釈放
「にーちゃん、抵抗はするなよ。」助手席から出てきたスーツ姿の警官が言った。あんたら正義に楯突く気は無い。俺は拳銃の入ったポーチをその場に捨てた。
「中身は銃だろ?当ててやろう…ニューナンブだな…。」運転席から出てきたスーツ姿の警官がポーチの中身を見た。そして感が当たったのか相棒に微笑みかけた。
「おととい、お前がこそこそしてる所を写真で撮ったんだ。」助手席から出てきた警官が俺に手錠を掛けながら言った。運転席から出てきた警官は黒塗りの後部座席を開けた。
「その写真を俺達の上司に見せたら顔色を変えてだな…。鹿野組を潰したのはお前らしいな…さぁ乗れ。」俺は有名人らしい。首根っこを捕まれ後部座席に投げ入れられた。車が発進する。
「そいで、次は大道会の会長か?大物を殺ったな…誰に頼まれてやったんだ?」あんたらの上司さ…直属ではないだろうけど。でも署長の個人的な依頼だ…ここは黙っておこう。
「おーだんまりかい?まーいいさ、にーちゃん。」「俺達の上司は俺達よりも若いから張り切ってお前をいたぶるだろう。」もう何人も殺してる。起訴されれば死刑は避けられない。起訴されなくても刑事にリンチされ殺されるかも…。
*
狭く暗い取調室で胸倉を捕まれている。若い刑事は顔を真っ赤に染め、俺を罵っている。もう何を言っているかは分からない。たぶんさっきと同じ事を延々と叫んでいるんだろう。
だんまりを決める俺についに観念したのか、掴んでいた胸倉から手を離した。そしてシャツの腕を捲くり、拳を握った。もう無理だ。殴られる。鼻の骨が折られる。俺は覚悟を決めた。
その瞬間、ドアがノックされた。若い刑事ははっとした。俺はほっとした。若い刑事がドアを開けた。そこに居たのは署長だった。署長は何かを言った。若い刑事はがくっと取調室の椅子に座り込んだ。
「釈放だ…行け。」俺が捕まったことを知った署長が助けに来たのだろう。署長も俺がまずいことを言わなかったか、心配していたのだろう。何だか気難しい顔をしている。俺は署長と一緒に取調室から出て行った。
*
外には歯医者の車が止まっていた。俺と署長が後部座席に乗り込むと発進した。もう外は暗い。そういえば携帯も拳銃も全部置いてきてしまった。後日、歯医者が届けてくれるだろう。
「まさかキミがこんなヘマをやるとは思わなかった。」署長はボソッと呟いた。たぶん捕まったことを言っているんだろう。まずは会長を始末したことを褒めて欲しかった。この人は最初は気を落とさせ最後は褒めるという人なのかもな…。
「会長を殺したのは良くやったなと思っている。だがキミを釈放させるのにワシは大きな犠牲を被った。殺人を犯した男を釈放させた署長になったんだ。」彼は最初は気を落とさせ、次に褒め、最後にまた落とす人だった。
「悪いが報酬はチャラにさせてもらう。それでもキミには100万も払ったんだ。十分だろう。」俺は何も言えなかった。歯医者がバックミラーで俺を見た後、小さく頷いた。仕事は終わったのだ。車はサウナの前で停車した。そして俺は一人で降りた。
*
もう完全に達成感は忘れてしまった。おっちゃんは無事だろうか?そんなことが浮かぶ。俺は歯医者から貰った前金の残りを入れていたロッカーに向かった。"13番"のロッカーには鍵が刺さっていた。俺はそれを開けた。中には何も無かった。おっちゃんは悪くない。
俺は全てを失ってしまったようだ。