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06.赤色の雫

 

 ガタンッ

 ゴト


 舗装されていない道はでこぼこしている上に木の枝やら石ころが頻繁に落ちていて、荷馬車に詰め込まれたネリのおしりに優しくない。


 ジギルスの街をでてそろそろ1時間がたつ。

 南へ向かうという気のいいおじいちゃんの荷馬車の後ろに乗せてもらうことになった私たちは果物の入った箱に囲まれて座っている。


 ジギルスの街はすでにみえない。じっと座っているだけなのもつまらないので、リディと質問し合って暇をつぶしている。


「ヘぇー、リディはお兄さんなんですね」

「血は繋がってないけどな。それでも結構仲良くやってると思う…たまに本気でムカつくが」


 どうやらリディは2人の弟に手を焼いているらしい。チッと舌打ちしながらもその音は心なしか柔らかい。


「…マリーは?兄弟いるのか?」


 リディからの質問を受ける。


「私は一人っ子です。あ、でも幼馴染がいてずっと一緒だったからもう家族みたいな感じで。その人、何やらせても出来ちゃうから私もたまにムカつきますね」


 リディと同じようにムカつくで締めればどちらからともなく笑い出す。たいして面白くもないけれど共通点を見つけたり同じ時間を共有することで人と人との距離はぐっと縮まる。


 なんか、リディって思ってたより悪い人じゃないかも。


「真ん中の奴がまさしくそれだな。素質はもちろん、なんでも俺よりうまくやるんだ。ああいうのは天性のものだからな…だがあいつはあまりにも性格が悪すぎる。下の子に悪影響がないといいんだが」


 ふぅ、と困ったように息をつくリディはなんだか反抗期の子供を持つ父親のようにみえた。



「リディって子供はいたりするんですか」

「…っ⁉︎…ゴホッゲホゲホッ」



 その姿があまりにも堂にいっていたので言ったのにむせられてしまった。


「大丈夫ですか?」

「ゲホッ…おまえ、俺がそんなに歳いってるようにみえるのか?」


 そんなにってほどではないけど、子供がいてもおかしくはなさそうな歳にはみえる。


 けど、何歳かって聞かれたら…何歳だろう?よくわからない…


 うーんと首を傾げればリディは自分の黒い髪をガシガシと掻き、またもや舌打ちをする。


 でた!舌打ち!


「俺はまだ29だ」

「じゃあ、私と11歳差ですね」


 29かぁー…まあ、そういわれればそのくらいかも。


「11歳……」


 ぽつんとつぶやいたリディは一瞬息を止め、大きなため息をつく。


「な、なんですか」

「お前…アレだな。ガキだな」

「えぇ?18ですってば。ちゃんと成人してますよ」


 この間誕生日を迎えたばかりとはいえ、世間的にも既に立派に成人だ。それなのに私をガキだと評するリディの態度は悪い。


 むぅ。

 無意識に頬がふくらむ。…こういう仕草が子供っぽいっていうのはわかってるんだけど、見た目子供なお父様の見真似したのが癖ついちゃったのよね。


「私が子供だっていうなら、借金返済もなかったことになりますけど?」


 確かこういうとき未成年には支払いの義務がなかったはずだ。


「お、ずいぶん強気だな」


 私がなんと言おうが成年している以上、責務から逃れられないのを分かってるリディは安い挑発にのってくることなく、からからと笑う。

 これが大人の余裕ってやつかしら。


 …ならばその、余裕をみせてもらおうじゃない!!



「ねえ、リディ」

「なんだ」

「私、今手持ちが少ないんです」

「知ってるぞ」


 何がいいたい、とリディ少し眉を顰める。


「実は、今日はまずギルドに行って一稼ぎしてからリディに会いに行こうと思ってたんですよ。なのに、結局ギルドにも行かず朝ごはん食べてすぐ街をでてきちゃったので…」

「ので…?」


 言わなきゃいけないことではあるが、なんとも言いにくい。


「残金が3ダズしかありません!!」


 言った!言ったわよ、私!


「お前…3ダズって……」


 さすがのリディも私の手持ちがこんなに少ないとは思わなかったのか呆れたような声を出す。


「えーと、そんなわけで早急に狩りかクエストをしたいんですけど」

「ってもなあ…もう街はでちまったし、せっかく乗せてもらってるんだ。ここで降りたくはないな」


 わかるだろ?とリディは肩をすくめる。…確かに、タダで荷馬車に乗せてもらうという幸運を成果が得られるかわからない狩りをするためにふいにするというのは気が引ける。


「そうですよね…もう数時間すれば次の街に着くでしょうし…だったら明日の朝食を抜けばギリギリやっていけるかしら」


 後半は自分に問いかけるように呟いたのに、リディはそのよく聞こえる耳で拾いとった。


「朝食抜くとかいう前に、まず宿代が払えないだろう」

「そこは、野宿でいこうかと」


 今向かっているタシルの街は比較的安全な街だ。一晩野宿したくらいでトラブルが起きたりはしないだろう。


「アホ。野宿なんてさせられるわけないだろうが……これは貸しだな」

「ええ⁉︎いいですってば!お気になさらず!」


 これ以上、リディに借金するわけにはいかない。すぐお金を貸そうとするリディに向かってぶんぶんと手を振って否定の意を伝える。


「俺が気にするんだ。ガキを外にほっぽっておくなんてできるか」

「でも…!」

「この旅…決定権は俺にあると思ってたんだがなぁ?」


 リディが例の人の悪い顔をする。


 ううぅっ…ああもう、またそうやって痛いところを…。私はお金が無いものね、なにか言える立場じゃないってことぐらいわかってるけど…。

 ぐっと、言葉につまる私を満足気にみたリディは、金って大事だよなぁとのたまった。こいつめ。


「ほら、これやるからむくれるな」


 リディと対照的に不機嫌になった私に小さい箱を取り出し私の手のひらに中身をコロンと落とす。


「わぁ…綺麗…!!」


 ビー玉くらいの大きさのそれは透明で中に“色”が詰まっている。

 ネリの手のひらに乗せられた玉の色は赤の“甘い色”。


「だろ?それはな、ヒマリヤに住む竜達の涙で…「竜眼の雫だわ!!」…って呼ばれてるんだが、おいマリーなんで知ってる」


 リディの声を遠くに聞きながら、ネリの記憶が映像となって蘇る。

 足下に転がる沢山の雫は海のように青く、ところどころ黄色く色づいている。その中から探し出した一つをそっとネリの口元へと寄せる。


『楽しい時に流した涙は黄色で、悲しい時に流した涙は青色で、赤の雫はーーー』


 懐かしい…

 あのとき貰ったのと同じ色の雫は前と同じ味がするのだろうか。甘く、時に痺れるような熱さをもって私の舌を焦がすのだろうか。


 パンッ


「おい!」

「っわあ!!……びっくりした…」


 目の前で手を打ったリディに驚く。


「なんでこれが竜眼の雫だとわかった?そうそう出回るもんじゃないぞ」


 覗き込んできたリディの瞳に怪しげな色が浮かぶ。

 ぞくぞくっと何かがネリを駆け巡る。何か、が違和感を伴ってネリを内側から襲う。

 え!なにこれ、なんかくすぐったいような…変な感じ!!


「えっと、昔、ほ、本で読んだのよ」

「なるほど?本…ね。あの険しい山に学者が入れるとはな。あの山にはいって生きて戻ってこれるのは確か山の麓に住む、竜族の民だけだと思っていたが」

「な、ならその竜族の民が書いた書物だったのかしら。うん、きっとそうよ。ええ」

「それはすごいな!マリー、竜族の民の文字が読めるのか!あの独自の言語を理解できるとは偉業じゃないか!」

「えっ⁉︎あれ、竜族の民って共通語使わないの⁉︎…よ、ね。あああ、それはそうじゃなくって…えっと」


 あわあわと必死に言葉を探すネリをみてリディは堪えられないというように噴き出した。

 …そんなに笑わなくても….!!


「くっくっく…!おい、マリー!嘘はやめて正直に言え。ジギルスだろう?2つ目の質問にしていいからちゃんと答えろよ?」


 私は嘘をつくセンスが無いのかもしれない…

 もう良いや正直に話しちゃおう。それでネリだって、ばれたら謝って事情話して助けてもらおう。ジギルスのことを探ってくるこの人にジギルスの弱みを売ることになるかもしれないけど…大丈夫!ジギルス強いから!信じてるよ、ジギルス!だから私を恨まないでね!!


 前線にいるであろうジギルスに軽く謝罪してネリは話し出す。


「昔、ジギルスに連れられてヒマリヤ山に行ったことがあるんです。おっきな洞窟の中には青色と黄色の雫がいっぱい落ちてて、その中からジギルスがこの赤色の雫をみつけてくれたんです。これが1番美味しいからって」


 ジギルスが私の口に押し込んだのは赤色の雫だった。


「そうか…なら説明する必要はないな」


 長い時間をかけゆっくりと硬化した雫は飴のようにして食べることができる。竜の涙を食べるなんて普通は思いつきもしないことだ。箱からでてきたこれにしたって初めて見る人からは綺麗な玉くらいにしか思わないだろう。


「食べて、いいんですか?」

「いいから渡したに決まってるだろ」


 竜眼の雫はあの時以来、口にしていないし見ることもなかった。それでなんとなくあれは特殊食材なんだろうなとは思っていたけれど、リディの言いぶりで確信に変わった。


 …まさか、これを私に食べさせてからお金請求してきたりするんじゃ….…いや、さすがに考えすぎか。


 ふっと浮かんだ考えを振り払い手の中の雫を見つめる。この滑らかな雫の中に詰まった赤い色にはどんな恋の物語が秘められているのだろうか。

チラッとリディを見れば一つ瞬きが返ってきたので、すぐ竜眼の雫をぽんっと口に放り入れ舌でころがした。


 甘い。

 じんわりと広がる味に懐かしさを感じるなかで、舌先がそれを見つけた。



「甘いか?」

「はい。甘いです…けど、なんだろう…ちょっと…苦い?」


 嫌な苦みじゃない。むしろそれが深みとなって、私としては前食べたのよりこっちの方がーーー


「大人の竜のだったからな。甘すぎるのは苦手なんだ」

「そっか、大人の竜はいっぱい経験してるから……うん、私こっちの方が好きかもしれません」


 思いがけず出会った新しい味にすっかり魅了されてしまった。


 リディは一瞬固まってすぐ何かを思い出したかのように笑った。


「マリーは苦いのもいけるのか!ならボタニカの踊り食いはどうだ?あれは生で食べるのがうまいんだが生をだと少し苦みがあるから嫌がる奴が多くてな」

「ボタニカ⁉︎そ、それって物語にでてくる食人植物よね⁉︎あれって食べられるの⁉︎」


 勇者様一行を手こずらせた物語中盤にでてくる魔物だ。といっても魔族の中では弱いもので魔族にとっては動くキャベツみたいなものらしい。人間に対してのみその強さを発揮するとかっていうあの、ボタニカをリディは食べたことがあるなんて!!


「ああ、でかいから1人では食べないけどな。マリーは、ないのか?」

「ないわよ!だって、そんなの…取ってこれるのはジギルスくらいしかいないし」


 言って、別の男を思い出す。


 あ、イリアならいけるかも。イリアは底が知れないからなぁ。でも確実に狩れるのはジギルスだよね。元勇者様だし。というか、そっかあ、ボタニカって食べられるんだ…


「…ボタニカはまだ、か」

「え、うん?食べる予定もないですよ?」


 まるで私がボタニカを食べているのが当たり前とでもいうようなリディの言葉に首を傾げる。

 私には食人植物に近づく勇気もなければそれを食べようだなんて思ったこともなかったのだけれど。


「なら、そのうち食べさせてやるか」


 そんな私にリディは楽しそうに目を細めて微笑んだ。






 そうやってリディと物語にでてくる食べられる魔物について話しているうちに荷馬車は町に着いた。


 結局、私はリディにいくらかの借金を重ね宿で眠ることとなったが、やっぱりその日も魔王様は攫いにこなかった。



【ボタニカ】蔓性の食人植物。魔物とされているが魔国では食用として食卓に並ぶ。水分と魔力を原動力としており、切り裂かれても動き続けることができる。登場は10版までで、新版では省かれている。


【竜眼の雫】ヒマリヤ山脈に住む竜の涙が硬化したことによってできる球体。内部に色を持ち、食べることができる。

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