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02.候補者たち

 思うことがあるの。

 普通娘が結婚したくないなんて言ったら結婚しなくてもいいよ、とはいかなくても、なにかしらあるじゃんか。例えば、ブライダル雑誌をリビングにおいて置くとか、最近結婚した人の話を繰り返するとかで気を引いたりするものじゃないのかな。

 なのになにこれ。今の私の格好。



「いっ、痛い痛い痛い痛い!!きついって、お母様っ!!」

「痛くしてるのだからあたりまえでしょう?」


 そう言ってお母様は私の腕を容赦なく椅子に縛り付ける。椅子の角ばったところに当たって非常に痛い。非常に。


「もう魔王様がいらっしゃるまで時間がないのよ?イリアを呼んだからそこでおとなしくしてなさいな」

「イリアって……まさかっ!」


 オルライナ領でイリアといったらあいつしかいない。あんな苦労人の代名詞のような名前を他にだれがもつものか。



「失礼します。ミラッド理髪店~愛の巣に舞う天使たち~です」


ふざけた店名を恥ずかしげもなく口にする奴の姿を目にした瞬間、私の予想は的中した。

ある意味凄腕。ある意味では、出会いたくなかった私の幼馴染。



「あら、早かったのね。…………リアちゃん」

「はいアリア様。幼馴染の一大イベントですから」

「いいお友達をもってよかったわね、ネリちゃん。それじゃあ、私はちょっとお父様の様子をみてくるわ」


 そう楽しげに言い残し、部屋から出て行こうとするアリアは扉の前で足を止め、今思い出したかのように振り返ってつけたした。


「そうそう、今の流行は“盛り”らしいわよ」



嘘付けええぇぇぇぇーーーー!!

それはお母様の中での流行だから!趣味は自分で楽しむもの!子供を無理やり巻き込まないっ!!


 しかし、ふんふんと陽気な鼻歌を残して去っていく後姿にそんなことを言えるわけもなく、ネリは横に立つ幼馴染に断固拒否の意向を伝えるしかない。


「イ…じゃなかった、リアちゃん。お母様はああ言ったけど―――」

「さて、盛るか」

「ひいぃぃぃ!」


 盛る。髪を盛る。そう、それはもう巻貝のように、羊たちの体毛のように、大荒れの海のように……何言ってるんだろう私。ちょっと今、自分でもわからなくなってたわ。

 盛りという言葉は私に不快感しか与えない。恐るべき私の初盛りは5歳のとき。緑の学舎入舎式にお母様の命により派手に盛られた頭で参加した。当時まだ歯科として働いていたお母様の好みでにんにくとりんごを髪にトッピングされたことは一生忘れない。

 口臭が消えるいい相性を持っているそうだが、一体入舎式でなにをアピールしたいのか。

 ただでさえ、領主の娘ということでみんなから遠巻きにされているというのに、さらにおかしな趣向をもつ人だという認識がつけられてしまった。

 以来、私の嫌いなもの№1座は盛りヘアが占領し続けている。



「冗談だって。……おい!?大丈夫か?おーい!」


 体を椅子ごとがたがた揺らされ、はっと我に返る。


「盛りができるのはあんたしかいないのに、冗談に聞こえるかっ!」


 どっかの国の本に書いてあったわ、とお母様が言うとおり、盛りのルーツはこの国ではない。なのにイメージを伝えられただけでできてしまうのがこいつ。


「できちゃったもんは仕方がないだろ?」

「……まって、気持ち悪いからリアちゃんの格好で地声ださないで」

「あ゛―……ごめんなさい。わたしったら…」


 にこっと可憐に笑う姿は女の子。声も恥ずかしそうに笑う表情もしかり。が、中身はやればできるの域をこえた男、イリアである。

 毎度のことながらこの姿を見るとため息がでる。女装趣味を持っているわけではない彼がこんな格好をしているのには彼の母親が関係しているのだが。…まぁ……うん。どこの家もお母様が一番ってことよね。



「昨日はお見合いだったんですってね、ネリ様。誰でしたっけ?昨日来れなくてネリ様の未来の旦那様候補その1になった方は……えーっと…」


 がたがたとイリアが部屋の隅から、自分が座る用の椅子と、彼がいつも持ち歩いている道具入れを置くためのテーブルを運んでくる。


「パン屋の息子」

「ああ!それ、その人!赤の塔を主席で卒業した人って言ってました」

「誰が?」

「メイドさんたち」


 さすがオルライナ領主家の使用人!私が今さっき聞いた情報が、もう噂話としてまわってるなんて。彼女たちの連携プレーには脱帽だわ。……ってあれ?その話してたとき、セバスティー以外に使用人っていたっけ?



「赤の将軍は有名ですよね。武勇伝もよく聞くし」

「え…そうなの?」

「知らないんですか?武術の腕前はもちろんのこと、東の国境付近のティッシモ領に隣国からの難民が押し寄せたとき、その人々のためにキャンプを設置して面倒をみたなんて話もあります。最近は国王の右腕として我が国の発展に一役も二役もかっていると聞きます」

「…頭でっかちの、名だけ将軍かと思ってたわ……」



 勝手に勉強ばかりのメガネキャラだと思っていたため、イリアの話はちょっとした衝撃だった。

 どうしよう…これじゃあ、ますます結婚を断れないじゃない。生まれはどうであれ、今のパン屋の息子は私よりも格上。しかも、このお見合い話に自ら進んでのってきた。それを私が、まだ結婚したくないんです。ごめんなさい!で断れるわけがない。……でも…話を聞く限り悪い人とは思えない…いや、権力目当ての成金野郎かも…もし――…



「あ、未来の旦那様候補その2はどうなってるんですか?」

「魔王様のこと?お母様は来るって言ってるけど、どうだか…私はまだ信じられないわ。だって私は聖女でも何でもないただの領主の娘よ?絶対何かの間違いよ…それより、リアちゃん。この紐切ってー?」

「ごめんなさい、忘れてました。今切りますね」


 イリアがネリの隣にワゴンを引っ張ってきてそこに自慢の道具箱を開いて置いた。はさみをはじめとする、理髪道具が綺麗にしまわれるその中に、珍しくも一冊の週刊誌が紛れ込んでいて、ネリはその表紙に目を奪われた。



「ゴホン。『勇者、パーティーの仲間集めに奔走。昨夜、わが社にオルライナ領、領主の娘ネリが近々147代魔王にさらわれるとの情報が入った。これを受け当記者が147代勇者に状況を尋ねたところ、この時を待っていた。すぐに信頼できる仲間を集め魔王討伐に向かう予定だ。と答えた。今後、彼らの動向には要チェックである。』ですって。」


「あぁぁぁぁぁ!!そうだった。忘れてたわ……勇者様のこと」


 魔王がいれば勇者だっている。同じ日に生まれて同じ使命を持つ。互いを憎み、相手を屈させろと。…いやあ、もうこんなの運命感じちゃうわよね。いっそ魔王と勇者でつがいになればいいのにー…なんて思っちゃうけど、神様はそうしなかったんだから仕方がない。



「すごいですね、ネリ様。一気に旦那様候補が3人もできて」

「一人として認めた覚えはないのだけれどね」

「だれとも結婚なさる気はないのですね」

「あたりまえよ!」

「…魔王様にさらわれたら魔王様と。勇者様が助けに来てくださったら勇者様と。もし、魔王様がこられなかったらパン屋の息子と。…あれ、ネリ様これってもう逃げ道ないんじゃ…」

「あー!あー!あーーー!!」


 続きは言わせないとばかりにイリアの言葉をさえぎる。

だって、言霊って恐ろしいものなんだから!イリアの言うような未来、私は求めてないんです!!


 必死に大声をあげるネリをみて口を噤んだイリアは困ったように小さく笑いネリの長い髪を丁寧にブラッシングしだした。少量の毛束をすくっては編みこみ、滑らかになった髪の表面には陽の光が波を打って現れる。

 楽しそうに私の髪を整えるイリアをみて私はひとつの案を考え付く。


「ねえ、リアちゃん」

「何ですか?」

「私を連れてほとぼりが冷めるまでどこか遠くへ逃げ…」

「無理です」

「ひどい!即答!!」


 私の言葉に食い気味でかえすイリアはにこやかで、こいつはほんとに幼馴染のピンチをわかっているのかと、楽しんでるんじゃないのかと疑ってしまう。


「ネリ様、私しばらくオルライナ領を離れるんです」

「え…だったらなおさら私も一緒に…」

「そんなことしたら俺もネリの旦那様候補に加えられることになるんだけど…?」

「あ、それはだめ」

「だろ?」


 イリアが旦那様になるなんて笑えない。イリアのお母様は絶対結婚式にはリアちゃんにウエディングドレスを着させるはず。花嫁と花婿ふたりとも純白のドレスなんてどれだけカオスな状況になるんだ…。想像しただけで頭が痛くなる。


「いつごろ帰ってくるの?」

「さあ、まだわかりませんね。でもわたしは、ネリ様がどなたとご結婚なさってもここに戻ってきますから」

「えぇ。ここはオルライナ家が治める領地よ。これからもずっと……」


 これからもずっと、その約束を果たすためにネリはどうしたら良いのか、イリアの手が動きを止めるまで黙って考えていた。



 編みこみが上手くできているか確認した後、イリアの手がねぎらうようにネリの頭におかれ、ぽんと軽くたたく。


「ではネリ様、これでしばらくお別れです。いってきますね」

「…気をつけて。……いってらっしゃいとは言えないんだけどっ!」

「え?――…」


シャキン。


 イリアがヘアセットに夢中になっている間にひっそりとワゴンから手に入れたはさみで、ネリは自身を捕らえる紐を断ち切った


「髪の毛ありがとう!イリア!!」


 そう言って椅子から逃れ、扉の向こうへと隠れる。

そこからはさみをイリアめがけて投げ飛ばす…がもちろんそれは吸い付くようにしてイリアの手の中におさまる。



「あぶな…ってどこいくんです!?ネリ様!?」

「脱走よ!!あんたが連れてってくれないなら一人で行くしかないじゃない!…見送れなくてごめんね、イリア。私が先に、いってきます!!」


 ひらひらとイリアに手を振ってネリは廊下へと出て行った。



 残されたイリアは、唖然としながらも頭の片隅ではどうアリアにこの状況を説明しようかと考えていた。





【緑の学舎】

5歳~11歳が入舎可。身分は問わず。



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