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出会い

 今は四月の中頃で、大して寒くもなく、また暑くもなく、いい気候だった。今日はよく晴れていて、外を歩く由衣も幾分気分が良かった。

 由衣は、先週くらいから少し薄着に着替えた。三月くらいまではコートかダウンジャケットが必須だったが、今は、そういった冬物の上着を脱いで、シャツにカーディガンを羽織る程度でいい日も多い。今日などはグレーのパーカーにジーパンである。足元はスニーカーだ。

 それはそうと、由衣は元が男であった為、あまり女の子っぽい格好はあまりしない。もうしばらく経つ為、慣れてきているとはいえ、まだいくらかの抵抗感がある様子だ。

 それに、そもそも女の子っぽいファッションというものを、よくわかっていないのかもしれない。もともとオシャレな人間ではないのだし。

 由衣は友人の経営している、カフェ「Y&H」に昼食を食べに行くつもりで出てきたが、まず本屋に行く事にした。

 今住んでいるマンションは北区中山道にある。これから向かう本屋は、よく行っている中規模書店の「門田書店」だ。

 この本屋は問屋町にあって、中山道の由衣のマンションから近い。「Y&H」も中山道にあるが、由衣の住むマンションより南にある大きな通り沿いだ。どちらも歩いていけるくらい近い場所にある為か、よく通っている。

 大してお腹が空いているわけでもなかったので、門田書店で文庫でも一冊買っていこうかと思ったのだ。

 由衣は自動車を所有している。スバルのフォレスターである。もう購入から九年くらいなる為、そろそろ買い換えてもいいかなと思っていた。しかし、以前は通勤に使うなどしていたこともありよく運転していたが、会社を辞めてから行動範囲が狭くなり、あまり乗らなくなっていた。

 今回の外出も、近所の本屋とカフェに行くので歩いていく事にした。


 門田書店までは歩いて十分かからない程度だ。程なく店の看板が見えてきて、店舗の方に歩いていく。店舗の前には駐車場があるが、最近は空きスペースが多く感じる。本屋の不況はずっと前から言われているが、やはりここにも不況の波が押し寄せてきている事を感じさせた。

 由衣は門田書店に入ると、早速文庫のコーナーへ向かった。レジの方から「いらっしゃいませ」という声が聞こえた。由衣は声の方を見てなかったが、たぶん由衣に向かっていったのだろう。特に何も答える事なく、由衣は奥に進んでいった。

 とりあえず、雑誌のコーナーにやってきた。由衣は時々雑誌を立ち読みしている。パラパラと大雑把にめくっていくだけで、あまり込み入っては見ない。何か面白い情報がないかな? という程度である。

 何冊か読んで、文庫のところに向かった。由衣はよく小説を読んでいる。昔から割合読んでいる方だが、今の姿になってから、身体能力が激減してしまった為、余計に読書をする様になった。

 読む速度も速くなり、長編小説を二、三時間で読み終えてしまう事もある。だから頻繁に本屋に行って買ってくるのだ。

 ただ、そうして頻繁に買ってくるので、家にはたくさんの本がある。小説しかないのだけれども。


 文庫コーナーにはたくさんの本が並んでいる。手前の新刊の棚を見て、面白そうなのはないか探してみた。しかし……どうやら特にはないみたいだった。

 何冊か読んだ事のある作家の新刊があったが、手にとってみて特に何も感じず、そのまま元に戻した。

 それから文庫コーナーをウロウロして何かないかな? と時々立ち止まっては棚を見回した。

 新潮、文春、講談社に角川。それからずっと奥には早川、創元の棚がある。これらは海外物のSFやミステリーが強い事で有名だが、書店における勢力範囲は狭い。新潮文庫の何分の一だろうか? 由衣は自分の苗字と同じ早川文庫にどこか親近感を抱いているらしく、このような劣勢にイマイチ面白くない様子だ。

 そして、ふと店内を見て、知っている店員がいないか探してみた。どうやら今日は休みなのだろうか、いない様子だ。

 しょうがないので、由衣は海外のSF作家の文庫を手にとった。以前、あまり興味がわかず買っていなかったものだ。これを買う事にしてレジに持っていった。


 門田書店を出ると、今度は「Y&H」を目指した。由衣はバッグを持ち歩くのがあまり好きではなかった。なので、よほど大きな買い物をするのでなければ、基本的には手ぶらだ。当然、今日もその様である。

 少し歩いて、横断歩道を渡る為に信号が変わるのを待つ。ここ数日は雨も降らず天気もよくて、外を歩くにもいい。人の姿もまばらで、その点も由衣にとって都合がよかった。

 信号が変わると、由衣は道路を横断した。向こう側にやってくるとビルやマンションの前を横切って、「Y&H」に向かって歩いていった。すれ違う人も少ない。なにやら話しながら歩いている老夫婦ひと組と、ベビーカーを押して歩いている若い母親だけだ。思ったより静かな昼間だった。


 しばらく歩いたところで、由衣は前方に女性がひとり、マンション正面にある低い生垣の脇に座っているのを見つけた。髪の長い女性で、うつむいているせいか、顔は隠れていてわからない。両手で持って、何かをやっている風だ。

 ――何してるんだろう。いやまあ、どうでもいい事ではあるのだけれど。

 由衣は少しだけ興味を持って、すぐに興味を失った。全く知りもしない他人の事だ。自分には関係がない。考えてもしょうがない。そう思った。

 歩いていくにしたがって、少しづつ女性に近づいている。由衣は距離が縮まってくるにつれて、その姿をなぜか意識しているのに気がついた。多くないとはいえ、他にも何人かいたはずなのに、由衣の視界からは全て消えた。目の前の女性だけが、由衣の意識と視線をつかんで離さない。

 女性の目の前までやってきた。横目で見ると、どうやらスマホを操作している様子だ。

 ふと女性の顔か見えた。端正でかつ全てが整った美しい顔だった。なぜか少し困った様な表情をしていた。

 女性の前を通り過ぎようとした瞬間、街の音が消えた。柔らかい風が由衣を包むと、どこか懐かしい匂いがした。それが何の匂いだったのか、由衣にはわからなかった。


 通り過ぎて少ししたところで、後ろから声が聞こえた。

「――あの、すいません」

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