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昔話

 ヴォルフは、由衣を捕まえて銃を突きつけた。

「……おっと。動くなよ。このガキを殺すぞ」

 ヴォルフは由衣の頭に拳銃を当てて言った。

「ヴォルフ!」

 早紀が叫んだ。

「動くなと言っただろうが! ぶっ殺されてえのか!」

 ヴォルフは大声で叫ぶと、由衣の側頭部に突きつけた銃口を、ぐりぐりと頭に押し付けた。

「さ、早紀……」

 由衣が青い顔をして、早紀の名前を言った。

「由衣を放しなさい!」

 早紀はヴォルフに向かって叫ぶが、由衣に銃を突きつけられた、この状態では動けないでいた。

「――キミは何がしたいんだ?」

 そう言ったのはクリスだった。

「彼女はボクのものだ。その汚い手を離すんだね」

「ふん、だからどうしたというのだ? お前も死にたくなければ、さっさとどこへでもいけ。邪魔さえしなけりゃ命まではとらん」

 ヴォルフはクリスに向かって言った。

「そうはいかない。ここから尻尾を巻いて逃げ出すのはキミだろう」

「その根拠のない自信はどこから来るんだ? ……まあいい。お前と遊んでいる暇はない」

 ヴォルフはそう言うと、早紀の方を見た。

「用があるのはお前だ。エリス」

「私に? いったい……」

 早紀はどういう事なのかよくわからない。ヴォルフはいったい何を考えているのか。

 その時、ヴォルフは静かに口を開いた。


「――エリス、お前には死んでもらう」

 ヴォルフは言った。

「えっ?」

 早紀は、ヴォルフはいったい何を言っているのかよくわからなかった。

「ヴォルフ……それは、どういう事なの?」

「ふん、お前は覚えているか?」

 ヴォルフは早紀を睨んだ。

「この俺が――俺の兄を殺した奴を追っていた事を! この俺をどん底に叩き落してくれたクソ野郎の事をな!」



 ――それは今から三十年近く前の事だった。

「……なあ、兄貴。この仕事は、どんだけカネが入るんだ?」

 目つきの鋭い、十代と思われる少年は、自分の兄に問うた。

「五百万シリングだ。これでもう、こんなクソみてえな仕事とはオサラバだ」

 兄と呼ばれた、二十歳前後と思われる男は弟に対して、少々興奮気味に答えた。

「マジかよ! すげえ!」

 弟もその金額を聞いて驚く。

 シリングとは、当時オーストリアで使われていた通貨オーストリア・シリングの事である。日本円に替えると、およそ五千万円くらいになるだろうか? かなりの大金である。

 彼らは、通称<仕事屋>と呼ばれる人間だった。仕事――とは一体何の仕事なのか? ひと言でいえば、「殺し」である。この兄弟は「暗殺」を生業としてた。



 ――兄弟は、ドイツやオーストリア、ポーランドなどで暗躍しているマフィア「黒い風」の末端で、暗殺の仕事をもらって生活をしていた。孤児であり、毎日スリや空き巣をしながら、食うに困る生活から脱出する為に、マフィアの手下になった。

 兄は十二歳で人を殺した。弟はさらに若い、十歳で人を殺した。ふたりとも、この幼さで殺人に手を染めた。それからは、ずっと殺人の仕事をやってきた。もらえる報酬が圧倒的に大きいからだ。それにもう五人殺した時点で、人の命を奪う事にためらいを持たなくなった。

 次々と仕事をこなし、すでに国際指名手配を受ける凶悪犯となったが、不思議と捕まる事はなかった。

 ある日、ふたりはある大手企業とつながりのある、マフィアのボスを暗殺する仕事をした。当時、オーストリア最大のマフィアのボスで、相当に困難な仕事だった。



 そして兄弟は、自身にとって最大の暗殺とも言える、この仕事に取りかかった。

 意外な事に、計画は簡単に進み、ボディガード十六人を兄弟で手分けして始末すると、最後に残ったマフィアのボスを、なんのためらいもなく殺すと、即座にその場を離れようとした。あらかじめ決められた逃走経路をたどって合流地点に行けば、そこで「黒い風」の車が待っている。それでオサラバだ。

 何も問題ないはずだった。これで最後のはずだった。この大金で「仕事屋」をやめる。しかし……その時、三十歳くらいと思われる夫婦とばったり出会った。東洋系の男と、白人の女だ。

 兄は思った。――ヤバイ、見られた!

 夫婦は驚いていた。銃を持った兄弟と、その背後に横たわる男。


 兄は撃った——乾いた音が響き渡る。まず男を撃った。胸に命中すると、すぐに崩れ落ちた。一緒にいた女は、叫び声をあげた。

「兄貴! 任せろ!」

 弟は叫んだ。弟はためらう事なく、引き金を引いた。


「おい! 何してるんだ!」

 弟は、殺した女のそばで何かをしていた。それを見た兄は、弟に怒鳴った。

「行くぞ! ぐずぐずするな!」

「おう、待ってくれ」


 兄弟は大金を手にし、「仕事」から足を洗った。もうそんな仕事はする必要がないのだ。

 手に入れた大金を元手に、兄弟は事業を始めた。裏の汚い仕事――要するに暗殺など――をする為の人間を派遣する事業だ。一時的にそういう人間が欲しい顧客に、金が欲しい人間を紹介する。その紹介料を利益として、事業を運営するのだ。

 これはうまくいった。やはりどこのマフィアも、後ろ暗い事をする時は、こういう外部の人間を使いたいものなのだ。また兄は経営の才能があったのか、経営はとても安定していた。

 この兄弟の将来は、この先ずっと約束されている様なものだった。

 常に大金にまみれて豪遊し、しかもそれだけ使っても尽きる事のない資金。兄弟にとって、もう夢の様な毎日だった。


 ……しかし、この夢もそろそろ覚める時がやってきた。それは、十代後半くらいの少女だった。両親の仇だと言ったらしい。

 兄はその少女に殺された。あるパーティーの最中、泥酔してトイレに入ったところを射殺された。兄の側近ふたりと共に。

 まず側近のひとりが頭を撃ち抜かれて即死した。兄は、それに驚きつつも泥酔状態でまともに対応できるはずもなく、撃たれそうになったが、もうひとりの側近が間に入った為に側近が撃たれた。そして次に兄が射殺された。

 少女はすぐに脱出したが、この惨劇が発見された時、側近のひとりがまだ息があった様で、それで話を聞く事が出来た様だ。もっとも、その側近もその日のうちに息を引き取った。


 そんな時に、弟は所用あって国外にいた。帰ってきた弟は言葉を失った。呆然とした弟は、兄の仇を討つべく犯人の行方を追った。

 しかし、それもすぐに中止された。

 弟は知らなかったが、実は経営は破産寸前だったのだ。大量の金を湯水の如く使いまくった結果、二年ほど前から赤字になっていたのだ。それも結構大きな金額だ。

 また、この頃には、似た様な派遣業を行うライバルが多くできていた。仕事の受注自体も厳しくなっていた。


 結局、事業は頓挫した。多額の借金を抱えて、まさに奈落の底に転落した気分になっていた。弟は、再び汚い裏の仕事に舞い戻らざるを得ない状態に追い込まれてしまったのだ。

 弟は兄を殺した少女を探した。許しがたい奴であり、八つ裂きにしてもまだ足らぬとまで思っていたが、手がかりが全くなく、何年も探したが見つける事が出来なかった。

 この弟は、通称「ヴォルフ」と呼ばれるようになり、現在に至る。


 ヴォルフは早紀を見ると微笑し、ポケットから何か光るものを取り出すと、早紀の前に放り投げた。とても小さなものだった。

 早紀がそれを見ると……それは指輪のようだった。

「もう必要ないな。返してやる」

「……返す?」

 早紀は訝しんで、足元に落ちた指輪を拾った。それを見た早紀は声を失った。

「こ、これは……お、お母さん……の……指輪……」

 早紀は目を見開いて、手に取った指輪を見た。

 由衣はそれに見覚えがあった。この間に見せてくれた、早紀の父親の形見だという指輪と同じに見えた。

「あの時のクソ女がつけていた指輪だ! やっぱりエリス、てめえだったんだな!」

 ヴォルフが吠えた。

「……お、おかあ、さん……おか……」

 早紀はポロポロと涙を流し、その指輪を抱きしめた。膝をつき、うつむいて動かない。

「早紀……」

 由衣は、その姿に言葉もなかった。そして、この自分を羽交い締めにしている、この冷酷な男を許せない気持ちになった。


「あ、あなたが……あなたが母を……お母さんを殺したのね……」

「そうだ、エリス。お前のお袋を殺したのは、俺だ!」

 ヴォルフは早紀を睨みつけると、高笑いとともに言い放った。

「よ、よくも……よくもお母さんを!」

 早紀は涙を拭って叫んだ。目の前に母の命を奪った憎き男がいた。

 早紀は腹の底から叫んだ。

「ヴォルフ! 許せない!」

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