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盾と迷宮と冒険者  作者: 坂田京介
第二章 迷宮探索、事始め
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第九話 登録と誘い



 人の波が流れていく。

 マウリとカストと別れたロルフは、適当に目に付いた階段に腰を掛け、名も知らぬ通りを歩く人の流れを見詰めていた。

 最初は迷っていた、マウリと共に行動する案も結局は却下した。言い出すことすらしなかった。


 マウリは暫くこの街に滞在するらしい。必要なら何時でも話を切り出せる。そう判断した事もあるが、それ以上に、それはロルフが自分の中にある、ある種の迷いに気付いたからだった。自分がどのような事が出来て、どのような事を目指すのか。それがまるで決まらないうちに仲間を集める事は、中途半端に高いロルフの誇りと自尊心が許さなかった。


 幸い、ぼんやりとした方向性は見えていた。

 養父が与えてくれたカイトシールドだけでは決め手に欠け、手数が足りない。だが盾と組み合わせる代表的な武具である片手剣を上手く扱えるのだったら、そもそもフェーラン流の道場を破門されていない。


「……ふぅ」


 ロルフは溜め息と共に、先程別れた二人の顔を思い出す。

 カストは次の行商に、マウリは独りで修行を続けるようだ。また会うかも知れないが、お互い何時死んでもおかしくない事も確かだ。だが二人には迷いは無いように見えた。

 それがロルフには酷く羨ましかった。


 それは今ロルフの視界に映っている人の群れも同様だ。

 様々な人間が歩いている。全ての人間が目的を持って、迷いもせず、誇らしげに歩いているように見える。その事に、ロルフは劣等感にも似た感情を禁じ得ない。

 初めて来た迷宮都市は、トーレとは随分と勝手が違ってロルフにはよく判らない事が多い。まるで迷子の犬か何かのようだと、ロルフは自嘲の笑みを浮かべた。

 だがそんな事を考えて、こんなところでただ項垂れていても仕方ない。ロルフはまだあちこち痛み、疲れている身体を動かし、冒険者ギルドの元へと向かった。場所はマウリから教わっていたが、そうでなくても迷う事はなかっただろう。道自体も判りやすく、其処此処に地図が表示されている立て看板があった。


 ロルフはその立て看板を横目で窺い、道が間違っていない事を確認すると歩き始めた。時刻はまだ夕刻前。だがそろそろ陽の光は和らぎ始めている時刻だった。


 冒険者ギルドへ入ると幾つかの区域に分かれており、その区域毎に複数の窓口が存在していた。ここはベリメースの中での冒険者ギルド本部といったところで、登録などの手続きは此処でしか行えないらしい。何をするべきかはまだ未定だったが、取り敢えず此処で登録しないとまともに活動する事も出来ない。そんな訳でロルフはこの本部にやってきた訳だ。


「…………」


 だが居心地の悪さは否めない。整理券を受け取り、幾つも並べられた座席で待つロルフはどうも落ち着かず微かに身じろぎした。ちらりと横目で窺えば、似たような居心地の悪さを感じている冒険者はロルフだけでは無さそうだ。新人やベテランに関わらず、どこか嫌そうな顔をしている冒険者は多い。


「501番の方、6番窓口までどーぞー」


 絡繰りで拡大された声が響く。ロルフは手元の整理券の番号と見比べると、それが一致している事を確かめて立ち上がった。そして順番の人間を捜している6番窓口の受付嬢の所へ向かって歩を進めた。


「それで今日はどんな御用ですか?」


 一分の隙もない完璧な愛想笑いだ。ロルフは妙な関心と親近感を抱いた。何というか、毎日延々と同じ事を繰り返した者だけが身に付けられる熟練度というか、そんなものを感じたのだ。


「冒険者登録を」


 そんな若く見える熟練の受付嬢にロルフは用件を告げる。


「では冒険者カードを……はい、確認しました。では、登録料として500ラクマ頂きます」


 小銭とは云えないが、大金という訳でもない額を払う。これはロルフが冒険者として録に功績がないからこその額だ。高位の冒険者はもっと大量の額をギルドに払う必要がある。


「まず最初にお伝えしておく事は、此処は国の管理下にはありませんが、法がない訳ではありません。迷宮内であれ迷宮外であれ、何かあれば処罰されます。とはいっても、冒険者同士の争いは黙認されたりする事も多いんですけど」


 その後、登録と共に簡単な注意を受けて冒険者登録は終わった。

 正直、余り有益とは云えなかった。肝心の情報もよく判らない。そんな風に思いながらも登録が済み、追い出されるように窓口を後にするロルフの目に、冒険者ギルドが発行している案内誌が映った。ぱらぱらと捲ってみる。内容は如何にも冒険者ギルドが作った案内誌といった感じだが、まあ参考にならない事も無いだろう。一部だけ持っていく事にする。


 冒険者ギルドからでの用事を済ませたロルフは、冒険者向けに武具が売っている店をぶらぶらと覗いて回る事にした。まず第一に欲しいのは小型の盾だった。それも鈍器としても充分な破壊力を持つもの。だがそれは中々見当たらない。小型の盾というと、余り力のない人間が護身用として持つような軽いものが主流で、半分鈍器のようなものは殆ど使われないようなのだ。

 それもまあ仕方ないと云えば、仕方ない。ロルフ自身、そのような小型の盾を見た事は殆ど無かった。なのにそれを求めようと思ったのは、先日の戦闘で自らに手数と決定力が足りない事を痛感したからだ。


 片手剣を持てばよい。そう店の人間にも勧められた。だがそもそも片手剣を上手く扱えるならこんな所に来ていない。あの道場でフェーラン流を磨いていただろう。結局の所、ロルフは攻守の切り替えが苦手なのだ。そして片手剣と盾という組み合わせは、かなり明確に攻守の切り替えを要求する。それをロルフはここ十年で思い知っていた。

 そもそも片手剣で殺傷力のある一撃を放つのは、それほど簡単な事ではない。人間の肉を断つ事くらいは出来るかも知れない。だが、それでは魔物相手にはその戦闘力すら奪えない。なのでフェーラン流では、決めの一撃は腰の回転と共に放つ薙ぎが主だ。だがこれは放つ瞬間も、防がれた瞬間も、かなりの隙を生じる事になる。


 片手剣と盾という組み合わせは、素人が入りやすい組み合わせだ。そして熟練者が扱えば非常に力の発揮できる組み合わせだ。だが中堅者にとっての敷居は決して低くない。そうロルフは考えていた。

 ならばロルフが右手に装備すべきなのは、片手剣ではなく盾だ。小回りが利き、いざという時には鈍器になる小型の盾。

 それならば、右半身に構えても、左半身に構えても、シールドスマッシュの為にカイトシールドを振り上げても、守りの体勢は崩れない。攻めと守りを切り替えるのではなく、攻めながら守り、守りながら攻める。それがロルフの出した結論だった。


 だが結局何件か店を回ったが、めぼしい物は見付けられなかった。何人かの店員には、必要なら作るとも云われた。だが他の装備を調える事を考えると、どうしても予算が足りない。新しい盾は、これからのロルフの戦闘方法の中核を成すものだ。出来れば拘りたかった。

 尤も、そんな購入者側の希望など、売る側にとってはまるで意味のないものだろう。殆ど半日歩き回っても、成果はゼロだった。これならばどうだろうと、判断を迷うような物すら存在しない。せめてもの救いはまるで判らなかったベリメースの地理に少し明るくなった事くらいだろうか。


「あー、そりゃ無理だ、兄ちゃん」


 露店が並んでいる一角で自作の武具を並べていた男に訊ねてみると、そんな答えが返ってきた。その顔には人好きのする笑顔を浮かべている。まだ歳は若い。ロルフよりは上かも知れないが、職人としてはまだ駆け出しといったところだろう。きっとそこはロルフと一緒だ。だが茣蓙の上に並べられた武具は、ロルフの目から見ても中々良く出来ていた。

 ドワーフの血が混じっているのか、背は低い。金髪の髪を適当に切り揃えており、体付きは細身ながらもしっかりしている。だがその手だけが鎚を振るってきたその経験を示すように、ごつごつと無骨な輪郭を描いていた。


「やっぱり、そうなのか?」


 歩き疲れたというのもあるし、男の人好きする笑顔に誘われたというのもある。ロルフは男の露店の前にあった布製の腰掛けを広げて腰を下ろした。


「ああ。不特定多数の人間に売られるような武具は、基本的に売れ筋を狙って作られてる。まあそりゃ当然だな、売れなきゃ作る意味なんて無い。そしてそういった武具が大量に出回れば、それに合わせてそれを利用する人間の技術も進歩していく。結果、それを操る術を教える道場が増え、ますますそういった武具を使う人間が増えていく。最後には一周回って、更にそういった武具が作られていく。実際はこんな単純じゃねぇが、大筋こんな感じで動いていくからなー。少し変わった武具を手に入れたいって云うんなら、発注が基本だ。もしそれを避けたいっていうんなら、地道に時間を掛けて回るしかねぇよ」


 男はどうやら話し好きらしい。どことなくひょうきんな表情を浮かべて、立て板に水といった感じでベリメースでの武具売買の事情を語って見せた。


「で、兄ちゃん、重量がある小型の盾か? 結構、厳しいと思うぜ。そもそも盾っていうのが、あんまりここらじゃ使われない。いや、盾自体はあるが、基本的に手軽な防具としての役割だからなー。重い盾はそれだけで嫌われがちだ。更に小型で小回りが利くやつだろ。よっぽどの物好きが持っていて、そいつが死んで商品が流れてきたとかいうんでも無い限り、そうそう見つからんと思うね」


 男の言葉にロルフは考え込む。そんなロルフを見て、男はにやりと笑った。


「いっちょどうだい? 俺んところで、作ってみないか? ちょっとは勉強するぜ」

「……幾らくらい掛かるものなんだ?」

「そりゃお客さんの注文次第さ。はっきり云って安く仕上げようと思ったら何処までも安く仕上げられるのがこの業界だ」


 ロルフは再び考え込んだ。使い勝手の良い装備は欲しい。だが目の前の男を信じて良いのか、どうも踏ん切りが付かなかった。だが男もそんなロルフの事情はお見通しだったらしい。


「ま、警戒するのも判るけどな、うちはそんなにあくどい商売はしていないつもりだぜ。それにあんまりあくどい商売する奴は、ここら辺じゃそんなに見ないさ。いつの間にか居なくなっているからな」

「…………」


 顎の下に手を当て、それでも決断しかねているロルフを、男は寧ろ微笑ましいものを見る目線で見守った。


「予算は幾らくらいなんだ?」


 ロルフはその言葉に答えるのを、一瞬躊躇う。だがほんの僅かな逡巡の後、溜め息と共に答えを零した。


「大体5万ラクマ。だがそこから装備一式と暫くの生活費は捻出したい」

「……まあ駆け出しにしちゃそれなりか。でもそうなると確かに発注で装備を作るのは少し厳しいかもな」

「やっぱりそうか?」

「取り敢えず諸々に1万残すとして、使えるのは4万。俺みたいな駆け出しから一歩足を踏み出した程度の鍛冶屋でも、冒険者向けの装備の手間賃なんて1万以上から掛かる。調整に時間が掛かる奴なら尚更だ。まあ小型の盾っていういうのなら何でもいいって云うなら、そこら辺の手間賃は勉強しても良いが……うーん」


 男は考え込む。ロルフも考え込んだ。問題は明確だ。金がない。だがそれだけにどうしようも無かった。

 取り敢えずロルフが装備として欲しいのは、小型の盾、そして右の手甲、鉄靴、脛当て。このくらいだ。だが手甲は可動部分が多いために念入りな調整が必要なので、高い。鉄靴も歩きやすさも両立した物は調整も必要だし、当然の如く高い。

 これらを揃えていけば、到底5万ラクマでは足りない。

 少し頑丈な布で出来た装備ならば、一桁安く揃えられるかも知れないが、これからの事を考えるとそれも出来れば避けたい。戦い方に変な癖がついてしまいそうだ。

 そんな事を逡巡していると、同じく考え込んでいた男が口を開いた。


「なあ、一つ提案があるんだが……」

「なんだ?」

「あんた、俺の工房のお抱えにならないか?」



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