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忍び寄る狼

「その女が首謀者か」

「我々はそうだと確信している。なんにせよ、今のところは手がかりはこれだけだ」

 幹部は渋い表情で言った。

「――わかった」

 ヴォルフは幹部に背をむけると、部屋を出るためにドアに向かった。

 ドアノブを触った手が止まる。そして、頭だけ横に向け、幹部を見て静かに言った。

「……俺の独断で行動しても問題はないか?」

「ああ、構わん。それから尋問は任せる。何としてでも情報を出させてくれ」



 それから間もなく、ヴォルフは日本に入国していた。<ニュクス>が提示した情報では、ハヤカワなる容疑者は岡山県に在住という。

 ヴォルフは、素性がはっきりしすぎている点が少し気になった。偽装の可能性が疑われる。だが、まあ調べればいい話だと考えた。それに、自分にはやる事が沢山あるという事を、改めて認識する。

 ――まあ……とりあえず、銃を受けとってからだ。

 ヴォルフは、銃など飛行機に持ち込めないものは、船を経由して密輸している。今回は<ニュクス>が持っているルートを使って日本に持ち込む事になっていた。千葉県の漁港に、自分の機材を積んだ船がやってくる。それを海上で受け取る手はずだ。受け取る為の船も既に手配済みである。

 日本入国から三日後、予定通りに受け取ると、そのまま岡山県にやってきた。東京で一泊する事も考えたが、時間が惜しいとの判断ですぐに向かった。

 この三日、首都圏にて様々な行動を取っている。ヴォルフは、実を言うと日本に来るのは初めてではない、およそ十数年くらい前から何度も来ていた。主に日本のマフィア……暴力団の仕事できていた。

 二年前にカルト教団「神の柱」の、教祖及び幹部の合計五人の惨殺事件があった。当時、かなり大きく報道され話題になったが、結局犯人が見つからず迷宮入りしているが、実行犯はこのヴォルフだった。

 あまりにも完璧に、証拠になる様な痕跡は一切残していなかった。全て頭を撃ち抜かれて死亡していたが、その銃弾も教団の所有する拳銃から放たれたものだとされている。

 現在では幹部の誰かによる、無理心中説がささやかれている。

 今回の来日は急な話ではあるが、そういう自身の顧客への営業も兼ねていた。


 岡山駅に降り立ったヴォルフは、すぐに情報収集を開始する。まずはあらかじめ予約してあった安いホテルにチェックインし、持ち物を選んで街へ出た。

 ――まずは住所を当たるか。

 スマホを取り出し、地図を表示させる。あらかじめデータベースにハッキングして入手していた情報で、場所は突き止めていた。

 歩いていくには距離があるので、すぐさま駅前のバスステーションに向かった。

 ――いない、か。

 由衣の自宅マンションにやってきて、周囲を調べた。とりあえず昼間は人もいるし、穏便な侵入は容易ではない。

 ヴォルフは夜を待つべきか、探しに出るか迷った。しばらく考えた結果、潜入は夜にして、外出している可能性を考えて、幾つかのポイントを決めて、探してみる事にした。



「由衣、こっちよ」

 早紀は満面の笑みで、由衣に手を振っていた。由衣の前方に見える早紀の姿はとても美しく、自分なんかが仲良くなれるなんて思いもしない事だった。

「――早紀、待った?」

「ううん、全然。でも由衣に会えると思ったら、約束の時間が待ち遠しかったわ」

 早紀は由衣の両手を握って言った。

「そ、そう?」

「うん!」

 早紀はとても嬉しそうに返事をした。由衣も自然と笑顔になる。

 早紀は、背も高くとても美人だ。服装には大して気を使っている風ではないが、はっきり言って美人は何を着ても様になるという、お手本の様な姿だ。

 由衣は、自分が一緒に歩いて釣り合うかなあ……などと考えたりしたが、由衣も相当の美形であり今は可愛らしい少女ではあるが、このまま成長すれば素晴らしい美女になれる事だろう。……もっとも<発症者>の特性上、それは叶わぬ夢であったが。

 今日ふたりは、後楽園や岡山城のある方に行く事にしていた。早速、路面電車に乗るべく、乗り場に向かった。


 由衣と早紀はシンフォニーホールの間近にある、城下駅で降りた。ここから東に向かうと、後楽園などのあるエリアに行ける。交差点を渡って、少しだけ坂になっているビルの谷間を抜けると、後楽園が見えてくる。手前には旭川だ。

「早紀、あっち見てごらん」

 由衣が右手方向を指さすと、早紀はその方を見た。

「わあ、お城だわ。岡山城ね」

 思わず両手を握って、喜ぶ早紀。

「やっぱりすごいわねえ!」

 早紀は、岡山城の天守閣を見て感嘆した。

「でもあれ、鉄筋コンクリート製なんだよね。遠くから見る分には絵になると思うけど。中は資料館だったかになってたはず」

「戦争で焼けちゃったのね。残念だわ」

「本当にね。立派な建物なのに」

 現在残る岡山城の天守閣は、第二次世界大戦の最中、岡山を襲った空襲によって焼失した。

 烏城もしくは、金烏城とも言われる岡山城の天守閣は、豊臣政権時代、五大老のひとり宇喜多秀家の時代に建てられた。かの安土城を模したとも言われるが、真相は不明だ。少し珍しいのは、天守閣の土台部分が五角形になっている。ちなみに烏城の別名は、外側が黒漆塗りの下見板である為、ご覧の通りの黒い外観である為だ。


「なんだか、のどかでいいわ」

「天気もいいし、来てよかった。……そういえば、早紀は仕事で岡山に来ているって言ってたけど、どんな仕事をしているの?」

 由衣は、ふと以前に気になった事を聞いてみた。

「調査の仕事なのよ。秘密事項が多いから、内容は話せないけれど」

「ふぅん、なんていうか、こう……エージェントって感じがするね」

 由衣は冗談めかして言った。

「うふふ、そんな仰々しいものではないわ。由衣は、仕事はどうしているの?」

「発症してから転職して、去年まで働いていたんだけど……いろいろあって辞めちゃった。それからは就職はしていないんだ。今は無職なんだ。でも収入はあるけどね」

「まあ、すごいのね」

「大した事でもないけど。まあ、のんびりしてるんだ」


「……それでね、だから実家を出たんだ。やっぱりひとりで生活しないと、ってね」

「ご両親、寂しそうじゃなかったの?」

「大丈夫だって。なんだかんだいって、そんなに遠くないところにいるし。車で帰れば、うちから三十分かそこらだし」

 由衣は自分の両親の事を話していた。やれ、わたしの事をわかってくれない、だとか、すぐ勝手な事ばかりする、だとか好き放題、冗談交じりに早紀に話した。

「そう、いいわねえ。お父さんとお母さん……か」

 早紀の表情が曇った。

「どうしたの? もしかしたら、もう……」

 由衣は早紀の表情を見て悟った。

「うん、私の両親はもう死んじゃったわ」

「そ、そうなんだ……」

 早紀は、ふと身につけていたネックレスを胸元から取り出した。シルバーの小さなチェーンの先には指輪が通っていた。シンプルな指輪のネックレスである。

「その先についているのは……指輪?」

「うん。これは両親の結婚指輪なの。これは父が身につけていたものだと聞いているわ」

 早紀は、指輪を手に取ったまま、それをじっと眺めていた。その瞳は悲しくも、そして亡き父親に対する深い愛情の念が宿っていた。

「形見の品って事だね。その指輪」

「うん、実はね。母の指輪を探しているの。どうしても見つからなくて。でも、それが見つかるまで、首にぶら下げて持っておこうと思ったのよ。こうして持っていると、父が導いてくれる気がするの」

「……見つかるといいね。お母さんの指輪」

「うん、ありがとう!」

 早紀は笑った。


「――早紀。じゃあ、アイスクリーム買ってくるよ」

「うん」

 早紀はベンチに座って微笑んでいる。

 由衣は、途中で見かけたアイスクリーム屋の屋台に向かって歩いていった。



 ――あれは? まさか……。

 ヴォルフはいきなりの発見に、口端がつり上がった。

 ――間違いない。

 ヴォルフの視線の先には、ふたつのアイスクリームを持って歩いている、由衣の姿があった。

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