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4話 魔王VS勇者+空腹






 ぎゅるるぅ。



 何時もの時間、いつもの場所で二人は今日も戦いを繰り広げる。



 ぎゅるぅぅ。



 勇者が東屋にて午後の休憩をしていると、変わらず時刻通りに魔王がやってくる。

 開口一番、自信に満ちた宣言か、憎まれ口を叩く彼は、昨日とは打って変わって、幽霊の様な立ち方だった。

 思わず、誰だっけ? などと真面目な顔で訪ねてしまいそうになる。

 魔王の服装は普段と変わらない。素材の分からない生地は黒で上下を統一し、シャツのボタンは艶消しと念の入れようである。

 唯一のお洒落は、肩に掛けるマントくらいだろうか、黒檀で塗り潰した様な四角の縁を半透明の線が囲っている。



 では、何が勇者を驚かせたかと言うと、魔王の表情(かお)だった。

 少し土気色の魔王の顔色は、この日一段と悪化しているようで、その肌色を見るだけで墓場から這い出して来たかの様に見える。

 そして異様に目を引くのが、一対の瞳だった。これが死んだ魚の目です。そう言われれば、なるほど、と納得出来る。

 最早、教科書に載せるべきであろう、分かりやすい比喩表現の体現だった。

 無言で佇む魔王に、勇者は心配が勝り声をかける。



「……魔王? 大丈夫?」



 ぎゅぅぅるるるぅ。



 強めの腹音が返事をする。

 相変わらず無言の魔王を代弁するかの様だった。

 困惑を隠せない勇者は一つの提案をする。



「今日は……やめとく?」



 ぎゅるるるる!



 どうやら、宿敵である勇者に体の心配をされてご立腹した様だ。

 と言うか、腹の音で会話をしないでほしい。そう思う勇者だった。

 気が付けば下がっていた目線を魔王に戻すと、彼の口の端が光っている。

 魔王の濁った目は、よく見ると勇者ではなく、休憩に使っていた東屋の方に向けられていた。

 そこには、簡単なクッキーとお茶が乗っている。



「魔王?」



 ぐぅぅ?



「よかったら、戦う前にお茶でもしない?」



 ごきゅるるるぅぅ!? ぐぅ~~! ぐぅ~~!



 腹の虫にて抗議された。プライドを傷付けられたのか、激しい音が矛盾に満ちた回答を返す。

 拒否された提案だったが、今の魔王を見ていれば、勇者の戦闘意欲は秒刻みで磨り減っていく。

 頑固な性格を見抜いている勇者は、魔王に決断を下した。



「そんな状態で満足な戦闘なんて出来ない。今日の戦いは無しだ」



 キッパリ言い切り、腹の虫の返答を聞かずに背を向ける。

 魔王の体調を心配しての事だったが、想像以上に、口から出た声音は冷たくなってしまって、不安になった勇者は気が付けば振り返ってしまう。

 慌てて誤魔化すように、言葉を継ぎ足した。



「そうそう、今日はすごい忙しくて、もうここには“戻ってこない”から。しっかり食べて体調を戻しておいて」



 最後の言葉は余計だったかと、少々の後悔を残して足早に立ち去った。

 後にされた魔王は見栄で堪えていた膝を着く。



 ぐぅ~~! ぎゅぐるぅぅぅる!?



 (よだれ)を垂らしながら、こんな屈辱は初めてだ! と、ばかりに腹の虫を鳴らす。

 生涯の宿敵に呆れられ、突き放された魔王は深刻なダメージを負う。

 情けない姿を晒すくらいならば、いっその事この場に骨を埋めてやろうか。そんな庭師が迷惑する様な事を考え始める始末であった。



 魔王が俄かに死を匂わせる頃、一方の勇者は植え込みに隠れじっと息を潜めていた。

 やはり魔王が心配になり、戻ってきたはいいが、当の魔王は勇者の隠された言葉の意図に気が付いていない様だった。

 それとも、既に動く程の体力するなくしているのかと心配する。



(机の上だ魔王! さっき見ただろ? そこにある物に気が付いてくれ!)



 必死に声ならぬ声援を送るも、決して魔王には届かない。

 どうすれば魔王が『机にある物』に気が付いてくれるか、王様業で培った経験を有りっ丈動員する。



(人体の五感は、生存本能に強く左右されると言うけど……五感)



 一つの案が浮かんだ勇者は、早速実行してみる。

 マナを使い弱い風を生み出し、たどたどしくも風を操った。

 気付かれる可能性も考慮したが、今の魔王の消耗具合を鑑みればバレる事はないと踏む。



 勇者の周囲から生み出された風は東屋を経由して、俯せで微動だにしない魔王へと送られる。

 そして、魔王に劇的な変化を齎した。

 遠目からでもハッキリと確認出来る程に、魔王の体が痙攣を始めた。

 バイブレーションするナマモノと化した魔王だったが、しばらくすると動きが止まり沈黙する。

 失敗したかとハラハラする勇者は、どうしたものかと思案に暮れた。



 目を閉じ、5分ほど次の一手を模索した勇者が、目を開けた次の瞬間魔王の異変に気付く。

 倒れていた位置より、魔王の体は東屋に向かって動いていたのだ。

 どう言う事かと様子を伺うと、魔王は匍匐前進(ほふくぜんしん)を使って、わずかながらに移動していた。

 魔王はかたつむりの如き速度だったが、そこには生に執着し死を跳ね除ける強い意思を感じずにはおれない勇者だった。



(頑張れッ、頑張れ魔王! 生きるんだッ!)



 拳を握り、心の中で激を飛ばす。

 声援が届いたのか徐々に速度を上げて、魔王は東屋に向かって進んだ。



 長い様な短い時間をかけて、とうとう目的にした東屋に到達する。

 しかし、魔王は直ぐ様起き上がる事はしなかった。

 依然として警戒の色を見せる魔王は、慎重に周囲の音を拾いタイミングを測る。

 傾聴に集中し、微動だにしない魔王はまるで耳をもった石の様だった。

 森羅に存在する一個の石となり、自然と同調する魔王を見守るしかない勇者は、黙って固唾を飲み込む。



 静かな空気のみが存在を許される。

 二人が使う対決の場所は、城の外れに位置し邪魔する者は誰も居ない。

 超常の戦いに割って入れる者は少ない、それに両者の決闘は一種神聖な争いである。

 一陣の風が吹く。



 黒い石が腕を立てると、徐々に人の姿へと変化していく。

 異常な進化の過程を、早送りで再現したかの様に、魔王は二本の足で立ち上がる。

 未だ人間に進化しきれない獣は、机の上にあるクッキーを素手で鷲掴みにして口の中に押し込む。

 ひたすらに顎を動かし、クッキーを咀嚼する。



 クッキーは甘かった。



 零れる欠片と一緒に、涙を落とす。

 堪えても堪えきれない情動は、魔王の体を駆け巡る。

 喉の奥から湧き上がる感情の波に蓋をする様に、緑の液体が残る放置された飲みかけのカップを一気に飲み込む。

 そして、顔を空に向けて吹いた。



「……げほっげっほっ! りょ、緑茶に砂糖なんて入れんなぁ!? あほんダラァァァァァァっ!」



(ええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ?!)



 人の飲みかけの緑茶をかっ込んでおきながら酷い言い草である。

 小振りの急須を口につけ、盛大に喉を鳴らす。時間が経っている為に、急須の中の緑茶は渋かった。

 口の中をゆすぎ残りを飲む。



 少量ながら貴重なカロリーを摂取した魔王は、今度は自身の目を使い周囲に気を配る。

 見られていないと確信し、無様を晒さなかったと安堵し胸をなで下ろした。余裕が出来たのか、吹いた緑茶で濡れた机が気になった。

 おしぼりがあった為、汚した机の上をキチンと拭き始める。

 拭いてる途中で、砂糖のポットに手が当たった。



「砂糖……カロリーの塊……」



 おもむろに砂糖を摘み口に含む。

 甘かった。



「さすがに胸焼けをするな……やめておこう。こんな場面を勇者に見られでもしたら……」



(いいんだ魔王……持って帰ってもいいんだよ魔王ッ! それに、そんな事で見下げる訳ないだろう……)



 勇者の目には、薄らと涙が浮かぶ。

 どうやっても堪える術が見つからなかった。



 砂糖ポットを元の位置に戻し、机をキレイに拭き上げた魔王は、おしぼりをたたんで東屋を後にする。

 黒いマントを翻し、魔王の横顔はいつものふてぶてしい(かお)に戻っていた。



「覚えておれ勇者よ……余は……」



 ――――『ブラックボックス・バック・ザ・トラベルタ』。正方形の黒い箱に飲まれたと思ったら、魔王は消えていた。

 最後の独白はよく聞き取れなかったが、調子を取り戻したようで安心する。

 普段の対決より時間をかけてしまったが、魔王の元気を取り戻した顔に安堵した勇者は、足取り軽く午後の仕事に取り掛かるのだった。






 ここまで読んで頂き、有難う御座います。


 勇者は、神剣の近接戦闘の特化型なので、実は魔法の類が苦手です。

 下級でも苦労する有様。脳筋ではナイデスヨ?


 ご指摘、罵倒ありましたらよろしくお願いします。



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