不遇
「し、知らねえ! 俺は何も知らねえんだ!」
一時間ほど前、米軍基地から爆弾を盗み出そうとしたふたり組は、CIAの尋問を受けていた。それぞれ別の部屋に入れられ、どちらも同様に尋問を受けていた。
ふたりとも、捜査官の厳しすぎる尋問に恐怖に顔を歪めた。
「ふざけるな! お前達の所属している組織はどこだ! どこに拠点がある!」
まるでゴリラの様な厳つい容姿の捜査官は、机を二度、三度と殴りつけて実行犯を威嚇した。よくあるグレーの事務机だが、そのうち壊れるのではないか、というくらいの激しさである。
「——お、俺達は……トニーとかいう男から、仕事を引き受けただけなんだ! 本当だ!」
泣きながら、懇願する様に叫んだ。
「核爆弾みたいな危ねえもんだったら、引き受けるわけねえ! 信じてくれ!」
「……そのトニーとかいうやつは、どこにいる? どこでその話を聞いた!」
CIAの捜査官は髪をつかんで、引っ張り上げた。現行犯の男は途端に悲鳴をあげた。捜査官は、男の顔を、自分の顔の前に引っ張り出すと、「お前の知っている事を全て話せ」と言って睨んだ。
実行犯の男は、もはや知っている事を全部なはさないと、もっと悲惨な目にあわされると思って、必死になって思い出そうとした。
「……あ、あいつとはロサンゼルスの……ドジャー・スタジアムの前で会って……」
観念したかの様に少しづつ言い始めた。
「会ってどうした?」
「会って……仕事を受ける気があるなら、三日後に……マシューズ湖の西側に来いって……住所は……」
男が話し終えると、捜査官はすぐさま、もうひとりの捜査官を見て、
「すぐに確認だ。急げ!」
「はっ!」
CIAの行動は早かった。十分後には目的の場所に部隊を向かわせた。その場所は、荒野の廃ビルで、他にいつくかの大きくないビルや、民家などが点々とある様な寂しい場所だった。
突入から数分後にはビルを完全に制圧、数人のテロ組織の構成員十数名を逮捕した。しかし、ビルの一室にいたボスと思われる男は既に死んでいた。自殺であった。
「間違いありません。国際テロ組織<反アメリカ同盟>のリーダー、ジョージ・ブライアンです」
捜査官は、ロス支部長に報告をしていた。
「ふむ、そうか」
支部長は満足そうである。
<反アメリカ同盟>はアメリカ国内にあるテロ組織で、近年様々な場所でテロを行っており、国際指名手配されていた。
そのリーダーであるジョージ・ブライアンは、テロ以外にも二十人以上を殺害し、終身刑を言い渡された経験もある。おまけにその後脱獄に成功し、テロ組織を結成してそのリーダーとして、テロを指揮している国際的な極悪犯だった。
「あれだけ完全に我々の手から逃れていたにもかかわらず、最後はあっけないものだな」
「ええ、しかも最後が自殺とは……逮捕できなかったのが悔やまれますが」
「逮捕できれば一番よかったが、こればかりはしょうがないだろう。……テロの証拠は?」
「ありました。今回の計画や手順などを書いた紙が残されていました。——内容を見ましたが、すごいですね。奴ら本当に巧妙です。ここまで計画を立てられるとは……」
「まあ、とはいえ防ぐことができたのは良かった。BNDにも連絡したまえ」
「はっ」
薄暗いワンルームの部屋の中、エリスは電話で話をしていた。相手は、<ニュクス>のこの事件を担当している幹部のひとりだ。
『……そうだ。アメリカだった様だ。組織はあの<反アメリカ同盟>だ。CIAがアジトを強襲して壊滅させたそうだ』
「そうですか。証拠は?」
『出てきた。かなり詳細で綿密な計画だったらしい。実行まで行っていたら、とんでもない事になっていた』
「<反アメリカ同盟>という事は、ジョージ・ブライアンですね。あの男は?」
『自殺していたそうだ。踏み込んだ時には遅かった』
「そうですか。……逮捕はできなかったのですね」
エリスにしても、ブライアンの自殺は残念だった。やはり逮捕して法廷に引きづり出し、法の裁きを受けるべき男だった。これだけの凶悪犯である。どうあれ自殺に逃げられたのは、エリスからしたら失態といってよかった。
『うむ、残念ながらな。では——また連絡する』
電話の向こうでは、話をきりあげようとしていた。
「――すいません。あの、事件が解決したのなら、私は……ドイツに戻ります」
エリスは、もう日本でする仕事はないと考えて、次の仕事の為に一度ドイツに戻ろうと考えた。
『……いや、戻らなくていい』
「戻らなくていい? ……いえ、そうは言っても仕事が……どうしてですか?」
『……残念だが、君の仕事はもうない』
「え?」
『<ニュクス>最大のスポンサーは誰だ。トーマス・ウェーバー議員だ。君は<発症者>だ。残念だが、既に以前から君には仕事を回すなと指示がきている』
トーマス・ウェーバーはドイツ連邦議会の議員であり、ミュンヘンに本社を持つ、エレクトロニクスの大手企業「ウェーバー&ベッカー」の御曹司だ。<ニュクス>がBNDから切り離された後、<ニュクス>に資金を投入して運営させているのは、このウェーバー財閥のおかげだった。
トーマス・ウェーバーは<発症者>を嫌った。議会でも何度となく、批判と差別発言を繰り返し、国内外から非難されている。
「そうなのですか……」
『君は我々にとって非常に優れた<下請け>であり、重宝してきた。今までもそれで、他から迂回させて君に仕事がいくようにやってきたが……しかし、議員の意向には逆らえん』
「ええ、それは仕方がないです。わかりました……何かありましたら、お願いします」
「うむ」
電話が切れた。エリスはすっかり意気消沈してしまった。
エリスは<発症者>だった。数年前――二〇一六年の夏ごろ、いつの間にか身体に苦痛が目立ち始めた。始めは耐えていたが、そのうち仕事に差し支える様になってきた。やむなく治療に専念して、なんとか耐えて復帰したものの、その間に同業者に仕事を奪われるなど、散々な事があった。
実は、このせいでオーストリアで仕事を失い、知人の紹介でドイツにやってきて<ニュクス>の仕事を受ける様になったのだった。
――あれだけ頑張ってやってきたにもかかわらず、この病気の為に……こうも簡単に切られるとは。やるせない気分だった。
エリスは、これからどうしていくか、少し不安を感じながら目を閉じた。