脱出
由衣はとりあえず、付近の民家の物陰に隠れると、奴らがそばにいないか様子を見た。ふいに英語で叫ぶ声が聞こえた。由衣を探しているのだろうが、もう外は真っ暗だし、見つからない様子だ。結局すぐに遠ざかっていった。
物陰からそれを見届けると、リュックの中からスニーカーを取り出して履いた。そして物陰から再び周囲の様子を伺って、男達がいない事を確認すると、そこから出て人の多い場所を目指して歩いた。
スマートフォンを取り出し時間を見ると、もう午後十時を過ぎていた。
しばらく歩いて、さすがに疲れてきたのか少し休もうと、閉まっている飲食店の前にある生垣の後ろに隠れて座り込んだ。
由衣は、男達が何者なのか考えた。今になっても、自宅で考えていた時と比べて情報は大して増えていない。やはり判断がつかない。知らない事が多すぎるのだ。
ただ、早紀の事を考えた。早紀は拳銃を持っていた。扱いも手馴れていた。正直なところ信じられない気分だった。
——あの穏やかで、そして可愛らしく笑顔で話す姿。でも……。
ただ、早紀があの男達から救ってくれたのもまた事実だった。
——早紀……。
とりあえず、一箇所に長くとどまるのは見つかりやすいと考えて、そこを離れた。
どこかにいい隠れ場所はないか、注意深く周囲を警戒しながら街中を歩く由衣。そこに突如聞き覚えのある声が聞こえた。
「……へえ、まさか会えるとは思わなかったね」
「え? ク、クリス! ……さん?」
由衣は、まさかこんな夜中にクリスと出会うとは思っておらず、随分と驚いた。
「やあ、ユイ。こんな時間に会うなんて奇遇だねえ」
クリスはいかにも、これは珍しい、といった風に驚いた。
「ちょっとあって……」
「……ふぅん、何か訳ありみたいだね。どう? よかったらボクに話してみない?」
――早紀は嫌な予感がして目がさめた。由衣の事が気になったのだ。あの男達は一体何者だろうか? <ニュクス>に関わりがある可能性があるが、それにしては……。
考えても納得のいく結論が出ない。ただ……あの男達が簡単に諦めるとは思えなかった。
早紀はベッドから出てジーパンを履き、Tシャツの上にシャツを羽織った。枕の下に置いていた自分の拳銃を腰のベルトに取り付けているホルダーに収めた。
由衣の住むマンションにやってきた早紀は、ロビーの入り口に人が何人かいるのに気がついた。自動ドアを開けたまま、話し合っている様子である。
早紀は一番手前にいた老人に声をかけた。
「——あの、すいません。何かあったのですか?」
「うん? いやね。ドアのセキュリティが破られてて……どうなってるんだ?」
どうやら、セキュリティが機能しなくなっていて、ドアが開きっぱなしになっているという事の様だ。
早紀は嫌な予感がした。
「あの! 私は三階の早川由衣さんの友人です。彼女は?」
「うん? ……ああ、早川さんの?」
「そういえば田中さん、三階で何か大きな音がしていたって言ってたなあ」
隣で指紋認証のパネルを見ていた中年の男が言った。
「由衣!」
早紀は由衣の名前を叫ぶと、すぐさまマンションの中に駆け込んだ。
「あ、あんた! ちょっと!」
すぐにエレベーターに乗り込み、三階に向かう。到着すると、由衣の部屋に向かって走った。
由衣の部屋の前まで来ると、すぐに異変に気がついた。隣の住人なのか、三人ほど由衣の部屋の玄関前にいる。
「由衣!」
早紀は玄関までやってくると、「すいません、これは?」と、聞いた。
「ああ、早川さんとこのロックが壊されてるんだよ。空き巣じゃないかって……」
五十代くらいの男性が心配そうな顔をしている。
「あんた、早川さんの知り合いかね?」
「え、ええ。そうです。それよりも警察には?」
「ああ、もう通報してるけど。そろそろ来ると思うが」
「すいません。入らせてもらいます!」
早紀は有無を言わさずドアを開けて入った。
「あ、ちょっと! そっとしといた方が……早川さんいないし」
中年男性は早紀を止めようとしたが、すぐに入っていった為、止められなかった。
早紀は中に入ると、部屋の中に足跡があるのを見つけた。奥のリビングは明かりがついていた。リビングに入ってすぐの足元には、おもちゃの拳銃が転がっている。奥のベランダにはロープが縛られていた。
「まさか……」
早紀は下を眺めて少し考えると、とりあえず他の部屋を全て見て回った。由衣はやはりいなかった。おそらく玄関から踏み込まれて、このロープを伝って下に降りたのだろうか。
早紀は少し考えてロープを手に取ると、それを伝って下に降りた。早紀にとってはこの程度の事は特に何も問題なかった。
「由衣……」
下まで降りた早紀は周囲を見渡して、スマートフォンを取り出すと由衣にかけてみる。しばらく待つが出ない。電話を切ると由衣を捜す為、深夜の街に消えていった。
『……すいません。取り逃がしちまいました』
「はぁ? お前、バカな事言ってんじゃねえ! あんな小娘ひとり連れてくるのに、しくじってんじゃねえよ! すぐに捕まえろ!」
『はっ……』
電話が切れる。ジャックはスマートフォンをポケットに突っ込むと、イライラした表情を一転させて不敵に微笑んだ。
「――ふふふ、まさかアイツも俺がここに来ている事も分かっていねえだろうよ」
ジャックはホテルの一室から窓の外を眺めた。そこには岡山市の街並みが昼がっていた。