表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/15

6話 魔王と狼人






「うーむ、地力の差があり過ぎる? えぇい、勇者とやらは皆化け物かっ!」



 勇者攻略に糸口を探しつつも、自然と宿敵への悪態が零れる。

 現在、大きな橋の下にて、胡坐を組みつつ体を休める魔王の姿がそこにあった。



「策よりも、マナの底上げが早急に必要か……だが、どうやって?」



 あるものを工夫する事は出来るが、増やすとなると勝手が違う。

 冷蔵庫の中の余り物で調理する事は出来るが、冷蔵庫その物の許容量を増やすとなると、取るべき方法は全く違ってくる。

 ならば、外側を増やすのではなく、内側の在庫を増やすのはどうだろうか? 魔王が、頭を捻っていると、ぬっと現れた長身の男に声を掛けられた。



「おー、なんだ、やっぱりこっちにいたか」



「何の用だ下睫毛」



 下睫毛と呼ばれた男は、2mの巨躯だった。

 全身茶色の毛で覆われている立派な狼人(ロウビト)は、確かに、長い下睫毛が特徴的で人の目を引く。

 下睫毛の印象が強く、見る者によっては「女ったらし」と言う言葉が当てはまりそうな甘い顔立ちだに見えなくもない。



「いい加減覚えろよ。俺の名前は、ゲンロウだつってんだろ」



「で、そのゲンゴロウが何の用だ」



「かー、おめえわざとやってんのかよ。荒んでんねぇ、愛しの勇者様に“また”袖にされたか? ごしゅーしょーさまによ、カカカカカカ!」



 無宿者界隈で、魔王はホラ吹きとして名が通っている為に、よくからかいの対象にされる。

 頑として反論するのが面白いのだとか、魔王のあだ名が定着してきてからは、調子を尋ねに来る者も出るようになった。

 もちろん、そう言った者達は魔王の話し振りを娯楽として捉えている為に、真面目に魔王を『魔王』として見ている訳ではない。



「今回も、いい所まで追い詰めたのだ! だのに、切り札なんぞを隠しておって、おかげで酷い目にあったわ!」



「たりめーだ。切り札ってのは、隠してナンボじゃねぇかよ。先に札切った方が負けんの、いい勉強になったな、ま・お・う・さ・まァ」



 ――――カカカカカカ! 尖った口から小刻みな笑いがあがる。

 どっかりと、魔王の隣に腰を落ち着けると胡坐を組む。魔王の話に付き合う為に、腰を据えたと言う事だった。

 唯一の荷物であるズタ袋から、『銘酒送り狼』を取り出した事からも伺える。



「要は地力で勝ればいい! 策も技も余が一歩先んじている! ただ一つ、地力が……くそっ!」



「強者をこますにゃ、何時の時代も知恵と工夫ってか。だがな、知恵も、工夫も、正面から叩き伏せる事が出来んのも、また強者ゆえよ。あきらめぇー」



 熱が入る魔王の話しに耳を傾けつつ、狼人の手ではあまりに小さいぐい呑みに、片手で酒を注ぐ。

 両手で注ぐのは女の仕草、片手で注ぐが男の仕草と言う訳で、一滴でも零すまいと慎重に繊細に瓶子を傾ける所作は、一種風格すら漂う。



「マナを底上げする様な方法は何かないか?!」



「んな都合のいいもんありゃせんよ。いいか、みーんな生まれた時にマナの総量ってのは決まってる訳。訓練してマナ操って、慣れる事で消費を減らすこたー出来るだろ。ただそりゃなー、使う量を減らす訳であって大元が増える様なモンじゃねぇ」



「ソコを何とか! 余の相談役が聞いて呆れるぞ!」



 増える事はないと断言しているゲンロウに、なお食い下がる魔王。

 ちなみに、魔王の言う相談役とは、魔王が勝手にゲンロウに就けた役職である。

 ゲンロウからしてみれば、常識知らずの魔王の相手を、適当にあしらっていたら何時の間にか、と言った所だった。

 このゲンロウ、無宿者にも関わらず高い知識量を備えていて、なかなかに面倒見がいい事から、魔王よりも遥かに界隈で人望がある。

 その知識の出所は、元文官ではないのかと噂されるくらいであった。



「なんねーよ馬鹿か。たく、話の御代はキッチリ貰うぞ。ふぃー、まおうさまはよー、魔法って何だと思ってんの?」



「無茶も通せば通りが引っ込む!」



「っなっわっきゃねぇだろ! いいか! 先達が命を削り積み上げてきたモンがあんだ! それらは、言わば『生命の積木』と呼ばれ、実際に学院で振舞われる知識は、『ビスケットが砕けた日』より何百年も掛けて昇華された結晶だぞ! マナ理論全般と操作技術論、魔法発現概論、具現消滅時におけるマナ変換値考察論、各種属性によるマナ増減概念論、成長の為の2種型伸び代発展論、それとおめぇにゃ、誕生時に必要なマナ形成概論に、物体的成長時に見られる各種族のマナ変化とかだな、まだ――――ありゃ」



「」



 横暴な魔王の認識に、ついつい熱く畳み掛けてしまった。

 やれやれと思いながら、ゲンロウは頭から煙を出す魔王に手で風を送る。

 ゲンロウの言う書物は、国立図書館でのみ閲覧出来るが、もちろんの事、しっかりとした身分が求められる。



「はァ、これだから感覚型に説明はめんどいんだよな。奴等平気で、『ホワーとやる』とか『こうグイッ』ってな理解で魔法使いやがる……おーい、戻ってこーい」



 何も、全員が全員理論を詳しく説明出来る訳ではない。

 初級の魔法は、家庭で覚える事が習わしで、下級からようやく仕組みや技術をおしわる。

 それまでは、大抵の子供は感性のままに、自由奔放に魔法を使う。やり過ぎると、親に大目玉を食らう事になるが。

 感覚に頼って覚える子供は、技術の組み立てをなかなか覚えない。

 その為、国が運営する学校に入学して、本格的なマナの扱いをおしわっても、大抵が4年間の義務が終わると去ってしまう。



 多くを見れば、ゲンロウが少数派に分類される。

 そも、身近にある魔法を、わざわざ遠くに置く様な『理論』には、大衆は靡かない。

 単純明朗、それが大多数の者が好む結論だった。

 理論をおざなりにする現状に、ゲンロウは酒と言う『命水』を浴びる事で、清々しい程に解放されるのだ。



「……そも、そも、勇者は、魔法が、苦手だぞ。それなのに、余の努力を一振りで散らすのだ……アノ、グランバールとか言う剣が拙いのだ! チックショーーーーーー!」



「落ち着け、話が変わってる上に、基礎値の差を獲物に置き換えるなー。てか、よく知ってんな、一般には出回ってない情報だぞ?」



「こうなったら、次回の折は剣を奪い取って」



「やめやめ、もしその話を本当に実行するなら、まおうさまは死ぬぜ」



「何故だ、武器持ちは獲物を奪えば弱体するのがセオリーだろう」



「セオ? まァ、奪えるか奪えんかは置いとくとして、前提が無理過ぎるがなァー。神核のない奴が、神剣様に触れて見ろ、一瞬で干物だ」



 魔王の喉が、ゴクリと鳴る。干物になった自分を、つい想像してしまった。

 手酌でぐい呑みを煽り飲み干す。

 ゲンロウの横では、魔王が顔を青ざめながらも考え込んでいた。

 スッと毛深い顔に埋もれる様にある目が細くなる。



「それは、マナが神剣に吸われるからか? それとも、所有者以外が手にすると発動する類のモノか? そもそも神核と言うのは何だ?」



 思わずゲンロウの顎が落ちる。いくらなんでも無知に過ぎる。と、一緒に落としそうになったぐい呑みに、溜息混じりで酒を注ぐ。

 だが、それでもゲンロウは魔王の、無知であっても無智ではない所が気に入っていた。



「そうだな、神様の受け皿とでも言うか。神核とァな、『魔王』や『勇者』を『代弁者』たらしめてる大元の要因よ。これがなけりゃー、てめぇみてぇに自称にならァな。そんぐらい。神核に関しちゃ、深くは知らん。そも現人神様とも御呼ばれになさる陛下、並びに歴代の尊き王を御調べになるってだけで縛り首よ。恐れ多いったりゃありゃしねぇなー。あァ、神剣に関してだがな、偶然場面を目撃しただけで原理までは分からん」



「肝心要が分からんのでは意味がないではないか。吸収か、拒絶か……これに関してだけは、出たとこ勝負はリスキーに過ぎるな。絡むのは神核……神核……魂レベルの存在なのか、物体として存在するのか。何かアストラル面を攻めて見るか?」



 文句を言う魔王だったが、素直に出された情報を吟味していく様は、ゲンロウを不思議な顔に変えていく。

 子供でも知っている様な、たった一言の説明で終わる事柄を知らない、自称魔王を名乗る男。絶対的な前提条件を満たしていないにも関わらず、誰に対してもどんなに笑われても曲げようとしない自信は何処からくるのだろうか。ゲンロウはぼんやりと考える。

 けれど、程よく回る酩酊感に恍惚とする頭が思考を放棄させた。



「ふはァー、考えに詰まったら酒飲め酒。酒はいいぞ、なんもかんも受け入れてくれらァ。愛してるっ! 俺は酒に愛されているァー! おい、どうしてくれんの!?」



「お前は何を言っているのだ……それよりも、マナの事をだな」



 怪しい流れを感じて魔王が、最初の疑問を持ち出す。

 しかし、(しがらみ)から解き放たれたゲンロウには、通用しなかった。



「無理、無ー理ー! 出来ないモンはやるモンじゃねぇや! 徒労は損々、ひゃっひゃっひゃ! そーだー、馬鹿だ馬鹿! しちめんどくせぇ事なんざ意味がない? じゃァなんでやんのー! ほれ、ぐい呑み逆さにすりゃ酒は注げねぇぞ?! なんでだよ!」



「余が知るか……ふむ、逆さ」



 すっかり意味をなくした酔っ払いの言動に、魔王の中で引っかかりを覚える。

 酔いに任せて好き放題にしているが、納得出来る事もあった。

 「出来ない事は出来ない」実に真理。徒労に割くのだったら、別の方向性を打ち出した方が建設的ではないのか。酔っ払いに諭された事が、魔王の癪に障った。



「カカカカカカ! そろそろ芸見せてくれやァ! ほれほれ、お代だ……キッチリ払って貰うぞ! 食い逃げはイカンからなー! ババーっとババーっと!」



「芸ではないのだが、ゲンロウ。お前は自分のシマがあったのではなかったのか?」



 ――――『キングオブ・サタン・パレス』。渋々と文句を言いながらも、情報の対価として要求を飲む。

 両手を持ち上げて、橋の袂、積み上げられた石の柱に沿うように、黒い家を構築する。

 出来上がりを確かめる為に、一度中を覗き込む。なるべく邪魔にならない様、橋の柱に合わせて細長い創りになったが、狼人であっても2人は収納できる幅が確保されていた。

 確認が終わり、振り返りゲンロウに問い掛ける。



「確か、先日邪魔させて貰ったが、礼が遅れてすまない」



 例え無宿者であっても、無宿者なりの規律は存在する。

 食料に関しては早い者勝ちだが、寝床に関しては縄張りが非常にうるさい。縄張りの主に一言入れなくては、どんな目に合わされても文句は言えない。

 ちなみに、橋は緊急避難場所とされており、短い日数ならば無宿者は誰でも駆け込める。

 だが、あまり長居をすると、怖い怖い目に合う事になるだろう。

 あくまで無宿者に通じる規律であり、『グラウンド』に敷かれている法とは別物である事は言わずもがなである。



「あァー? あの日えれぇ冷えたろ?」



「は?」



「それで酒かっくらってやり過ごそうとしたらよ? 牢屋だった」



「意味が分からん」



「アレだアレ、酒が俺を導いたのか、しこたま絞られたぜ? でも、俺達の出会いに不思議はないのだと、爪を立てて断言できる! んで、元のシマに『不法占拠禁止』の立札おっ立てられちまった」



「元凶オオォォォォォォ!!」



 魔王の叫びが夕暮れにこだました。






 ここまで読んで頂き、有難う御座います。


 えぇー…っと、頭の悪い作者が頭のいいキャラ設定を出した頭の悪い話と言う事です。ここ笑いのポイント!


 ご指摘、罵倒ありましたらよろしくお願いします。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ