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01.出発の日


「ネリ様―!どこにいらっしゃるんですーー?」

「お嬢様―。出てきてくださーい!!」

 


屋敷中に使用人たちのネリを探す声が響き渡る。


ふふふ…。みんな苦戦しているようね…

それもそう。だって今私がいるのはお父様の秘密の部屋内だもの!!

この部屋はもともとお父様がお母様に内緒でつくった‘おやつ庫’だったけど、お母様にバレて以来、使用禁止中だからお父様がこの扉を開ける事はないし。さらに!お母様も今、風邪をひかれているから100%安心ってわけよ。

さあ、食料の準備も完璧だし、あとは魔王様が家に来て私がいないので諦めて帰ってくれるのを待つだけ!

きっと、もうそろそろお父様の部屋にくるはずだから、何かしら声が聞こえると思うんだけど…


明かりの無い小さなおやつ庫の中でネリは身動きせずに、息をひそめながら耳をそばだてた。



「……旦那様、ネリ様はいまだ逃亡中だとか…なのに、こんな……お菓子を食べている場合などではないと思うのですが…」

「らいびょうぶらほ!ふぇりふぁんはふっほ…」

「飲み込んでから喋って下さい」


銀髪にメガネでオールバック、そして鋭い眼光のいかにも執事といった容貌の男が、本来ならば書類の山が積まれているはずの机の上に大量の甘いものを広げ、片っ端から食らいついている主に紅茶を差し出す。


「んぐ……ぱぁ。やっぱり、セバスティーの入れるお茶が一番おいしいな」


渡されたお茶の味に満足そうに笑うシオンとは対象的に、セバスティーと呼ばれた男は顔をしかめる。


「わたしの入れたお茶の味など、どうでもいいのです。ネリ様をどうするおつもりですか?そもそも、魔王様の件は本当なのですか?」


それはネリにとっても聞きたかった事だ。

 もしこれで、嘘ですテヘペロ☆なんて言われたら、お父様がお菓子をバクバク食べていた事をお母様に言いつけてしまおう。

 オルライナ領主家のヒエラルキーの頂点は母親のアリアである。


「本当だよー?ほら見てこのカード」


マシュマロをほおばりながらシオンは引き出しから一枚のカードを取り出し、セバスティーに手渡す。それを胡散臭そうに受け取ってセバスティーはカードに目を向けた。


「えぇ…『昨夜は実におもしろいお話を聞かせていただきありがとうございました。今後の参考にさせていただきます。また、先日の件ですが喜んでお受けさせていただきたいと思います。思い立ったが吉日ということですし、明日、お嬢様をさらいに伺いたいと思っています。   もう弱いなんて言わせない!サークル会員No,7 魔王 』……」


 

 ね?とにこにこしながらうれしそうに首をかしげるシオン。セバスティーの手が机の端に追いやられていた書類の束へとのびる。

 バシッ。


 「ふわぁ!?」


 軽くではあるがセバスティーはお父様のドヤ顔をその書類で気持ちよく叩いてくれた。

 ようしっ!!よくやってくれたよ、セバスティー!!私もこの扉の隙間からクッキー投げつけようと思っていたところなんだっ!…ん?このクッキー?奥の方にあったんだよ。なんで使用禁止中なのにお菓子があるのかな、お父様?


 「ひ、ひどいよぉ…セバス…」

 「ひどいもクソもありません。なんですかこれは。どっからどう見てもニセモノじゃないですか!!」


 そうだ!そうだ!今どき子供でも、もっとましな悪戯するわよ!たかが領主に敬語を使う魔王って一体どんな発想かしら。まったくバカバカしいなぁ。隠れて損した。


「大体、なんですかこの『もう弱いなんて言わせない!サークル』って」

 「あぁ、それは僕が入ってるサークルでね、一月に一回集まってみんなで話したり、アドバイスをしあったりして漢を目指すサークルだよ!」


 ふふん、というようにシオンが胸を張る。

 えぇ!?なにそのサークル!漢とかいておとこと読むやつですか!?いやね、お父様がよわっちぃのは知ってるよ?どっからどうみても10歳の少年だし。前、スライムに負けたことあったよね。けどまさかそんなサークルに入っていたとは……


 「一昨日部屋にいらっしゃらなかったのはそのサークルに行っていたとか仰るおつもりですか」

 「ぴんぽーん!さすがセバス!そのとおりだよ」

 「…にわかには信じがたい…いや信じたくないのですが……確かに先月の一昨日も出かけておられましたね……いいでしょう。そのサークルのことは信じます。けれども、旦那様この魔王という者は偽者ですよ」

 「そ、そんなことないよぉ!だってほら、名刺!!」


 わたわたと再び机の引き出しの中を漁って見つけた名刺はセバスティーの手に渡るなりその手によってびりびりと破かれた。その内の一枚がセバスティーの手から滑り落ちて、おやつ庫の前へと滑ってきた。そこには水色のクレヨンで魔王と書いてあるのが見える。なるほど納得セバスティーの行動、である。



 「もう結構でございます。どうぞお菓子でも食べていて下さい。ネリ様はわたしが探してきます」

 


 サバスティーはくいっとメガネを中指で押し上げ、唖然とするシオンの手に棒つきキャンディをもたせる。


 「ネ、ネリちゃーん!どうしよー…セバスティーが魔王様の名刺破っちゃったよー!!」


 わーっと叫びながらネリの名を呼ぶシオンの目線はまっすぐに閉鎖中と張り紙のされた彼の秘密のおやつ庫へと向かっていた。


 「旦那様…?まさか…」


 ドアへと歩みを進めていたセバスティーがくるりと向きを変え、例のおやつ庫へとゆっくりと近づく。

キィ…


 「ここにいらっしゃいましたか、ネリ様」

 「ひ、久しぶりね、セバスティー?」

 「一日ぶりです」

 「…そう。」


 だめだー!!口角上がってても、目が笑ってないわっ!どうしよう…やっぱり怒ってるよね?これはもう丸刈り決定かな…



 「セバスティー…もしかしなくても、怒ってる…よね?」

 「おや?まさか忘れていたとは言わせませんよ、ネリ様。昨日は大切な見合い日だったことを!」



 実は私がここに隠れて魔王様の訪問をやり過ごそうとする前に、もうすでにお見合いをやり過ごしている。それが昨日だった。一年ほど前から練られていたこのイベントはお母様発案のもの。そろそろ旦那様欲しくない?という実に軽い発言が現状をつくりあげた。

しかし、娘には恋愛結婚で幸せになって欲しいと思っていたらしいお父様は昨日いきなり、魔王がさらいにくる、という発言をぶっこんできて我が家を震撼させた。……けど、そんなありえない話、誰も信じてなかったので(お母様が信じなかったからね)、昨日のお見合い日が私の将来を決める大事な一日だったといえなくもない。



 「で、でもね。いまどきお見合いはないかなーっと…」

 「と?…あぁ、ご自分で奥方様に提言なさる、と」


 

ハッと鼻で笑いながらセバスティーはネリを見下ろす。

だめだ、完全に怒ってるよ、セバスティー!冗談だよね、お母様に文句言えって冗談だよね!?乾いた笑いしかでてこないよ!!



出席・・された方は皆さん怒ってお帰りになられましたよ」

「えっと…それは…欠席された方がいるの?」

「諸事情でお一人」

「ど、どなた?」


婚約者候補がいなくなった今、下手をするとこの人と結婚することになってしまうかもしれない。

願わくば、大した男でないほうがいい。そうすればこちらから勝手に破談にすることだってできなくもない。



「パン屋の息子です」

「まぁ!!」


こういっては何だけど、よく書類審査通ったわねパン屋の息子!でもおかげで助かった!これならいざこざなく、ごめんなさい!って言って終わりにできるわね。きっと昨日こなかったのも場違いだって自分で思ってたからこなかったんだろうな…そうだったら話はもっと簡単になるから…――

予想をはるかに超えた最適材な人物に、危機回避の最終地点が見えてきた。その道筋をシュミレーションしているところへ、ゼバスティーは思いもよらない爆弾を投下してきた。



「詳細な情報としましては……29歳、赤の塔を主席で卒業、現在は東の地にて赤の将軍として軍を率いておられるとか」

「っ!それは…」


セバスティーはちょっと眉を上げてから、勝ち誇ったように、にっこりと笑った。


「超優秀なパン屋の息子です」

「あ、あははは……」


対照に笑っているネリの頬はひくひくと引きつっている。冷や汗だらだらで。



「さあ早くそんなところから出てきて、シャワーでも浴びてきてください」

「そうよネリ、もうそろそろ魔王様くるらしいから」



えっ……?

ビターンっ!



「あ、アリアちゃん!?か、かかっか風邪はどうしたの?」


シオンの驚いた声、というか物凄いスピードで後ずさり、後ろの壁にはりついた音に驚き扉の方を振り向けば、風邪で寝込んでいたはずの母親、アリアが立っていた。



「風邪なんてねぎにでも浸かっていればすぐ治るもの。それより、あなた……この大量のお菓子たちはなあに?」

「こ、これは……」


蛇ににらまれた蛙。一歩一歩近づいてくるお母様から逃げたくともすでに目いっぱい後退済みのお父様。壁にすがりつき、ぶるぶる震えているのは見るに堪えないが、今回はそんなことを気にしている余裕はない。二人の会話に私が割ってはいる。気のせいであってほしいが、今何かさらっと重大なことを言った気が……



「それよりも、お母様!!今、なんと…?」

「魔王様の話かしら?くるわよ、本当に」



お母様は嘘をつかない。

それは正直者ということもあるけれど、この屋敷内でのありとあらゆる実権を握っているのはお父様ではなく、お母様だからだ。つまり、嘘をついて何かを隠すことも、言い訳をする必要もない。



「さ、ネリ。準備なさい」



だからこそ、私にはその言葉がせまり来る包囲網のように感じられた。

キィ……パタン。



無駄だとわかっていても、最後の防衛線であるこの扉に隠れるくらいアリよね?




【赤の塔】

軍人養成機関の最高峰。誰でも受験可能。

【ねぎに浸かる】

アリア発案、ねぎ風呂、ねぎ飯、ねぎジュースといったフルコースをさす。

【スライム】

いろんな色がいる。戦闘能力はいわずもがな。


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