対峙
工場建屋の一番奥に由衣はいた。ジャックと、その手下達が五人。みんな銃を持っていた。おもちゃじゃない、本物の銃なのだ。この怖い人達は本物の犯罪者集団――テロリストだと思われる。
数カ所に照明があって、少し暗めではあるものの、この周辺がどうなっているのかよくわかる。
由衣は縛られていた。屋根を支える鋼鉄の板を組み合わせた無骨な柱に、ナイロンの紐で腕を縛られていた。その為、この場から離れられない。
「あなた達は何者?」
由衣は、ジャック達に英語で話しかけた。
「うるせえぞ! クソガキ!」
そばにいた、丸々と肥えた黒人の男が由衣に怒鳴った。由衣はすぐにおとなしくなった。
――やれやれ、怖い怖い。いったい何がしたいのか……。クリスがどうとか言ってたけど、やっぱりクリスと関係があるんだろうか?
由衣は様々に考えた。
それにしても、由衣も随分と落ち着いたものだった。あまりに様々な事が一度に起こってしまったものだから、今こうしてジャックとその手下達に囲まれて、拘束されている状態で、まったく動揺の色はない。
「……お前がユイ・ハヤカワだな?」
ふとジャックが由衣に向かって言った。
「……そうだけど。それが?」
「クリスは随分、お前に執心だった様だがな。何がいいのやら」
「確かに、仲良くしてくれたけど……」
「ふん、まあそんなこたあどうでもいいんだ。お前がクリスを呼び寄せる餌になるんならな」
「餌?」
「そうだ、餌だ。お前を助けにやってくる。ククク……」
早紀は更に奥に侵入していく。クリスはもう姿が見えない。ただ、おそらくこのままこの建屋の奥にいるのだろう、直感がそう伝えていた。
非常に広い空間に、所々に何かの生産用の機械が据え付けてある。多分ではあるが、操業時にはもっと多くの機械が動いていたのだろうと思われる。よく見ると、あちこちに機械を設置してあったと思われる、コンクリートの台が残っていた。かつては何かの機械がここにあったのかもしれない。
「由衣……」
早紀は思わずつぶやいた。この先に奴らはいるのだろう。由衣も……どうか無事でいてほしい。それを願うしかなかった。
早紀が物陰から奥の様子を伺うと、三人の武装した男と、奥には壁がある。向上建屋の一番端まで来たのだろうか? と考えたが、クリスもジャックもいない。それに、もちろん由衣もいなかった。
よく見ると、壁には片方しか扉の付いていない、観音開きの出入り口がある。横幅二メートル以上はあろうかという、全開にすれば大きく開ける出入り口の様だ。おそらく、フロアとフロアを仕切っているだけで、あの先にも部屋があると予想できた。
扉の前で、何か話をしている男達。距離があるせいか、何を話しているのかは聞こえなかった。
さらに近づいてみるべく移動するが、うっかり何かを踏んだらしく、何かが割れる様な音がした。
――しまった。早紀はすぐに、さらに見えにくい場所に隠れた。
「誰だ!」
音に気がついて、こちらの方に銃を向ける、男達。ゆっくりとこちらに近づいてくる。
――奥の部屋にいるであろう連中に、気づかれない様に始末しないと……。
早紀は、物陰から近づいてくるのを待った。そして男がやってくると、背後から殴打して気絶させた。そして、すぐに物陰に引き込む。さらに男の持っていた拳銃を奪った。グロッグ17にサプレッサーを装着しているもので、この後、戦闘が行われるであろう場合に都合のいい銃だった。
残りふたりが近づいてくるが、ひとりがやられた事に気がついていないのか、構わず近づいてくる。
早紀は先ほど奪った拳銃を構えると、ふたりめがけて撃った。ひとりを射撃して、またすぐもうひとりを撃った。ふたりともすぐに崩れ落ちた。
早紀は周囲を見渡して、辺りに敵がいない事を確認して、扉の向こうへ入っていった。
「――よう、クリス。来たか」
ジャックは不敵な笑みを浮かべて、クリスの姿を見据えた。
「クリス!」
由衣も、クリスが姿を現した事に驚いた様子だ。
「……どういう事だい、ジャック。こんなところに呼び出して。埃っぽくてあまり好きじゃないな」
クリスは、いつもの明るい調子でジャックに向かって言った。特に動揺を見せる様子もなく、落ち着いていた。
「どういう事も、こういう事もねえ。お前に死んでもらう。それだけだ」
ジャックはニヤニヤしている。周囲にいる手下も同様だった。
「そういうわけにはいかないな。それに、ユイに手荒な真似はしないでほしいね。ボクの友人なんだから」
「お前には指図する資格なんてねえんだよ!」
ジャックの近くにいた手下が叫んだ。ジャックはそれを手で制すと、
「このガキがどうなろうと、知ったこっちゃないだろう。これから死ぬお前にはな」
そう言うと、ジャックは自分の拳銃をクリスに向けた。
「ちょ、ちょっと待った!」
由衣が叫んだ。
「うるせえ! ガキは黙っていろ!」
ジャックの手下に睨まれると、由衣は声が小さくなった。
「フフフ……由衣、いいんだよ。すぐに片付けるよ」
クリスは由衣に向かってそう言うと、今度はジャックの方を見て、
「キミはボクを殺せると思っているのかい?」
クリスは、銃口を向けられている事をまったく意識していない様子で、この異様な状況に動じていない。
「はあ? なに、余裕かましてんだ。もうお前は死ぬんだぜ?」
「じゃあ、引き金を引いたらどうだい? できるものなら」
クリスはジャックを見据えて、不敵に笑った。