合流
早紀は、ヴォルフに連絡した。
『――なんだ? なにかわかったのか?』
ヴォルフは、真夜中だが特に変わった様子もなく電話に出た。
「ヴォルフ、お願いがあるの。手を貸して欲しい。由衣を一緒に探して欲しいの!」
『ほう、どういう事だ? お前は昨日、テロとの関係はないと結論付けたはずだが。なにか、新たにわかったのか』
「いえ、由衣がテロと関係がないのは確実だと思う。でも、由衣を狙うものが現れた」
『どういう事だ? <ニュクス>からは俺以外に派遣されているとは聞いていない』
「正体はわからない。もしかしたらテロ組織の構成員かもしれない」
『その根拠は?』
「わからない。とにかく、調べてみない事には……なんにせよ、由衣を見つけないと」
『どうあれ、ユイを見つける事で進展がありそうな予感がするな。わかった、こちらでも探す。また連絡する』
早紀は、通話のきれたスマートフォンをポケットに入れると、心配そうな表情で周囲を見た。
そして、再び駆け出した。
「……へえ、そんな事が?」
由衣は、クリスにこの晩からの出来事を話した。数人の怪しい男に拉致されそうになった事。その後、家にまでやってきた事。その結果、今ここにいるという事。
クリスは由衣の話に興味津々の様子だ。
「うん。もう何が何だか……いったいわたしが何をしたっていうんだろう?」
由衣は、クリスが聞いてくれているのをいい事に、様々話した。愚痴る様に。
ひと通り話終えると、少し気になって、スマホを取り出して見た。見ると、着信があった。早紀からだ。
散々愚痴ってスッキリしたせいか、早紀に対する信頼が次第に回復してくると、「あ、着信がある。早紀からだ」と言って、早紀に電話をかけた。
早紀は走っていた。どこかにいる由衣の姿を求めて。しかし、あてはなかった。どこにいるのかも検討もつかない。ただいたずらに動き回っても見つけられるわけはない、そう頭では思っていても、動かずにはいられなかった。
ふいに早紀のスマートフォンが鳴った。画面を見ると、由衣だった。
「由衣!」
早紀は電話に出るなり叫んだ。
『さ、早紀。ごめん、着信があったのに気がつかなかった』
「由衣! 今どこにいるの?」
『今? 今は岡山ドームの近くだけど……わかる? ちょっと友達といるんだ』
「そ、そう……」
早紀は、注意深く電話の向こうに耳を傾けた。もしかしたらすでに捕まっていて、言わされているだけなのかもしれないからだ。しかし、その様な雰囲気は伝わってこなかった。
「由衣、まだ狙われていると思うわ。そのお友達は大丈夫なの? 巻き込まれたり……」
『わからない。偶然会って……正直、怖い』
「由衣。その場を動かないで。すぐ行くわ」
『で、でも』
「由衣。私を信じて。私はあなたの味方よ。ずっと」
『う、うん。早紀、ごめん。待ってる」
「ええ」
早紀は電話をきると、すぐさま駆け出した。
ジャックの元に電話がかかった。
「何だ?」
『……俺だ。奴の場所を特定できた』
「どこだ!」
ジャックは怒鳴った。
『岡山ドームとかいう白い半円状の施設だ。詳しい地図を送る』
「よし、すぐに行く」
ジャックは電話をきると、ニヤリと笑った。
ドーム前までやってくると、すぐに見つけられた。来るまでに一度連絡をとって位置を確認した。電話で言っていた通り、由衣ともうひとりがいた。
夜の街灯に照らされた中、ふたりが並んで座っていた。電話で言っていた、由衣の友人というのは……どうも日本人にではなさそうだ。
「由衣!」
早紀は由衣の姿を見つけると、足早に近づいていく。
「早紀、ごめん! わたし……」
少し申し訳なさそうな表情の由衣に、早紀は思い切り由衣を抱きしめた。早紀は今にも泣き出しそうになっていた。
「いいの。由衣……よかった……」
ふたりが抱き合っているところに、クリスが近づいてきた。
「やあ、あなたがユイの友達の……サキさんだね。ボクはクリス・ハワード。どうも、こんばんわ」
クリスは、そう言って名乗った。いつもと変わらない笑顔をずっとしていた。
「どうも、早紀です。よろしく」
早紀はクリスと握手した。
「いったいどうしたんだい? なにかこう、深刻そうだねえ」
「――ええ、由衣が何者かに狙われているのです」
「ああ、さっきユイが言ってたね。ちょっと信じられないけど」
クリスは、どうも信じられないという様な表情である。
「この平和な国でそんな物騒な事があるのかい? 一体、誰が狙ってるの?」
「それは、わかりません」
早紀にもわからなかった。ただ、なにかの組織が狙っているのは間違いがない。夕方に、実際に拉致されそうになっているし、夜中に自宅を襲撃されているのだ。
「……やっぱり、クリスはもう帰った方がいいと思う。どう考えても危ないし」
由衣は言った。マンションから脱出してすぐは、ひとりでは心細かったものの、早紀が来てくれた今となっては、むしろ関係ないクリスが巻き込まれてしまう危険がある。
「クリス――あなたはまったく関係がないのだから、一緒にいる事で巻き込まれる可能性が高いわ。今のうちに離れていた方がいい」
早紀も言った。
「そうかい? そんなに怖い話なのかい?」
クリスは、どうやら冗談で言う様な話ではなさそうな雰囲気を感じとって、心配そうな顔をした。
「ええ、危険よ。それに由衣。ここに長く留まるのは見つかる危険が高いわ。移動した方がいいわね」
「そうだね、そうする」
そう言って由衣は頷いた。
「――そうだ、いますぐここから移動した方がいい」
そう言って暗闇から姿を現したのはヴォルフだった。
「ヴォルフ!」
早紀は突然姿を現したヴォルフに驚いた。由衣は、ヴォルフの姿を見て警戒した。クリスも普通じゃない空気を感じて、少し警戒の色を見せている。
「夜とはいえ、こんなところにずっといて、よく見つからなかったな」
ヴォルフは言った。
「あなた、どうして……」
早紀は意外に思った。ヴォルフも独自に動いてるのを知っているが、まだここにいる事を連絡していなかった。――どうしてここに? と不思議に思った。
「……早紀」
由衣は早紀を見る。言葉では言わないが、由衣の目は語っていた。――早紀はこの男を知っている様だけど? どうして、と――
「――由衣、ごめんなさい。話がややこしくなりそうだから、とりあえず伏せておいたの……詳しい話を説明するわ」
早紀は由衣に、これまでの顛末を最初から説明した。
自分はドイツに住んでおり、そこで諜報機関の仕事を請け負っていて、今回はテロ阻止の調査目的で来日した事、調査が終わって以前住んでいた事がある岡山を訪ねた事。
そして、目の前のヴォルフは、今回の事件で派遣されてきた事、また、仕事上の知人である事など。
「――じゃあ、早紀はドイツからやってきたんだね。それで……」
「ええ、別にその事は隠すつもりではなかったのだけど……」
早紀は申し訳なさそうにしていた。
「いいよ。仕事だから、言っちゃいけない義務とかあるんだと思うし。それに、わたしも早紀の事、信じてあげられなかった。助けてくれたのに。今も助けてくれているのに」
由衣は少し照れ臭そうに言った。
「由衣、ありがとう……」
早紀は瞳を潤ませ、由衣を抱きしめた。
「――新しい情報だ」
ヴォルフは突然口を開いた。
「新しい情報?」
早紀はヴォルフを見た。
「<ニュクス>にて、組織の構成員を逮捕尋問したところ、首謀者がわかった」
「誰?」
「何か、すごい話になっているねえ」
そばで一緒に話を聞いていたクリスは、おどけた感じで喋った。
しかし、そのクリスに向けてヴォルフは拳銃を向けていた。いつの間に銃を手にしていたのか、ともかく――その銃口はクリスを捉えていた。クリスは少し驚いた様だが、意外にも落ち着いていた。
「……悪い冗談はやめてほしいね」
「ヴォルフ! あなた、何をしているの!」
早紀は叫ぶ。
ヴォルフは、クリスを睨むと叫んだ。
「首謀者の名は『クリス・ハワード』! 今回のテロ計画の張本人だ!」