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8話 魔王VS警官

「目覚めよ、魔王……早く起きないとほっぺが伸びるよー。びろーん……なんちゃって」








「何故か昨日から頬がヒリヒリするな……まぁいいか、さて」



 自分がいる場所に比べれば、原因不明の頬の微痛など然したるモノではないと処理し、目の前の問題に取り掛かった。

 現在、13時を過ぎた頃、魔王の見詰める先には、1軒のパン屋があった。パンの絵が書かれた看板があるのだから、それは間違いなくパン屋である。

 例え、そこの店主が120cmと小柄で、10代にしか思えない外見をしていたとして、美人の嫁さんと2児の子持ちであるとする。ある日、押し込み強盗に襲われた店主が、パン生地を使って完膚無きまでに強盗をメッタ打ちにした所で、やはりか、道具一つ取っても実に道理に叶ったモノだと感嘆こそすれ、居直り非難する事など誰が出来ようか。店主はパン屋なのだから。やった強盗は、シコタマパン生地で殴打された。



 そんな戦闘力が無駄に光るパン屋には、一つ変わった所があった。別に、パン生地で鋼に穴を開ると言う様な些細な事ではない。

 昼のピーク時間が終わった後に、商品として出せないパン崩れを、店の前に出して無料サービスをすると言う事だった。

 山盛りで置かれる時もあれば、ほんの少量の時もある。けれど、無料と言う事を鑑みれば、くずパンであろうと、数がどうのと言うべき事はなに一つない。

 無宿者達に取って、それがどれ程ありがたい事であるか。



「……きたっ!!」



 目の前のパン屋から、小さな店主が顔を出す。その手には身長に似合わない大きなカゴが、持ち難そうに抱えられてあった。

 まずは背丈の似た、子供が駆け寄る。無宿者達に寝る場所や、縄張りなど(ルール)が多々ある様に、このパン屋の無料サービスにもやはりか、守らなければならない掟があった。

 「最初は子供から」

 それが、暗黙。破った愚か者は、次の日からパンを見るだけで、むしろその単語を聞くだけで精神を錯乱させる事間違いないだろう。



 子供が大事に大事にパンを懐に抱えて走っていく。

 パン屋の店主はそれを見送り、残りのパンの詰まったカゴを軒先の椅子に置いて店内に戻っていく。

 しかし、魔王はまだ動かない。否、動けないのだ。

 “開始の合図”は未だ鳴らない。

 完全に店主の姿が扉の奥に消え、そして、扉に備え付けられたベルが、閉じた拍子に一鈴。



 鳴った。



 瞬時に、物陰のそこかしこから殺気が吹き上がる。



(ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ……まだ居るが、“ヤバイ”のは四つか)



 これから、尋常を凌駕した戦いが起こる。静電気にも似た、肌を突く刺激に思わず寒くなる唇を舐めた。

 一角に食い込む様に、魔王は殺気を膨らまし、自身の存在感を周囲に誇示し牽制する。

 張り詰める空気に、胃が逃げそうになるも、食欲をもって抑え込む。

 最早、小動物ですら危険を察知し、辺りは静かになる。

 均衡は何時破られるか、誰もがその切欠を望み、欲し、願っていた。



「そこの、無駄な殺気(くいけ)を抑えろ」



 強制的に止められ、引き伸ばされていた時が、止めていた時間を取り戻すかの様な勢いで再起動した。

 声を掛けられた魔王は、飛び出すタイミングを逃し、敗者を決定着けられたのだった。



「おまっ、ぎゃああぁぁ! もうなくなっている?!」



 3秒に満たない時間の内に、カゴに盛られたパンは全て姿を消していた。

 何処からともなく魔王に情け容赦ない声が降り注ぐ。



「ヒッヒッヒ……もしゃりもしゃり、あぁ……うめェうめェ」

「かじりかじり……久々のパンだ~ァ。たまらねェなァ」

「ギャハハハ! マヌケめが、一瞬の油断が命とりよ。絶品だぜ!」

「あぁ、水がないとパンが喉に詰まっちうまうな、パンが! パンが! 喉に! あぁ、パンがない奴は喉に詰まらす事がないからイイなぁ」



「お・ま・え・らぁぁぁぁぁぁ!! 許さん、絶対に許さんぞーーーーーーーーーー!!」



 顔を真っ赤にして地団駄を踏むも、魔王の行為は、勝者により一層の優越感を与えるだけだった。

 こいつらホントに仲イイな。などと思いつつも口にはせず、警官は煙草に火を付ける。



 からかう事が楽しいのか、去ろうとしない声の主達に、吸い終わった事でようやく制止の声を掛ける。



「そろそろ俺の用件をさせろ。貴様等も“待っている奴等”が首を長くしているんじゃないのか」



「へっへっへ、旦那にゃ敵いませんな」

「お~こわや、こわや。風が冷たくなってきやした」

「旦那! この前の礼は必ずっ!」

「もうちょいイイじゃねぇかい。凄風(すごかぜ)のサルタヒコともあろうお人が、心のせめ――――」



 ゴウ、と大気が唸り声をあげる。

 何処かでボテンと、中身の詰まった砂袋が落ちる様な音が消えると、慌てた声が響いた。



「ひぇー、こりゃ驚いた! 旦那何時の間に達人級(マスタークラス)にお成なすったんで?! こうしちゃおらんねぇ、広めにゃ広めにゃ……」



 目に見えない場所に向かって、操る風を送りつける。内容だけ取ってみれば、下級の上位のマナ操作だったが、これを魔法発動の言葉『紬言葉(つむぎことば)』なしで実演しろと言われると、必要な実力は達人級まで跳ね上がる。

 ようやく静かになった物陰に、不機嫌でふてぶてしい顔の魔王に警官、サルタヒコが向き合う。



「相も変わらず貴様等は律儀な規律を敷いている。おかげで俺達は迂闊に手がだせん」



 無宿者の規律は、無宿者の手によって独自の世界を築く。

 パン屋でのやり取りを取り上げるならば、『飢餓力(きがぢから)』と呼ばれる要素がある。

 殺気(くいけ)を解放し、もって他の競争者に「俺の方が“ヤバイ”んだから、頼むから譲ってくれ!」と、アピール合戦から始まって、他の競争者に尻込みさせる事が肝心なのだ。

 もちろん勝負事なので、油断などはもっての他だが、マナや体術、実力以上に本能に訴え掛ける飢餓力が物を言う。

 勝ちを拾った4人は、腕っ節はあるものの、どちらかと言うと背負った物の大きさで、魔王含め他の競争者に競り勝った。

 魔王に対するいたずらでは、本当にパンをその場で食べていた訳ではなく、彼らは自分の抱えるコミュニティの子供や傷病者に食わす為に、常日頃から空腹を我慢していた。実際に食べたらウマイだろうな、そんな空想で煽っていたのだ。



「余が号令を出した訳ではない。と言うか、お前は余にやたらと手を出してくるではないか」



「まだ日の浅い者と、深い者では、前者がまだ更生の余地がある。それに貴様には、やはりここは似合わん」



 無愛想なサルタヒコの言葉に、苦虫を噛み潰した顔を作り、説教に流れそうな空気を無理矢理転換させる為に魔王が口火を切る。



「それで、余に一体何の用向きがあると言うのだ。この後は予定が詰まっているのだが」



「ふん、まあいいだろう。用とは、先日の件だ」



「先日? ゲンロウが酔った奴か? それとも、また樹人(キビト)共が幼女を取り囲んだ奴か? 後は、蒼炎(あおあか)の二人が女の胸の事で、意見を違えて炎上した奴もあったな」



「くそっ、またあいつ等か! 毎度毎度、騒ぎを……ではなく! 馬車強盗の事件だ! 樹人と蒼炎は後で締める」



 馬車強盗と言われても、魔王には覚えがなく眉を潜めるのみに留まる。

 要領を得ない態度に、サルタヒコが事件のあらましを掻い摘んで説明した。



「寒気が緩んできたせいか、バカ者共が増えた。その中でも度を越して指名手配を食らったアホが、よりにもよって運行馬車を襲って騒動を起こした。アホは危険な状態でな、乗り合わせた一般人に何時被害が及ぶか時間の問題だった。それを貴様が、最小限の被害で防いだのだが……本当に覚えてないのか?」



「小悪党を潰した様な記憶は、おぼろげながらある……ような気がする。アレか、手柄を横取りされた腹いせで、余の昼餉を潰したのか!?」



「もういい、黙ってついてこい。指名手配の賞金と、警察から謝礼金が出ている。好きな物を食えるぞ」



 金の言葉に、魔王はコロリと転ばされ、サルタヒコに着いていくのだった。











「何故余は牢屋に入っているのだ?」



 ほいほい着いていった魔王は、現在牢屋に居た。

 鉄らしき格子に、頑丈そうな石の造りの壁には、5cm程の換気窓が唯一の光源として牢の中に明かりを送る。

 安普請の寝台と闇に同化する程黒くなった便器が1つ。消臭の魔法が掛けられているので、臭いは然程ではないのが救いかもしれない。



「ただの牢かと思うか? 『遮断壕(しゃだんごう)』と呼ばれ、籠城に使われる特殊な技術で組み上げられた最新牢だ。腕力はおろか、マナすら通さない、一種の異界とも呼ばれる隔絶空間を小型化させたんだと」



「へぇ、そりゃすごい……じゃないわボケェェ! なんだその異界とか隔絶とか!? なんちゅう所に押し込めおったか、出せー! ここから出すのだーー!」



 ちなみにお値段、通常の牢屋の10倍はする。

 ある意味、超大物用牢屋だった。値段だけ見れば。



「そこに報奨金がまとめて置いてある。よかったな、それだけあればしばらくは食うに困る事はない。どうだ?」



「ハゲろ! 片っぽの肺摘出しろ! うがーーーーーー!! 『コズミックイレブン・レヴォリュート』!」



 心なしか、無愛想なサルタヒコの顔には、悪戯が成功した小僧の様な表情があった。

 「どうだ」「その金を元手に、まともな職に就いてみるか」などと続きそうな言葉を遮る様に、魔王は荒れ狂う。

 手持ちの中では、抜群の破壊力を有する魔法を選択し、牢屋の壁に向かって解き放つ。



 派手な爆風に閉じた目を再び開ければ、傷1つ付いてない壁が姿を現す。

 籠城戦で使われる技術に、一部の隙もなく、ずば抜けた耐久力を返って証明する事となってしまった。

 己の見積が甘かったと、わなわなと震え絶叫するしかない。



「無駄な事はしない方がいい。そこから転移するにしても、“世界を渡る”に等しい経験が必要だろう。

神核を宿す訳でもない、力尽くにも、転移の経験にも、貴様では抜ける事は不可能だ。これでも、試験段階の牢の使用許可を取るのにも――――」



 着々と外堀を埋めていくサルタヒコに、魔王は不気味に静けさを取り戻す。

 説明した様に、『転移』の魔法の類は、技術も然る事ながら“飛ぶ”と言う経験が絶対的に必要になる。

 習得に当たって、経験者と一緒に飛ぶ事が大前提で、自身の知覚に転移と言う現象を体感させなくてはならない。未経験と経験済みとは、理解し得ない溝が横たわる。それが、転移なのであった。



「――――そうだな、何だったら俺の家に下宿させる事も」



「サルタヒコ」



「ん?」



 初めてだろうか、名前を呼ばれてつい返事を返した。

 魔王の顔は透き通る様な澄んだ表情をしていた。覚悟を済ませた男の顔に、不穏な気配を嗅ぎ取る。



「手段はない……もし、もしもだ。デタラメな転移をしてみろ、貴様の身は破滅するしか――――」



「地の中か、無限世界か、およそロクな死に様を迎えんだろうな。だがな、サルタヒコよ。余を誰と心得る? まぁ、余の様なハミ出し者を気にかけてくれた事、嬉しく思うぞ。だがな、こんな所で立ち止まる訳にはいかんのだ! いいか、見よ走狗! 聞けよポリ公! 余は、 魔 王 である! 余の器、今こそ試さん! ――――『ブラックボックス・バック・ザ・トラベルタ』!!」






 ここまで読んで頂き、有難う御座います。


 何か後書き書こうと思っていたら、直前で忘れてしまった。

 いやですわ奥さん。

 思い出したら書こうと思います。


 ご指摘、罵倒ありましたらよろしくお願いします。


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