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14.ルイとタユカチ




「ねね、ねね」


ゴトゴト揺れる馬車の中で、私はヒジリに起こされた。


「ヒジリ…ちゃん…って大丈夫!?」

「大丈夫です。静かにしてください」


煩わしそうに嗜めるのは対面にいるパトゥムだった。私と同じく足首の他に両手を後ろに縛られているのが御者台から漏れ出るランプの灯りで確認できた。


「嵌めた私が言うのもなんですが、短剣で戦おうだなんて無謀です。…もう、諦めてください」


パトゥムの言葉に隣で同じように縛られたヒジリが閉じられた幌を見つめる。その端までにじり寄り、つま先で幌をめくりあげた。月もない真っ暗な闇の中、微かな星明かりがここがどこかの森の中を走っていることを教えてくれた。


…ここから転がり落ちても手足の縄が解けないんじゃ、無理ね。


私は現状逃げる隙がないことを確認しヒジリの隣に戻った。


「孤児院をでてどれくらいたったの?」

「まだ、そんなには」


御者台にいる男たちにを気にしてかか、パトゥムは小声で問いに答えた。


「そう…その子たちは大丈夫?」


荷台の端に寝かされた子供たちは顔色が悪く目が虚ろだった。


「命に別状はありません。ただ、昔のことはもう覚えてないでしょう」


ぐったりとした様子の子供達は皆、起きているのか寝ているのか、夢現の表情だ。うっすらと開いた瞼の奥の瞳には光がなく、自我がないように見えた。


「どうしてこんな酷いこと…」


私の小さな呟きに反応したのはパトゥムだった。


「それを言いたいのはこちらです。リンデルカントはなぜ、私たちを苦しめるのですか。助けて欲しければ肌を偽り名前を変えて、リンデルカント人のように振る舞えという。ネリ様、シスターから貴女は偉いお方だと聞きました。教えてください、私たちが虐げられる意味を。私たちが助けを求めたのが間違いなのでしょうか。」


潤んだ黒い瞳がネリを見つめる。

4年前、遠い国で起こった戦争は、かたちを変えてシィアを襲った。内戦というそれは数多の難民をだし、シィアとの境を持つティッシモが難民の受け入れを始めたのが昨年だ。世界情勢として知っていたはずの出来事が、いまネリの前に現れ糾弾している。


「ごめんなさい、パトゥム」


その言葉にパトゥムが落胆したように目を伏せた。

私は謝ることしか出来なかった。


シスターの言葉が思い出される。

「自国のことも知らない」

本当にそうだ。私は何も知らない。教会のことも、隣の領のことも、助けを求める難民のことも。自分の愚かさと不構いなさが腹立たしかった。


「…べつにいいです。私が勝手に期待していただけだと分かっています。ただ…できればリディさんを連れてきて欲しかった…」


私を孤児院で迎えたパトゥムの落胆した顔を思い出した。そうか。あれはリディを期待していたのか。


…リディは私が帰ってこないことに気がついたかしら。


今日孤児院に行くことはリディに伝えてある。心配症なリディのことだ。帰ってくるのが遅ければ探しにきてくれるかもしれない。けれど、そこに私たちがいなかったからといって助けにきてくれるとは限らない。そもそもどうやって、この移動している馬車を見つけるのだ。考えれば考えるほど非現実的な話だった。



「だめね、私。途中で気を失ってしまうくらいだもの」

「ねね?」


傷の男に取り押さえられていたときのことを自嘲すればヒジリが首を傾げた。


「ねねは、気を失ったんじゃないよ。眠ったんだよ」


眠った…?

確かにあの時の感覚は眠るという言葉がしっくりくる。けど、あの状況で眠るなんてことある?


「ねね、いつも眠そうだった」

「そ、そうかしら。そんな自覚は…」

「妖精のせいですよ。そうでしょう?ヒジリ」


パトゥムのことばにヒジリが大きく頷く。


「そう。ジーランがねねにくっついてるの。わかる?」


黒い瞳をくりくりさせてほら、というようにネリの後ろを指さした。

えっ!!なにそれ!!

勢いよく背後を振り返ったが当然妖精が見えるはずもなく。


「えっと…ヒジリ、お願いしてみるね」


ヒジリが気まずそうにそう言って、さっきシスターが組んでいたのと同じ手の組み方で祈り始めた。

シィアの言葉だろうか、聞いたことのない言語を呟いている。


「ネリ様。どうしてヒジリが他の子たちとは違う扱いをされていたかわかりますか?」


パトゥムがヒジリの祈りの姿を横目に質問する。

記憶を消されぐったりとしている子供たちの中にヒジリがいない理由。


「それって、もしかして…これ?」

「そうです。ヒジリは妖精が見えるんです。シィアで妖精が見えるというのは、この国でいうところの神が見えるというのと同義です。私も妖精の気配は感じられますが見ることはできません。ヒジリは特別な子なんです」


そう告げたパトゥムはとても誇らしげだった。


「…うーん、ジーランが、ねねに会ってもいいって」

「え、ほんとに?」

「うん。ほら、そこ」


ヒジリがネリの隣を指さす。

そこには小さな体に羽が生えた魔物、妖精がいた。


「こんばんは、ねり」

「こ、こんばんは…」


逆立つ金の髪をもつ妖精は、ルイと名乗った。


「あなたが、私のことを眠らせたの?」

「そう。だって、どうせかてない。けがふえたらにげるときこまるでしょ」


どうやら私が傷の男に勝てないと判断し、これ以上けがをしないよう強制的に眠らせたようだ。

確かに、全身打ち身に加え、ところどころ擦りむき血が出ていて、捻りあげられた腕は腫れている。勝てないと言われればそのとおりだった。

でも、その言い方は少し、引っかかる。だってそれではまるで---


「逃げれるってこと?」

「にげれる。たゆかちがくるよ」


そこまで言ってルイはふっと姿を消した。


「え、ちょっと!ヒジリちゃん、どうしよう急に見えなくなっちゃった」

「ジーラン、飽きちゃったって」


ヒジリがこともなげに言う。

詳しく聞くと、なんと妖精とはそういうものらしい。自由できままで、人間の常識は通用しない。


「でも、たゆかちって誰?」

「うーんと…妖精だって。木の妖精」

「木の妖精?その妖精が助けてくれるの?」

「ええっと……ううん。違うって」

「どういうこと?だってさっきは」

「ねね!」


質問を重ねる私の言葉をヒジリが遮った。


「助けは来る!大丈夫」


言外にそれ以上聞くな、という態度でヒジリが宣言した。


いやいやいや、そんな予知しましたみたいな顔で言われても!助けは来るったって、いつくるのよ!?

物語にもでてくる悪戯好きな小さな魔物、妖精。それが私にくっついてたってどういうことよ!?


そんなとき、突然馬車が止まった。


「…おい、どうした?……おい!」


外からなにやら話声が聞こえる。御者台にいる男達だろうか。


「なんだ、お前………手形なら…なんでだ…あっ…がっ……!」


苦しげな声を最後に物音ひとつしなくなった。これは例のタユカチが助けに来てくれたと考えていいのだろうか。

1人分の足音が御者台側から荷台の方へ移動してくる音に耳をそば立てながらネリ達は顔を見合わせ、閉じた幌を見つめた。


バサっ


荷台の覆いを勢いよく捲り上げて1人の男が顔を出す。


「全員無事か」


そう言って荷台の中をぐるりと見回した男は今すぐ命に関わるような怪我人がいないことをみとめ、少し安心したような顔を見せた。


「たゆかち…?」


私のつぶやきに男が顔を顰める。


「誰だそれは」


男は軽々と荷台に乗り込み、ネリたちを仁王立ちで見下ろした。




「俺はトイエル・サジャリスタ。勇者だ」


暗闇でもわかる金の髪を揺らして現れたのはネリが最も会いたくない、勇者その人だった。

【妖精】

羽を持つ小さな魔物。麗しい見た目に騙されてはいけない。気分屋で悪戯好きで邪悪。人間の倫理観は彼らには通用しない。


【ルイ】

逆立つ金の髪を持つ闇の妖精。夜行性で昼間はふわふわと風に乗って揺蕩っている。ついこの間まで魔女の元にいた。頭がよくキレる。


【タユカチ】

木の妖精。おしゃべりでお人好し。突如消えたルイを追ってきた。ネリには見えていないが勇者よりも先に馬車にたどり着いている。

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