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15.勇者

「私はトイエル・サジャリスタ。勇者だ」


 そう告げた勇者は、あんぐりと口を開ける私の前を通り過ぎ、妖精とお喋りをしていたヒジリの縄を最初に解いた。


「ありがとう、お兄ちゃん!」

「…トイエルだ」

「とい!」


 元気な謝辞と呼び捨てで勇者を面食らわせたヒジリは予想通りになったことが嬉しいようで、にこにこしている。

 次に縄を解かれたパトゥムは安堵の表情を浮かべ、すぐに荷台の端で横たわる他の子達の様子を見にいった。


 最後に残るは私である。

トイエルは私の前に立つと、軽く首を傾げて瞬きをした。


「ふむ、なるほど。君がネリ・オルライナか」


 トイエルがしゃがんで私と目を合わせる。何かを探るようなその瞳は、この新月の夜では黒とも見紛う深い碧色だった。


ゆ、勇者だわ!!

金の髪に青の瞳!そしてこの背格好からしても私より年下…これが噂の勇者様!!まさか本当にくるなんて!


 ジギルスよりもずっと明るい髪色は眩いばかりの金色でその髪が縁取る輪郭はふっくらとしていて若干の幼さを残していた。

 じろじろと舐め回すような私の視線に、トイエルは形の良い眉をきゅっと寄せた。

はっ!つい観察しまくってしまったわ。


「え、っと…助けていただきありがとうございます」

「たいしたことじゃない。それより君はなぜここにいる」


 軽く頭をふったトイエルはネリの手足を縛る縄をほどきながら尋ねる。


「…成り行きかしら??」


 正直私もよくわかっていない。

ほんとどうして私も一緒に捕まったの?口封じ?にしてはわざわざ連れて行く必要もないはずだし…


 シスターと教会の考えが見当もつかずネリは眉を顰めた。しかし勇者が尋ねたかったのはそういうことではなかったらしい。


「とっくに魔王に攫われていると思っていたのだ」

「それは…今のところ大丈夫ですね…まあ、他のものに攫われてますけれど」


教会とかにね!


 冗談めかした答えにトイエルは「そのようだな」と小さく笑った。そして私を頭の先から爪先までさっと眺めたのち、私の髪を一束すくった。


「君は、ネリ・オルライナで間違いないか?」


 ネリの紅茶色の髪に目をやりトイエルは念押しした。ネリは急に詰められた距離に驚き声も出せずにコクリと頷く。トイエルはネリの反応に嘘はないとみとめると掴んでいた髪をぱっと離して立ち上がった。


「君とはゆっくり話がしたいところだが、まずは…子供たちをどこか安全なところに連れて行こうか」


 あたりに横たわる子供達を見回してトイエルはそういった。その言葉に声をあげたのはパトゥムだった。


「あの、それなら私思い当たるところがあります」





***



 12枚の皿。

庭に置かれた長机の上に散らばるそれを、シスターカレンは愛おしそうに見つめていた。

 子供たちと過ごした最後の晩。いつもより多くカタサミトを入れたシチューを、彼らは何も知らずに頬張っていた。記憶は失うだろうが、命を落とすことはない。カレンがそうなるように、調合したのだから。

 カレンは子供たち一人一人の顔を思い浮かべる。


シュン、リナ、マイ、カナ、カイト、レイ、タクヤ、コウタ、ダイ、スズカ、ヒジリと……パトゥム。


 パトゥムの本名はナツという。

 従順で優しい女の子。改宗すれば助かるのだと考え、信心もなく誓いを立てた愚かな子。パトゥムが何かを企んでいるのは知っていた。シスター見習いの立場を使ってあちこち動き回っていたのだ。けれど、何を企んでいようがもう遅い。パトゥムは今日ヒジリたちと共に王都へ向かったのだ。

 カレンが、そうさせたのだ。


 ふと、人の気配を感じカレンはあたりを見渡した。若いシスターたちはもうみな院へ戻っている。気のせいか。カレンは庭に残る食器の片付けを再開した。


 実のところ、カレンは王都に連れて行かれた彼らがどんな目に遭うか知らなかった。国境付近で独り身となった身寄りのない子供達を受け入れ、中央からきた指示の通り王都へ送る。それは毎月のルーティンで、今月はいつもより人数が多かった。そのため大きな馬車を使わねばならず、その通り道に突如として湧いた魔物の群れは邪魔でしかなかった。

 誰でもよかったのだ、駆除してくれれば。それなのにギルドから派遣されてきたのは、今話題の領主の娘、ネリ・オルライナだった。服装にも態度にも、擦れたところのない彼女が冒険者を装うのは無理がある。本人はうまく装っているつもりなのかもしれないが、ひとたび対峙してしまえば、貴族らしい立居振る舞いと充分に手入れされてきたであろう輝く紅茶色の髪はタイムズ紙に載っていた情報と合致する。

 カレンは出会った時からネリが、教会が探している領主の娘だと気がついていた。そしてまた、隣に立つ黒髪黒目の男が、かの者であることに気がついた。


ヒュッ


 それは一瞬の出来事だった。

カレンの耳元で風を切る音が聞こえたときには、すでにその首には手ぬぐいのようなものが巻きつけられていた。


「ぐっ…!」


 苦しい。

キュッと絞められたそれは、確実にカレンの喉を潰しにかかっている。


「答えろ。マリーをどこへやった」


 底冷えのするような声は聞いたことがある。

あの冒険者だ。


「言えば殺しはしない」


 カレンの首に巻いた布の両端を握る男はそう言って、力を少し緩めた。


「っは!!貴方にもそんな慈悲がおありでしたか…っく」

「答えろ」


 カレンの口から出た言葉が欲しいものではないと知り、男は再びカレンの首を絞めた。


「分かったな」


 カレンの指が首に巻かれた布を引っ掻く。

増す息苦しさに、これが脅しではないことを悟る。強引で暴力的。貴族はいつもそうだ。


 カレンは男を初めて見た時のことを思い出す。まだ、カレンがユズという名でシィアの巫女見習いをしていた時だ。主人である巫女様を捕らえに来た貴族の中にこの男もいた。その場にいた誰よりも強い気を持っていたこの男を忘れるはずもない。カレンの人生を狂わせた悪魔のような男だ。


 再び緩まった布の間にすかさず指をねじ込んで気道を確保する。


「ユナ様はご無事なの!?」

「…マリーの居場所は」

「言います。教えるから、お願いです。ユナ様が今どこにいらっしゃるのか、貴方は知っているはずです!」


 半ば叫ぶように吐き出した言葉に男は少し不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「あんた、シィアの巫女か」

「そうです。あの晩、貴方がユナ様を連れていった。私はそこにいました」

「シィアの巫女がこんなところにいるとはな…座れ。前だけを見てろ」


 首の紐を解かれたカレンの背を男が軽く椅子に向かって押す。カレンは支持された通り大人しく椅子に腰掛けた。カレンが逃げないように、男はカレンの肩に手を置いて背後に立っていた。


「大方、この国で生きていくために偽りの改宗したというところか。巫女姫様が泣かれるぞ」

「いいえ。ユナ様はお許しくださいます。私たちが間違っていたのです。この国にきて、理解しました。ジーランは神ではない、ただの魔物、妖精です」


 ぴくり、と男の指がカレンの方の上で動いたのが分かった。


「シィアの貴族であられる貴方様には理解し難いことかもしれませんが、これは事実です。我が祖国シィアはこれまでずっと誤っていたのです!私はそれをユナ様にお伝えしなくてはならない」


 リンデルカントへ入国する際、シィア人は改宗を迫られ、受け入れられない者には死が待っている。シィアの教えは生活に根ざしたものが多く、たとえ教会の信者の振りをしても過去の生活を変えられない者は問答無用で偽り人として捕らえられる。運良く見過ごされても、パトゥムのように怪しいことをしている者は監視されすぐに摘発される。


「今の私は完全に教会の信者です。ですが、だからこそ、ユナ様に正しい理をお伝えする義務があるのです」


 シィアの中心であるユナ様が信心を変えれば、民も変える。そうすればリンデルカントとも分かり合え、改宗の選別で命を落とす者もいなくなる。そう、カレンは思っていたのだ。


「巫女姫様は、ヴォルガにいる。俺が知ってるのはそれだけだ」

「ヴォルガ…」


 シィアの隣国ヴォルガ。シィアの内戦のきっかけとなった国でもある。カレンはその硬質な名を噛み締めるように反芻した。


「さあ、今度はこちらの番だ。マリーはどこだ」


 男がカレンの肩をぎゅっと掴む。その手に掛かる強い力がカレンを脅していた。


「彼女たちを乗せた馬車はリンデルカントの首都、レックの聖教会に向かっています。理由については存じ上げません」


 カレンは娘の立ち振る舞いによっては、神の存在を裏付けることもできなくはないと思っていた。教会がネリにその役目を与えてくれれば…そんな期待もあり、教会の真意は知らなかったがカレンは教会の指示通りネリをレックへ送る事にしたのだ。


 カレンの答えを聞いた男はふっと肩から手を外し、その場にとどまり何かを考えているようだった。


「シィアの貴族である貴方が彼女と一緒にいるのは何故ですか」


 カレンはしばらくしても動かない男に声をかけた。用済みとばかりに殺されていないことろをみると、本当に命までは取らないのだろう。

 男はまさか、カレンが質問を投げかけてくるとは思わなかったのか一瞬息をのむのが聞こえた。が、それはすぐに薄ら笑いに変わった。


「シスターさん、まず、たしかにあの晩俺はシィアにいて巫女姫を連れて行ったが、俺はシィアの貴族ではない」


 きっぱりと伝えられた言葉にカレンは驚いた。貴族でない?


「次に、あんたの信じる教会はくそったれなもんでな、この世の中には教会に歯向かう奴らもいるってわけだ」


 男の声がゆっくりと遠ざかっていく。カレンは振り向きたいのをぐっと堪えた。


「最後に、シスター、理について理解したんなら教会が嘘ついてることにだって気づいてるだろ。こんなこと、やりたくないなら、従う必要はないさ。あんたが戴いてるのは神か?教会か?それとも---巫女姫様か?」


 カレンは耐えきれなくなって振り向いた。だが、そこにはもう男の姿はなく、ただ、暗く深い闇が広がっているだけだった。




【ヴォルガ】

シィアの隣国。その反対側はタタール。

地図的に並べると、

  リンデルカント

シィア、ヴォルガ、タタール

の並びになっている。リンデルカントはこの三国に隣接しているがその間には天の壁と呼ばれる断崖が聳え立ち隔てられている。

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