お前さ...
全員無言で会計を済ませて外に出ると、最初に口を開いたのは芽衣だった。
「ごめんね...なんか芽衣のせいで楽しくなかったよね」
「何言ってんの、あんたのせいじゃないよ」
「そーだぞ、それにしても気味が悪い店だったな」
芽衣はそれでもまだ、納得がいかない面持ちだった。芽衣はとても優しい子だ、きっととても気にしているのだろう。
「そうだよ、芽衣。今日は解散して明日こそいつものカラオケに行こ?ちゃんと予約しとくから」
「もう解散かよ!」
「明日カラオケ行くんだから良いでしょー」
そうだ、今日は少しでも早く解散しないと...そう長くは意識を保つことはできない。この3人が好きだからこそ、私の力のことは絶対に知られたくなかった。
「わかったよ、じゃー帰るか」
「そだね」
「うん!」
良かった、皆賛成してくれたみたいだ。
ヒタッ...ヒタッ...ヒタッ...
「じゃあ私こっちだから!また明日!」
「っておい!...俺もそっちなんだけど...」
淳の言葉は聞こえていたが、これ以上平静を保っていることは難しい。淳には申し訳ないけど、このままなんとか逃げ切ろうと思う。
(...また明日...か)
自分で言っておきながら、なんて不確定な言葉なんだろう。私には明日が来る確証なんて...どこにも無いのに。憑依されたまま体を操られたら、そこで私の人生は終わりだ。
私の意識の中に、霊の記憶の断片が入ってくる。ここは...飲食店...?お客さんがたくさん居て...厨房があって...爆発...。
ドサッ
「あ、熱い...!!」
喉が沸騰して、身体中が炎に包まれて...早く楽になりたいのに、なかなか死ななくて...!!自分の体が焦げていく臭いがする...。周りの音が聞こえなくなって、ただ痛みと喉の乾きに襲われる。
(く、るしいね...こんなに苦しかったんだね...)
私の涙なのか、それとも中に居る人の涙なのかわからない、大粒の涙が次々と地面に落ちていく。もっと生きたかった、早く楽になりたい、そんな矛盾した気持ちが襲う。
「ごめっ....、ごめん...私には、何もできない...」
すると今度は激しい憤りを感じ、全身に激しい痛みを感じる。幸い、人通りが少ない路地だったため、私のことを不審に思う人も居ない。
ただ、その場から動けなくなっていた。
「由奈!!!!」
幻聴だろうか、遠くから淳の声が聞こえるような気がする。わざと回り道をしたりしてせっかく淳から離れたのに...不思議とその声に安堵して...意識を手放してしまった...。
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始めに感じたのは、香水の匂い。
それもきつい匂いじゃなくって、心地良いシャンプーみたいな香り。
次に感じたのは、人の温もりだった。少し硬いけど、この枕は嫌いじゃない。
「...ん...」
「由奈、起きたか?」
「...」
なんだろう、淳の声がやけに近くから聞こえる気がする。さっきまであんなに遠くから聞こえたのに...。
「...淳!?」
「いてっ!」「痛っ!」
目を開けると目の前に淳の顔が...!!こんな至近距離で淳の顔を見たことが無いから、瞬発的に飛び上がり、おでことおでこがぶつかってしまった。
おでこに鈍い痛みはあるが、さっきまでの体の痛みや不快感は消えていた。淳が一緒に居てくれたお陰かもしれない。
「お前、いきなりそれはねーだろ...」
「ごめん...でも何で居るの...それに膝枕...」
よく見るとここは公園で、私はベンチに横たわり淳の膝を枕に、淳の制服をひざ掛け代わりに使っていた。
「あー...やっぱりさっきのお前の様子が気になってよ、あちこち探したら道ばたでうずくまってたから」
「あはは...」
「本当はおんぶして送ってやろーかと思ったけど」
「...思ったけど?」
淳はなぜか一瞬口ごもり、ちらりと私の方を見る。
「...スカートが短すぎなんだよ、さすがに見えたら不味いだろうが」
「...」
なるほど、淳は私のパンツが通行人に見られないに考え、今も自分のブレザーで足元を隠してくれていたらしい。
「ありがとね」
「...別に」
私はブレザーを淳に返し、軽く背伸びをする。まだ少し体は重たいけど、意識はしっかりしている。
「お前さ...」
「ん?なにー?」
また口を閉じてしまった淳を見て、
「なにー?もしかしてパンツでも見えた?」
と言うと、
「見てねー!そうじゃなくって...」
「そうじゃなくって?」
「お前さ、もしかして霊とか...見えたりすんの?」
「...」
私にとって一番聞かれたくない質問、一番バレたくないことだった。淳が今までこんなことを言ったことがなかったため、思わず黙り込む。
早く否定しないと、そう思うと更に何も言えなくなってしまっていた。