチカラが有るのダカラ。コノアイダトオナジダ、ヒドクカンタンな事ダ。
〝―――〟は男に手を伸ばす。簡単に捕まえることができた。男は体を震わせ、必死に声を上げようとするが声が出ないようだった。今まではあまりに簡単に潰してきた。そうだと、〝―――〟は思った。今回はゆっくりと潰してみよう。こうして〝―――〟は男を潰した。
そして潰し終わった後〝―――〟はふと気が付いた。――気配がいつしか一つ増えている事に。そちらを見るとそこに、メガネを掛けた青年がいた。体を震わせながら、こちらを見ている。その様子は、その顔はやはり〝―――〟にとって気に入らなかった。