他はね、全部予約済みなんだよ
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始業式ということで授業はなく、新入生との顔合わせから長ったらしい校長の話を聞き、お昼過ぎには学校が終わった。
「由奈ー、今日帰りにカラオケ行かねー?」
「またー?この前も行ったでしょ」
「お前帰ってもどうせ暇だろ、付き合えよ」
どうせ暇だろと言われると、私は反論することができない。部活にも入って居ないし、帰ったら家族が待っているわけでも無いからだ。
私はなんだかんだ学校が好きで、皆と居る時間は心地良かった。ただ、皆は私の力のことは知らない。知ったら気味悪がって離れてしまうのではないか、そう思ってしまうからだ。
「仕方ない...暇だし付き合うよ」
「おっしゃ、そうじゃないとな!」
「結衣ー、芽衣ー!カラオケ行かない?」
「行くー!」「よーし、今日も歌うよー!」
「芽衣はともかく結衣もかよ...」
淳のうなだれる姿が目に入ったが、見なかったフリをする。淳と結衣は仲良しだが、夫婦漫才のようなところがあるのだ。
「うるさいよ淳!!」
せっかく綺麗にセットしてある髪の毛をぐしゃぐしゃにされ、一瞬嫌がる淳だけどその表情は満更でもなさそうだ。その証拠に足取りは軽く、既に教室のドアを開けていた。
「満室になっちまうぞ!」
「はいはい...」
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「満室になるわけないじゃんって思ったけど...」
「いっぱいみたいだねー」
「淳の言う通りとか腹立つんだけど!」
「おい、結衣なんだよその言い方は...」
私達が来たのは元々行く予定だったカラオケではなく、少し離れた所にあるカラオケだった。いつも行く所はとても綺麗で新しいが、ここは見るからに古そうだった。
「なんかここ汚そうだなー淳!」
「だからなんで俺のせいになるんだよ...」
「うーん...でも本当に古そう...」
「ま、良いじゃん!ほら、由奈行くよ!」
「え、う...うん」
半ば強引に結衣に引きずられ、私達は受付に向かった。きつい煙草の臭いがするせいか、芽衣は鼻をつまんでいる。店の造りはプレハブで、奥の部屋なんて受付がかなり遠そうだ。
「オジサン、今から4人フリータイムでいける?」
結衣が受付のおじさんに声を掛けると、
「...ああ、大丈夫だよ...一番奥の部屋なら空いてるから」
と返事をした。その目はどこか虚ろで、私達のことなんて見ていないように見える。この目を見た時、私は激しい胸騒ぎを感じた。
「あの...他の部屋は空いてないんですか?」
ここから見えるだけでも、約十部屋のドアが開け放たれている。今日はいくら学生が多いとはいえ、立地的にも店構え的にも、満室には見えなかったからだ。
「他はね、全部予約済みなんだよ」
ふふふ、と不敵な笑みを浮かべるおじさん。やはりどこか様子がおかしい...じっと見つめていると...
「由奈ちゃん?どうしたの?大丈夫?」
芽衣が心配そうに顔を覗き込んでいた。やはり芽衣はとてもよく気が付く子だと思う。少し不安はあるけど、皆に怪しまれないように笑顔をつくった。
「なんでもないよ!ドリンクバーが遠いかなって思っただけだから!」
「お前意外とそういうちゃっかりしてる所あるよなー」
「バカ淳!ドリンクバーとの距離は重要事項でしょうが!」
「面倒だったら芽衣が入れてきてあげるよー」
そんな他愛もない話をしながら、おじさんが指差す部屋へと進む。私にはこの廊下が、どこまでも続く真っ暗で不気味な道にしか見えなかった。