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盾と迷宮と冒険者  作者: 坂田京介
第二章 迷宮探索、事始め
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第十話 選択



「――あんた、俺の工房のお抱えにならないか?」


 その言葉にロルフの眉が顰められた。その言葉の内容を検討するよりも、まず先に思い浮かんだのは疑念だった。ロルフは、自らの力量をそれなりに正しく把握していると自分では思っている。それ故に、現在の自分がそこまでのものでは無い事は重々承知していた。更には何の実績もない。見込まれ、誘われる理由など何一つ無いのだ。あるとすれば、よからぬ思惑を秘めているか、それとも余程の酔狂か。


「まあ、怪しむのは無理も無いか。でも別にお前さんを騙そうなんて考えちゃいねぇ事は保証する」


 屈託のない快活な笑みと共に、男は請け負う。ロルフは思わず半眼で突っ込む。


「自分で保証するのか?」

「おうっ」


 何だかなー。

 どうもロルフは先程からこの男には余り警戒心が湧かなかった。普段ならば怪しいと思ってさっさと立ち去っているところだ。それとも普段とは違う現在の状況がロルフをそうさせているのだろうか。それとも男が作ったという武具から、どうしてもそのような姑息さを感じ取れなかった所為だろうか。

 だが兎も角、ロルフは男から話を聞く気になっていた。少なくともロルフよりは交渉事に長けているであろう男だ。そんなロルフの機微を察知したのか、にやりと一つ笑みを挟んで男は言葉を続ける。


「まず自己紹介からいこうか。俺の名前はアンテロ・ハルメトヤ。見ての通り駆け出しの職人だ」

「……ロルフ」


 一泊の沈黙の後、ロルフは名前を答える。名字は口にしなかった。身元がばれるかも知れないなどという感情もあったかも知れないが、まだヴァーデンの名字を名乗れるほどの者ではないと云う自省の念が大きかった。父であるボリスは気にしないだろう。だがロルフにとって徒にヴァーデンを名乗る事は、尊敬する養父への侮辱のように思えた。

 だがそんな内心の葛藤は、当然ながらアンテロと名乗った鍛冶屋の男は気にしない。一つ頷いて首肯しただけだった。


「で、俺も一応は親方の所で修行した正式な鍛冶職な訳だが、はっきり言って駆け出しだ。位階も足りなきゃスキルも足りない。そして伝手も技術も、何もかも足りない。でも俺も鍛冶職として、っていうか物を作り人間として、成り上がりたいって気持ちはある訳だ」


 その気持ち自体はロルフにも痛いほどよくわかる。金が欲しい。名誉が欲しい。女が欲しい。力が欲しい。それはそうなのかも知れないが、それ以上に、何者かになりたい。誰に恥じる事もない自分に、自らが尊敬する人間が誇りに思えるような自分に――なりたい。

 なんの確信もない。だがロルフは、アンテロの中に自らと似たそんな感情を感じ取った。


「しかし、成り上がりたいなんて云って成り上がれるなら、世の中もっと簡単だ。勿論そんな事は出来ない訳で、どっかで無理しなくちゃいけない」

「地道に成り上がるなんていうのは、無理なのか?」

「今のお前さんと同じさ。最初の立ち位置は人によって違う。俺もお前さんも技術だけは最低限は身に付けている。だがそこから上を目指そうと思ったら、他の何かが必要になってくる。例えば装備を調えるだけの金とか、優遇してくれる伝手とかな。お前さん、そういうのはあるかい?」

「……ない」


 渋々と云った感じのロルフの否定に、アンテロは寧ろ我が意を得たりといった感じで大きく頷いた。


「だろうよ。そんな何かなんてある奴の方が珍しいんだ。だからと云っちゃあ変だが、そんな奴を掬い上げる仕組みはこの迷宮都市には幾つもある」

「そうなのか?」


 ならばそちらを選べばよい気がする。


「おっと、そっちを選べば良いなんて思ってる顔だが、そんな甘い話はねぇぜ。まあそこまであくどくも無いんだが……」


 んー、とアンテロは言葉を探すように言い淀む。だが暫く思考を纏めると、再び口を開いた。


「甘くはねぇよ。まあ普通に借金と同じだと考えて良い。担保か何かがなければ、自分の将来性を計られる。そしてその時に規格から外れた奴らははじかれる。両手に盾を持って戦おうなんていう奴は真っ先にはじかれるだろうぜ」

「……差別だな」


 ロルフがぽつりと訳知り顔で呟く。仏頂面で呟いたその言葉が面白かったのか、アンテロは吹き出した。


「くっ、はははっ。なんだ、冗談もいえるじゃねぇか。だがまあそうだな、差別には違いない。けど、あいつらも当然人も金も物も有限だからな。仕方ないっちゃ仕方ない」

「それで何で俺を?」


 話が最初に戻るような気がする。結局の所、ロルフを誘った理由は何も分からない。


「ま、そー焦るなって。今話したのは大体が冒険者側からの事情だったが、俺たち職人側の事情も大して違わなくてな。つまり優秀な冒険者との繋がりは俺たち職人にも非常に有意義なんだが、規格内の優秀な奴らは大抵が大手に取られちまう。だからといってそういった冒険者との繋がりも無しに成り上がれる程、職人って道も簡単じゃねぇ。だから俺たちみたいな零細が優秀な冒険者と特別な伝手を作りたいってなったら、多少は怪しげな奴でも手を出してく必要があるんだよ」

「それで両手に盾を装備なんてしようとして、他に選択肢の無さそうな俺に目を付けたって訳か」

「そういうこった。ちなみにここら辺では比較的初心者用の装備が売っているが、俺たちみたいにそれしか作れないような個人営業の鍛冶職だけでなく、大手もしっかりと店を出してる。将来有望な冒険者を囲い込もうとしているのさ。過度な値下げは禁止されているから値段は相応だが、その代わりやたらに看破系のスキルを持つ奴らが店番をしてやがる。人件費を考えたら完全に赤字だぜ、あいつら」


 金持ちは余裕があっていいねぇ、とアンテロはぼやく。


「ついでに云ってしまえば、変わった戦い方をする冒険者は噂になりやすいし、結果としてそいつが生き延びれば、それに装備を提供している鍛冶屋も有名になりやすいしな」


 そんな風に言葉を続けると、「どうだ?」と、アンテロは身を乗り出してきた。


「だが俺が生き残れるかどうかなんか判らないだろう?」


 アンテロの誘いに答える前に気になったのがそこだった。全ては、ロルフが成功すると云う前提の話だ。負けると判っている勝負に賭けるような打ち手はいない。どんなに切羽詰まっていたところで、それは同じ事だろう。念入りに調べたというのなら兎も角、その場で誘いに掛けるというのは少し果断が過ぎるような気がする。


「あー、あんた、ロルフ・ヴァーデンだろ?」


 名乗ったつもりもない名字を告げられ、ロルフが瞳に険を浮かべる。アンテロは慌てたように両手を半端に挙げた。宥めるような、降伏するような、そんな仕草だった。


「いやいや、別に他意はないぜ。仕掛けもない。ただ俺は、トーレの近くに住んでいたんだよ。商売に付き合ってフェーラン流の道場を見学した事もある」

「…………」

「つまりあんたは俺の事を知らないだろうけど、俺はあんたの事をそれなりに知ってるんだよ」


 理由が分かったところで、ロルフの瞳が和らぐような事はなかった。厳しい視線でアンテロの顔を睨み付けるだけだ。言葉も全く発しなかった。だがその場から立ち去るような仕草も見せなかった。その事に意を強くしたのか、アンテロは口は開く。


「まああんたがフェーラン流の道場でどんな扱いだったかは知っている。だが俺はこう見えてもあんたの事を買っていたんだ。例えそれがフェーラン流とは相容れないものでもな」


 ロルフは険しい顔を崩さない。

 だが怒っていた訳ではない。不快だった訳でもない。ただ混乱して、頭が真っ白になっていた。あの十年が意味のないものだとは思いたくない。だがどうしてもあの十年を無かった事にしたい気持ちというのが、ロルフの中には存在していた事も確かだった。そしてそれは消えていない。現在は、新たな道に進むからと取り敢えずそれを棚上げしているだけなのだ。

 それをいきなりこんな所で突き付けられて、内心まで平静を保つというのは、まるで世慣れていないロルフには難しかった。


「……っ」


 ロルフは無言で手の平を口元に持っていく。まるで口から迸りそうな言の葉を押さえ付けるように、口を覆う。

 アンテロは柔らかな声で言葉を続ける。だがその眼差しは、声音とは正反対の厳しさでロルフを射抜いていた。


「あんたが続けてきた努力は知ってる」


 その言葉にロルフの身体が強張った。


「俺はそれが信用に足るものだと思っている」


 感動した訳では決して無い。寧ろ激情のままに罵声を浴びせるのを堪えるのが精一杯だった。


「意味があったかは知らない。無駄だったのかも知れない。だがあんたがそれを続けてきた事だけは確かなんだ。俺が全てを込めて作る武具だ。使う奴は信用できる奴がいい」


 それを咄嗟に押さえたのは、目の前の男へのある種の同族意識だった。


「どうだい? 似た者同士だから、よく判る。あんたもちゃちなプライドが何より大事って類の人間だろ? なら、少なくとも装備が持ち逃げされる心配だけは要らない訳だ」


 アンテロのような鍛冶屋が冒険者に懸ける場合、無視できないのが裏切られるリスクだ。少なくともそれは心配してないと、アンテロは笑う。

 ロルフは暫し逡巡する。

 男の言葉に嘘はないだろうと思う。ロルフのような駆け出しには関係ないと思っていたが、このような取引が行われているとは少しは耳に挟んだ事があるし、そもそもこのような取引は冒険者ギルドが立ち会い契約内容を確認する。そうなった以上、アンテロのような援助する側が裏切るのは、非常にリスクが高い。


 受けるべきか?


 迷う。

 だが、すぐに考え直した。

 迷っている暇など、今のロルフには無いのだ。一刻も早く新しい戦い方で実際にどれだけ戦えるのかを試してみたかった。


「よろしく頼む」


 気が付けば、承諾の言葉と共にロルフは右手を差し出していた。笑みと共に握り返されたその手は、ロルフにも負けないくらいに硬くなっていた。





 その後、ロルフはアンテロの工房に案内された。

 工房と云っても借り物らしく、アンテロ自体はロルフと同じく宿暮らしらしい。工房の規模自体も決して大きくない。アンテロはもっと大きな工房を借りられればいいんだがな、と微かに笑いながら、ロルフを工房の入り口の鍵を開けた。

 二階建ての建物で、入ると手前に応接の機能を持った空間があり、その奥に鍛冶場がある。今はそこには誰もいないようだ。


「じゃあ、早速始めようか」


 開口一番と云った感じで、アンテロが口を開く。

 工房のお抱え冒険者というのは、決して口約束でなるようなものではない。ギルドが仲介となり、どちらにも不利にならないように契約を結ぶのが普通だ。もしも契約内容の著しい不履行があった場合、冒険者ギルドが制裁を科す事になる。

 だがロルフとアンテロはまだそういった契約を結んでいない。当然詳しい条項も詰めていない。なのにアンテロはもう武具の作成に取りかかるつもりらしい。他人事ながら、大丈夫なのかとロルフは少し心配になる。だがどちらかと云えばアンテロ側の人間であるロルフは、大してそれを気にしない。云われるがままに武具の作成に取りかかる。


「んで、小型で重量ある盾っていうのは聞いたが、他はどういったのを考えているんだ?」


 ロルフの身体のあちこちのサイズを測りながら、アンテロが訊ねる。ロルフはその問いに少し考え込んだ。ある程度は決めていた。それで本当に問題ないのか、もう一度確認したのだ。


「そうだな、後は右手に手甲、後は脛当てと鉄靴くらいを考えている」

「ふーん。重武装じゃないんだな。金がないとかじゃなく、将来的にもその選択肢は考えていないのか?」

「今のところは」


 ロルフの返事に少し考えると、アンテロは再び口を開いた。


「そのカイトシールドの持ち手は単純に取っ手みたくなっている奴だが、防御を考えるんなら腕に固定するようなやつの方が安定するぞ。そういったのに変更する気はないのか?」

「ない」


 考える間もなく、返事はロルフの口から滑り出た。アンテロがその速さに目を丸くする。

 そのアンテロの態度に、ロルフはもう一度思考を巡らしてみた。

 肘の近くに布か何かで盾を固定するというのは、比較的よく行われている盾の持ち方だ。防御だけを考えるのなら、それが効率がよいとロルフは思う。だが腕に固定するというのはそれだけ自由度を無くすという事でもある。ロルフはその選択肢は取りたくなかった。

 全身を金属鎧で覆うのもそうだ。

 俗に重装歩兵などと呼ばれる兵種は、殆ど一分の隙もないくらいにその身を金属製の鎧で覆う。そして大盾を持ち、ひたすらに耐える事を要求される。彼らにとって最優先は守る事であり、攻撃などほんのついでに過ぎない。

 その事について、どう思うと云う訳ではない。だが――。


「俺は戦いたいんだ。守りたいんじゃない」


 結局はそう云う事だった。

 両手に盾を持つのだって、それが最も手に馴染むと思うからこそそれを選んだ訳で、仲間を守る事にやりがいを感じる等という訳ではない。だからこそ、ロルフの中で誰か他の人間がいなくてはまともに魔物を倒す事も出来ない盾役は、はなから目指すべきものから外れていた。ロルフが目指すのは、一人でも充分に戦える形の盾役だ。


 ロルフはベリメースまでの旅路の戦闘を思い出す。

 熟練の冒険者からすれば嗤えるほどに未熟な戦闘だっただろう。だがロルフにとっては必死のものだった。あの時感じていたひりつくような緊張と、恐怖。思い出すだけで、昂ぶるものを感じる。じっとしていられない何かが身体を巡るのを感じる。


「……成る程ね」


 そんなロルフの気持ちを何処まで察したのか、アンテロはそう一言呟いただけだった。



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