偵察
あれから二日だ。ずっとサウナの仮眠スペースで過ごしている。貰った前金は拳銃と一緒にポーチに入っている。使ったのは万札一枚だけ。
俺は歯医者から預かった携帯をずっと眺めている。まだ連絡は来ない。本当に俺は必要とされているのか、なんて考えているといらいらが止まらない。
100万も大金を貰ったのに嬉しくもなんとも無い。拳銃を手にする前の俺ならば今頃もう使い果たしてるはずなのに…。
「どうしたんだい?にーちゃん。」
白髪の背の小さい年寄りが俺の肩を叩いた。そして手にしていた缶コーヒーを俺にくれた。「ど、どうも…。」よっぽど俺が可哀想に見えたんだろう。
「これのことか?相談に乗るよ。おっちゃんとでも呼んでくれ。」
おっちゃんは小指をピンと立てにやけてる。「いや仕事関係のことです…。」そういえば女なんてずっと抱いてないな。
「なんだ、若者の恋愛事情やらを聞きたかったのにな!仕事先から連絡が来ないのかえ?」なんだか面倒だ。追っ払うか。
「そうなんですよ、もう二日も連絡もないんで…。」そして金をせびってる様に聞こえるように「どう飯食って行けばいいものか…。」
「ワシが若い頃は沢山仕事があったのにな。大型特殊持ってたから引っ張りだこだったよ。腹減ってるのかい?」
おっちゃんは財布を取り出した。普通は俺くらい若い奴が金せびって来たら旗振りでもやれ、なんて言って追い払うはずなのに。
このおっちゃんは良い人のようだ。まぁ缶コーヒーくれた時点で悪い人ではないのは分かったけど。「ありがとうございます。気持ちだけで十分です。」
俺は軽くお辞儀した。おっちゃんは財布を戻した。お金なんてそんなに持ってなかったのだろう。心なしかほっとしてるように見える。
「そうか。もし腹が減ったら遠慮なく言うんだよ。」そういうとおっちゃんは仮眠スペースから出て行った。頼み事なんてしないと思うけど、ありがとう。
次の日、預かった携帯が鳴った。相手は歯医者だった。やっと仕事か、なんて思ったがその前に下見をしろとの事だ。車が無きゃ自転車すらない。歩いて行くしかない。
*
高級住宅街。俺のような人間には不似合いなところだ。ここには金持ちや有名人が家を構えている。だが大道会の会長の家はここよりもランクの高い所に構えている。
先ほどまで歩いていた場所とは違い、並ぶ家の数も減ってきた。それと比例するように緑が増えてきた。この辺は滅茶苦茶な金持ちしか住めないのだろう。
それか日本庭園が似合う悪趣味な馬鹿でかい家を構える大道会の会長と隣人になりたくはないからだろうか。まるで時代劇に出てくるような門が構えている。
そしてその前に黒服の男が2人立っている。遠巻きから見ていても彼らがヤクザだとは分かった。彼らは俺を見ている。この辺では見ない顔。明らかに怪しい奴。
奴らは知らない。俺がなにを考えてるかまでは…。さすがにあの黒服を撃ち殺して門から中に入ったとしても、玄関付近に会長が居るとは限らない。
ボスってのは奥の方に居るはずだ。どんなに素早く行動しても俺が撃たれる確立は減るどころか増える一方だろう。俺は裏に回ることにした。
*
高い塀。こちらには見張りが居ないようだ。脚立さえ用意すれば大丈夫だろう。中の様子が伺えないのが心残りだが、歯医者に衛星写真でも用意されておこう。
しばらく付近を偵察していると黒塗りの車が向こうから走ってきた。やばいヤクザの車だろう。俺はそのままやり過ごそうとした。だが車は俺の横で停車した。
「なんだお前は?こんなとこで何してるんだよ?」運転席の男が言った。
まずい絡まれた。ただでさえ人気の無いところなのに汚い格好でいた俺が悪かった。「ただ近道しようと…」苦しい言い逃れだ…。
「あーそうかい?この辺は物騒な奴ら居るから気をつけな!」
運転席の男は笑って言った。助手席にいた男が警察手帳を俺に笑いながら見せた。そして黒塗りの車は去っていった。
彼らは警察だった。脅かすなよ。もう心臓に悪いのはこりごりだ。サウナに戻って歯医者に必要なものを用意させよう。