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05.【閑話】そんな昔話

 オルライナ領主であるシオンはどっからどうみても10歳の少年である。その幼い容姿に加え、子供じみた趣好を持つ彼はとても16歳の娘がいるようにはみえない。若作りとは言えないその姿には魔女に呪いをかけられたという噂がある。

 そんなシオンが治めるオルライナ領は南北に伸びた豊かな地であった。交易の主要道をいくつも有する土地はモノもヒトもよく通る。ヒトが通ればモノも通り、モノが通ればお金が生まれる。循環する世界ではその豊かさは年々増すばかり。そこにオルライナ一族の誠実で確かな舵取りとちょっと有名なシオンの従兄弟とが加わりオルライナ領は国内外でその存在感を強めていた。


 そんなわけで天才歯科医師アリアと呪われた領主シオンのもとに生まれたネリはいろいろな意味で注目される娘だった。

 豊かな領主家の一人娘。ネリを手に入れることが己の繁栄に繋がると勘違い(・・・)する者は後をたたない。



「終わった〜〜〜!!」


 ぐいっと腕を伸ばし長時間同じ姿勢を保っていた腰も曲げる。


「お疲れ様です、ネリ様」


 それをみたイリアが席を立ち、侍女を呼ぶためのベルを鳴らす。茶でも用意しようという幼馴染としての気遣いである。


「これで戸籍は完成ね。長かったわ…でもまだまだ。ティッシモの辺りでは今も争っているって聞くし難民が増えるのは目に見えてるわ。早く受け入れの準備をしなきゃ」


 数年前、父であるシオンの業務の手伝いを始めたネリが最初に着手したのがこの戸籍の制作であった。保険料や住民税、人がその地で暮らすだけで発生する様々な金の流れを潤滑にするためのものだ。何もしなくとも人がやってくるオルライナ領は土地の豊かさも相まって財政難に陥ったことなどないが、管理者として領民の数や暮らしの程度は知っておきたい。


「突然、ネリ様が戸籍をつくるわよ!とおっしゃったときはどうなることかと思いましたが、やっと形になりましたね」

「ええ。私一人じゃここまでやれなかったわ、本当にありがとう、イリア」


 感極まれりといった様子でネリがイリアの手を取りギュッと握る。


「リアですよ、ネリ様。…それに私がやったのなんて書類作成ばかりです。実際に領内を飛びまわってくださったのはあの方じゃないですか」


 ネリの言葉を訂正するイリアは狂勇者と名高い男を思い出す。


「そう、ね。ジギルスにもちゃんとお礼をしなくちゃ!でも何がいいかな…ジギルスったらこの間の誕生日に私があげた手袋どうしたと思う?箱に入れたまま一回も使ってくれてないんだよ?きっとまた何をあげても使ってくれないし、いっそのこと形に残らないもののほうがいいのかな?どう思う、リアちゃん」


 ジギルスがネリからもらったものはプレゼントからごみくずにいたるまで全てを保管していることを知っているイリアは苦笑しながらも頷く。


「そうですね。形のないもの…それこそがあの方が本当に望むものですから」

「え?なんて言ったの、リアちゃん」


 イリアがぽつりと言った言葉が聞こえないとネリは眉根をよせる。


「いえ、たいしたことでは。ですが、形に残らないものですか…例えばどのようなものを?」

「んーと…例えばーーー」


 そうねえ、とネリが口を開いたタイミングで扉がバンッと大きく開く。


「ネリちゃん!!終わったんだって?お疲れ様だねぇ!!」


 たたたっと小さな体で娘に飛びつくのはオルライナ家当主にして領主であるシオンだ。


「お父様!廊下は走っては行けないとお母様に怒られますよ?」


 シオンと視線を合わせるために椅子に腰を下ろしたネリは走ってきたことで乱れたのであろうシオンの服をなおしている。


「だって、嬉しくて!メイドさんから聞いてとんできたんだよ。とにかく、間に合ってよかった!これでアリアちゃんも考え直してくれるんじゃないかな」


 ちらっと動かした目線の先にある時計が指すのは夜の10時半。

 あと2時間もしないうちにネリの17回目の誕生日がやってくる。17の誕生日までに領のために功績をあげること。それができないのであればネリを次期領主と認めない。それはアリアとネリとの間で交わされた約束であった。


「これで私は正式に次期領主になれるのね。私は、オルライナ家の一人娘ですもの。領主の後を継ぐのは当然のこと。お母様に邪魔はさせないわ」

「うん。でもね、ネリちゃん。アリアちゃんも意地悪でネリちゃんを領主にさせたがらないわけじゃないんだよ?それだけは勘違いしないで欲しいんだ」


 シオンはネリの頭をぽんぽんと優しく労うように叩きながら目を細めて言う。


「もちろん。ちゃんとわかってます!お母様があんな条件を出したのは私に一人で領地を治めることの大変さを学ばせるため心を鬼にして課したものだと…私が間に合うかどうか不安で倒れられたことも」


 オルライナ領主家のメイドたちは有能だ。ネリが戸籍を作り終えたことはもう屋敷中の人々に伝わっていることだろう。それなのにアリアがここへやってこないというのは来れない訳があるからだろう。もともと心の強い人ではない。普段もめいいっぱい強がってみせているだけの人だ。上に立つものとして、領主の妻として、皆に認めてもらえるように。


 ありがとう。とつぶやくシオンをアリアの元へ行くように促す。


「アリアちゃんの所にいるから、なにかあったらおいでね。ネリちゃん、お誕生日おめでとう。お祝いは明日ちゃんとしようね」


 ネリのおでこにひとつ小さなキスをしたシオンはきた時と同じように走って部屋をでて行こうとするが、ちょっと踏みとどまりその勢いのまま体をひねりネリ達のほうを振り返る。


「ああ、そうだ。イリアくん、ジギルスには気をつけてね」


 リア、ではなくイリアに言うそれはひとつの命令。


「ああ、そうか。誕生日だから…帰ってくるのか」

「…セバスティーも呼ぼうか?」

「いえ、それは逆効果ですよ。俺一人でなんとかします」


 本来の口調に戻り力強く頷くイリアをみてシオンは頼んだよ、と言い残し今度こそ扉から消えた。


「お父様はジギルスのこと警戒しすぎだわ。いくら屋敷を半壊させられたからって従兄弟なんだからもっと寛容になってもいいのにね」


 首をかしげ困ったように笑うネリにイリアは呆れたようにため息をつく。


「それで、あの方に渡すものは何になさるんですか?」

「ああ、それはね。食べ物にしようかと思ってるの。すぐ無くなるから荷物にはならないし、明日作って出来たてを食べてくれたらいいなぁ…なんて」


 伏し目がちに微笑むネリは明日のことを想像してるのだろうか。ほんのりと頬が赤い。まだ名前のないその小さな感情をネリにみつけたイリアはまたため息をつく。


「…さっきからなんなの。はあ、はあってため息ばかり」


 じとっとした目でみてくるネリをイリアは“美少女らしく”微笑みでいなす。


「お気になさらず。ところで、ネリ様。ひとまず今日で一区切りですけれど、これからどうなさるおつもりですか」

「どうって…そりゃあもちろんまだまだ立派な領主になるために勉強するつもりだけど…そうだなぁ、領内を旅して回るのもいいかも」

「旅…ですか?」


 領主になりたいと願うネリは当然、オルライナ領が好きだ。その一要因がジギルスがネリにはなして聞かせる冒険話のせいなのは間違いない。

 そして、もうひとつーーー


「そう、旅。ここから南へ、色々な街を巡りながらずっと進むの。南端のメダスまで。そしたらきっと見えるはずでしょ?」

「見える…?それって…」

「魔王城よ」


 魔王城。魔王が住まう場所。

 オルライナ領は魔王城のある魔国と接する国内唯一の地でもあるのだ。交易が盛んなのはそのためでもある。魔国への旅行者や貿易会社、伝統に則った冒険者が多く集まるからだ。さすがに勇者を差し置いて魔王に挑む冒険者はいないが、世界最古の物語にもでてくる魔王城を一目みようとやってくる人は多い。


「魔王城なんて絵描きが良く売ってるじゃないですか。…それよりも親戚に勇者がいるってことのほうがすごいと思いますけれど」

「…そのすごさもあんたがいると霞むのよね」


 やればできる男イリアを幼い頃から知るネリにとっては世にも珍しい勇者である従兄弟叔父ジギルスは畏怖の対象にはならなかった。


「じゃあ、魔王様にさらわれてみたらどうですか。さすがに私も助けられませんよ」


 魔王と相対できるのは勇者だけ。

 そんなことは子供でも知っている。


「え、嫌だ。高い」

「高いって…」

「だって魔王様にさらわれるってことは、雑誌に載って、新聞に載って、本になって、協会に名が刻まれて…って確か国家間でもやりとりがあったはず。とにかく膨大なお金が動くって言うじゃん?」


 わきわきと手を蠢かすネリは一体何をつかもうとしているのか。


「そんなのデマですよ。魔王は気に入った娘を攫うんだって物語にも書いてあるじゃないですか。ネリ様も幼い頃はあんなにキラキラした目でわくわくしながら読んでたのに、今じゃすっかり現実主義者。ああ、リアは、リアは悲しゅうございます…!」


 濡れてもいない目元を抑えすんすんと鼻をすするイリアにネリは呆れ顏をかえす。


「いやいやいや、物語にでてくる魔王様をみて俺にもできるーとかいって本当に魔法使ったあんたがそれをいっていいわけ?あのせいで私、物語を、フィクションを楽しめなくなったんだからね」


 やればできる男、イリアの才能が花開いたときの出来事だ。


「でも魔王様が娘を攫ったときに使った魔法だけはできませんでしたよ」

「だってあれは呪文がかかれていなかったじゃない」


 物語に記されているのは魔王がぶつぶつと呪文を唱えたということだけ。呪文の詳細は記載されていなかった。


「そうでしたっけ」

「そうだよ。私何度も読んだから覚えてるもの。魔王様が呪文を唱えた次の瞬間、娘が姿を消すやつよ。だから、そうだなぁ…うん、私が夢見れるものはその魔法くらいかもね」


 イリアのいう現実主義者という言葉を肯定するネリは現実的でないただ一つの夢を告げた。


「なら尚更さらわれても良さそうですけどね。お金のことは置いといて、夢見た魔法をかけられて、魔王城にも行けるなんて最高じゃないですか」

「おお…確かに…って、それじゃあ領地はどうなるの。私はここを誰にも渡すつもりなんてないんだから。そのために今日だってお母様に実力を示すために頑張ったんだから。国はもちろんこの土地目当てで私の夫になろうとする人たちにここを渡してなるものかっての!」


 いまいましげに吐き捨てるネリは過去にネリに近づいてきた男達の顏を思い出しては舌打ちをする。貴族の娘とは思えない言動だが、ここには咎めるものは誰もいない。


 ネリがオルライナ家の事情に気づいたのは12のときだった。跡取り息子のいない、オルライナ家は婿をとるのが必然。あの豊かな土地を手に入れるため、とネリに気に入られようと群がってきた男たちは今思い出しても気持ち悪い。当時12歳のネリをとり囲むのは8〜30歳ほどの男たち。同年代の子供たちはともかく、とっくに成人した大人がまだ幼い少女に群がるその異常な光景に、アリアはもちろん倒れ、シオンはネリに降りかかる災いを取り除くため自分亡き後領地は国に返すことを決意した。


が、それをよしとしなかったのがネリである。そのころすでにジギルスから冒険譚を聞かされ自領が大好きになっていたネリはこの土地を世界最古の物語の舞台でもあるこの場所を守りつづけていこうと決意していたのだ。


 最初はそんな理由からだったが、今ではこの土地で共に暮らす人々が好きでとても国に返す気にはならない。国に返せばここはただの観光地になってしまうだろう。確かにオルライナ領は物語の舞台でもあり伝説や伝統が数多く残る、外からみたら不思議で特別な場所に見えるだろうが、ここには現実的に暮らしている人たちがいるだけだ。ネリがオルライナ領を放棄することによってその人々の暮らしを変えるなんてことはできない。


 だからネリは1人でこの地を守ると決めたのだ。

 ネリだってわかっている。大好きなオルライナ領を続けていくためにはいずれ夫をとり、跡継ぎを得る必要があると。


 それでも、まだ、もう少し頑張りたい。


「今はまだ駆け出しの次期領主だけど、そのうち国内に名を轟かせる名領主になるんだから!」


 固く握った拳をイリアに突き出し、ネリは憤然と言い放った。


「じゃあ私はその高名な領主を支えることにしましょう」

「いや、いいわ。あなたは私の幼馴染、友達よ。その役目はセバスティーに任せます」


 銀髪の有能な執事の名をだしたネリはイリアの気持ちに断りを入れる。イリアにはイリアの人生がある。今でこそリアとしてネリの手伝いをしてくれているが、イリアの本業は理髪師だ。その仕事の邪魔にはなりたくない。


「あれ、そういえば今日セバスティーさんはどこに?」

「だってもうすぐ私の誕生日でしょ。ジギルスと鉢合わせしないように早めにあがってもらったの」

「賢明な判断ですね。あの方はセバスティーさんのことが嫌いですから」


 執事でありネリの教育係でもあるセバスティーの姿がみえない理由はそういうことだった。


「ふふっ。ジギルス、今年は一体どんなことをしてくれるんだろう。一昨年はドラゴンを見せてくれたし、去年はダンジョンに連れてってくれたんだよね」

「あの方にしかできない芸当ですね。旅なんてしなくてもあの方が連れていってくれるような気がしますけれど」

「それが、ジギルスは絶対に物語にでてくる場所には連れてってくれないんだ。もちろん魔王城も」

「え、なんででしょうか」

「さぁ。あれでもジギルスは勇者様だったし、色々決まりごともあるみたいだからそういうのが理由なんじゃないかなとは考えてるんだけど」


 決まりごと。勇者。

 そんな言葉に引っかかりを覚えたイリアは記憶を探る。


「ネリ様!あの魔王と勇者の物語って今どこにあるんですか?」

「ちょ、急に大声でどうしたの…あの本なら今はもうないわよ。ジギルスが屋敷を半壊させたときに燃えちゃったから。ここに新装のならあるけど、読む?」


 そういって本棚から一冊の真新しい本をとり、イリアに手渡す。


「…だめだ。書いてない…」

「落丁?初版と何か変わってるの?」


 イリアが開いた最後のページには出版社の名前が記されているだけでイリアの望むものはなかった。


「変わってますよ。あの本にはここに“決まりごと”が書かれていたでしょう?」

「ここに…?」


 大好きな物語で何度も何度も読み返したネリだが終わりの文字が書かれたページの次にそんなことが書かれていたなんて記憶にない。


「あの本…初版本の他の持ち主をご存知ですか?」

「いえ、さすがに今も初版を持ってるとなると…王立図書館とあとは古くから続く家にあるかってところかな」

「そう、ですよね」


 王立図書館のある都は遠い。ちょっと確かめに行ってくるといって行ける距離ではない。肩を落とすイリアをネリは軽く叩いてはげます。


「よくわからないけど、初版に書かれてたことが知りたいんでしょ?だったらジギルスに聞けばいいのよ。ジギルスだって勇者様だったんだから知ってるはずよ」


 今でこそ前線で剣を振るうジギルスであるが若い頃は世界初の全ダンジョンを攻略した勇者として名を馳せていた。


「…そんなこと聞いたら誤解される…」

「え?リアちゃん、話すときはちゃんと声だして。聞こえないんだってば」

「…あの方には聞けないと言ったんです」

「リアちゃんもジギルスのこと怖がりすぎ。それくらいで斬りかかってきたりしないわよ…多分」

「多分⁉︎」


 家族の仲でもジギルスと仲の良いネリにもジギルスのことがわからないときがたまにある。いい例がジギルスが屋敷を半壊させたときのことだ。何時もならわけを聞いたら答えてくれるジギルスだがそのときはなにもこたえてくれなかったのだ。


「ジギルスに聞けないなら魔王様に聞いたら?さすがに倒せはしないだろうけど、リアちゃんなら魔王様のもとまで進めそう」

「負けると分かってて行くなんてもっと嫌です」

「でも今の魔王様は私たちより年下だし、運が良ければいけるかもよ?」


 今代の勇者が確かネリより3つほど若かったはずだ。であれば同日に生まれているはずの魔王も必然的にネリより年下になる。そんなわけでイリアならもしかしたらと思ってしまうのは贔屓目だろうか。


「年下でも筋肉達磨な男かもしれませんよ」

「うわ、それは駄目ね。リアちゃん力負けしそう」


 同年代とくらべ比較的華奢なイリアの体をみてネリが残念そうに笑う。


「でも確かに、勇者様の情報はよく出回るけど魔王様についてはよく知らないしね。魔王様…どんな人なんだろう。なんだかちょっと、会ってみたいかも…なんてーーー」


 そのときネリの17の誕生日を知らせる12時の鐘が鳴り響く。

 と同時に血相を変えて部屋に飛び込んできたジギルスが咄嗟に止めにはいったイリアを殴りとばし、ネリを抱え上げその場を後にした。一瞬のことだった。


 その日ネリをさらったジギルスに娘の貞操の危機を感じたアリアはその後ネリのお見合いを本格的に企画し始め、シオンはジギルスに対抗できる人材集めに奔走した。


 ジギルス宅に拉致された当の本人といえば、3日後にけろっと帰ってきてジギルスのおかげで休暇がとれたと呑気にのたまった。


 それから約一年後、今度は魔王にさらわれることになるとは、そのときは誰も思ってみなかった。



◇◇◇





「…なんでいるんですか」


 広がる青空、白い雲!これでもかというくらいに清々しい朝だけれど私の気分は靄がかかったように暗い。目の前に立っている器物破損男のせいだ。


「メダスまで一緒に行こうって誘ってきたのはそっちだろ」

「メダスまでとは言ってませんし、ギルドで待ち合わせるって昨日約束したのに店の前で待ってるとかなんですか、ストーカーですか」


 確か待ち伏せされたらこう言えとジギルスに教えてもらったことがある。うん、間違ってないはず。間違ってないはずなのに!なぜか頭をはたかれた。


「ストーカーじゃねぇよ、アホ」


 ストーカーだろ。

 痛くはないがなんとなくはたかれた部分をさする。


「借金返済せずに逃げられたらたまんねぇからな」


 う…借金…。

 それを言われてしまうと何も言い返せない。明らかに悪意のある取り引きだったが、取り引きというものはこういうことがままある。相手のカードを見極められない方が未熟だというだけだ。


 不本意!不本意な借金だけど…仕方ない、これでも私は次期領主!借金くらいぱぱっと返してみせるわよ!


「ちゃんと返しますからご安心ください。ところで…あなたのお名前っていうのは…?」


 これからしばらく行動をともにするであろう目の前の男をなんて呼んでいいものか分からず首を傾げる。


「…リディだ」

「リディさん?」


 わ、なんかちょっと可愛い。見た目とのギャップがいい感じね。


「リディだけでいい」

「リディ」


 確かめるように言うとリディは少し決まりの悪そうな顔をした。

 そうだよね、リディって女の子名だもんね。ちょっと恥ずかしいよね。でも私にはリアちゃんっていう女の子名の上に女装までしてる幼馴染がいるし、名前がちょっと女の子っぽいのなんて私は全く気にならないから!大丈夫!


 むしろ今のでなんだか仲良く慣れそうな気さえしてきた。


「私の名前はマリーです。これからよろしくお願いします」

「…マリー?」

「はい」


 がっつり偽名ですけどね!

いやだってネリだって言ったら一瞬で今話題の領主の娘だってばれちゃうじゃない。


「そうか、じゃあマリー、朝飯でも食べに行くか」

「行きましょう!」


 自己紹介しかしてないのに随分と機嫌がよくなったネリをリディは不思議そうに眺め、何を思ったかネリの頭に手刀を振り下ろす。


「痛い!」


 いきなり何をするんだこの男は⁉︎せっかく人が歩み寄ろうとしているのに。


「いや、お前大丈夫か?危機感なさすぎだろう」

「今、生まれましたよ!!」


 人の頭を2度も小突いておいて大丈夫かと聞くのはおかしくはないだろうか。


「そうか、よかった」


 心底ほっとしたように笑うリディにこっちは不満でいっぱいだ。

 


 それからしばらくリディが手を上げるたびに頭をガードするようになったのは今生まれた危機感知能力によるものだと思う。




【物語】世界最古の物語。勇者と魔王を題材にしたもので一部脚色はあるものの実在の人物、出来事がモデルになったことが明らかにされている。呼び方は多々あるが一般的に物語というとこれをさす。現在第38版が刊行中。

【魔女】魔法使い、魔術師とはことなる一種族。その生態とは…?

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