万歩計の哲学
これは、部活の天体観測の下準備が終わって帰る途中の話なんだけどね。
私はなんとなく前へ前へと動かしていた足を止めて、さっきから歩いてきた山道を振り返った。
後ろには、たくさんの鳥達が道に足を付けていた。何か美味しいもので見つけたのか、一生懸命地面を嘴で突いている。本当に、数えるのが面倒臭いくらいの鳥たちが集まっていた。コウコウと低くハスキーに鳴く鳥もいれば、ピーと甲高い声で歌う小鳥もいる。皆一様に平和そうにぴょんぴょんひょひょこさかさか歩いていた。でも私がふうっと息を吐くと、まるで突風に吹かれたかのように全て一時に飛び立ってしまった。
どうして空へ飛び立つのだろう、鳥という生き物は。空を見上げると、数種の鳥が仲間同士連れだってどこかへ逃げて、いや帰っていく。彼らは全ての空をナワバリとするモノ達だけれど、その種族によって取り決めは様様かつ、絶対のものであるらしい。まるで示し合わせたかのように、迷わず道なき空を同じ方向へ飛んでいく。
「鳥が好きなのかい」
前を歩いていた先生が立ち止まり、私の方を向いた。
「はい。唐揚げとか、特に食べられる鳥が一番好きです」
「お前らしい答えだな。なら、どれが一番旨そうに見える?」
そう言って、先生は空の鳥を仰ぎ見た。見た目は渋いのに、動作は動物園の象ようにゆっくりとしている。私も同じようにどの鳥が美味しいのか見定めるために、眼を細めて飛ぶ鳥を観察、しているのだろうか。けれど。
「……遠くて見えません」
もう手の届かない高いところに、それはいる。私はこう見えて遠目が利くほうだけれど、それでももはや鳥達はお米粒ほどの大きさにしか見えない。
「そうだろうと思った」
先生はからからと笑った。
「どうして、鳥は空へ飛ぶのですか」
ふっと、疑問が頭の中に湧いた。先生と山鳥たちを交互に見くらべて、さらに疑問が大きくなる。先生は私の顔をちらっと見てから、そしてまた空を見上げた。
鳥たちは飛んでゆく。遠く遠くへどこまでも。
「お前は彼らの世界が愉快そうに見えるかい。俺も偶にそう思う。しかし、空は道のない世界だ」
「はい」
先生が話す、授業以外のお話の内容はいつも、話をはぐらかしているかのようにも聞こえるし、直線的に喋っているようにも思える。不思議だ。
私が考える方法と、違う。だけれど私は先生独自の、喋ったり考えたりする方法が何とも心地良く思えるのだ。第三者から見ると、まるで話が咬み合っていないように思われるらしいけれど、それでも時々いつまでも話し続けてしまうことがある。
「道がないのは自由だということだな。人とは違う、我々の想像を超えた生き方だ。お前はそういうのが羨ましいと、思ったりもするのか」
そうかもしれない。私はニコニコ笑ったり長く喋ったりするのがあまり得意ではなく、だからと言ってそれを苦に思ったことはない。
でもその私の生きる方法では、定められた道を歩くのは、些か退屈であるかもしれないな……そんなことを時時ぼんやりと思うことがあった。先生は同じ道を歩いているのに、その道を自然と我がものとしている。それは、空を飛ぶ鳥と似ている。
「だけどな、鳥は空でないと生きていけない。他の方法が無いんだな。つまり――」
「いつも地面を這っているのでしたら、誰もが捕まえて食べてしまいますね」
「捕食者としては、神風は優秀そうだ」
「こう見えて何かを生け捕るのは得意ですよ」
「ああ、仕掛けを作るのが上手いそうだな。まあ鳥というのは、そうだから空にいるしかないんだろう」
再び後ろに山鳥たちが降りたっていた。やっぱり道に何やらおいしいものが落ちているのだろうか。私が追い立ててしまう前と同じように、皆がまた地面をつついている。
「先生は鳥ですね」
「お前は……そうだな……植物に似ているよ」
「例えば?」
「そうだな、例えば――蓬かな。中国には蓬莱山なる空に浮かぶ山があるらしい。俺の独断だが、神風は其処に茂る蓬だ」
「私はそこでないと生い茂ることが出来ないのですか」
「きっとそうだろうね」
「じゃあ、先生は蓬莱山の周りを飛んでいてくれますか」
「そうだな。俺も其処でないと生きていけないのだろう。万が一羽根に傷を負う事でもあれば、蓬を啄みに行こう」
山鳥たちの囀る声が聞こえる。小さな音を立てて、地面を這っている。生きにくい地面の上を這っているのだ。
空でないと生きていけないのに、地面の上が恋しい鳥たちは。