どうせなら超能力が欲しかった
「…ッ」
私の朝は息苦しさから始まる。どんなに外が晴れていても、台風で大雨だったとしても、これだけは変わらない。まだ完全に目が覚めていない体は、必死に酸素を吸おうと試みる。
「…ッ、う…ぁ…!」
(苦しい…離して…お願い!!)
覚悟を決めて瞼をゆっくりと開くと、顔の真上に眩しい朝日には不釣り合いな…苦しんでいる落ち武者の姿があった。髪は振り乱れ、その表情は悔しさと怒りが表れていた。
「あああああああー…、い、いき…たい…いきたいぃぃぃぃぃー!!」
目が合うとその落ち武者は、まるで生への執着を込めるかのように、私の首を絞めている手の力を強める。頭の血管が熱くなり、耳に独特な圧迫感が走る-------------
「…ぁ…っ」
さすがにヤバい、そう感じた私は目を閉じてお腹に力を込める。息が苦しくて難しいけど、今はそうすることしかできなかった。
(お願い…!!離して!!!)
「…っ!!…はぁっ、はぁ…はぁっ…!」
私の想いが通じたのか、窒息で意識が飛ぶ寸前になってようやく、首を絞めていた落ち武者の姿は消え、思い切り息を吸うことができた。
「けほっ…こほっ」
今度はいきなり大量の息を吸い込んだせいで、軽く咳き込む。私がお腹に力を入れたのは、「負けない」という強い意思表示。ある程度までの力の霊なら、お腹に力を入れているうちは中に入ってこないからだ。
「気持ち悪い…」
じっとりとした嫌な汗を流すため、シャワーを浴びることにした。ベッドからのそのそと降りると、朝日が身体を包み込む。私の部屋は、あえて遮光カーテンではなく、安いペラペラなカーテンを使っている。
理由はもちろん、たくさんの朝日を部屋に取り入れるためだ。夜は電気を電気を点けたまま寝るので、夜からカーテンを開けておくわけにはいかない。その点、この安いカーテンなら勝手に朝日が入ってくる、ということだ。
朝日を入れてもこんな目覚めなら、一生遮光カーテンは使えないかもしれない…そんなことを考えながらお風呂場にやって来た。どうやら今日はとても天気が良いらしい、春独特な香りが鼻をかすめる。
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「ふぅ…」
頭から少しぬるめのシャワーを浴びながら、ふと考えごとをする。じっとりとした汗がシャワーによって流され、少し気持ちが落ち着いてきたせいかもしれない。
(こんな家…出て行きたいな…)
この家はあまりにも霊が多すぎるのだ。そのほとんどは無害とは程遠く、どれも強い恨みを持った強力な霊ばかりだった。朝から首を絞められるなんて、まだマシな方だと言える。
一通り体を洗い、風呂場のドアを開けると…
「きゃっ!!」
目の前には女の顔が浮かんでいた。厳密に言うと浮かんでいるのではなく、天井から逆さ吊りになっているのだ。黒く長い髪はバサバサに乱れ、目は大きく見開かれ…その口は…不気味に笑っている。
長い髪はすだれのように垂れており、見開かれたその瞳はどこまでも黒く、何も映し出されてはいなかった。その瞳が一層恐怖を駆り立てたが、全身濡れたまま勢いよく脱衣所から脱出する。
後ろを振り向く勇気も余裕も、私には残されていなかった。
「もううんざり…!」
誰も聞いてはくれない愚痴をこぼしながら、部屋で濡れた体を拭く。たまには二度寝したり、朝からゆっくりお風呂に入ったり…そんな日常を願う事は贅沢なのだろうか?
どこにもぶつけられない苛立ち感じながら、乱暴に髪を乾かす。ただ、怯えることもなく一日が平和に過ぎて行けばいい、できることならこんな力無くなってしまえば良い…そのことだけを考えていた。
「…どうせなら超能力とかにして欲しかったよ」