仕事
あの公園で馬場を撃った後、俺は仕事を探した。だが、この世に書類上は存在しない俺に出来るのはアルバイトや派遣くらいだった。
どれも長続きはしなかった。俺はあの時から変わったはずなのにまた同じ事をしてる。そんな事を考えるとやる気が無くなる。
俺は時々、鹿野組の事務所の夢を見た。あれは正義のための殺しだった。だか今ではあの時のスリルを懐かしんでいた。
いつものように腐れ仕事をこなした後はサウナに泊まりこんだ。家のない俺はここが住家だ。俺だけじゃない。ここには様々な人間が寝泊まりしている。
今でも拳銃をポーチに入れ肌身離さず持っている。これのおかげで俺は生きている価値を実感するのだ。
いつものように寝ようとしたが、一人の男に呼び止められた。恰幅のいい眼鏡の男だ。俺は彼を知っている。歯医者だった。俺はとっさにポーチに手を突っ込み、それを彼に向けた。
「やっと見つけた!ずっと探してたんだよ!ん、なんだいそれは?」
「あんたも馬場組の人間なんだろうよ、俺を殺しに来たんだろ?」
「違うよ、馬場さんはただのお客さん。僕の本当の仕事は君のような人材を確保する事なんだよ。」
向けていたポーチを下げた。歯医者ははっとした。やっとポーチの中身に気づいたようだ。馬場の配下ではないのに何故彼は俺を探したのだろうか。
「君を探したのは他でもない。ある人物から仕事を頼まれたんだ。だが、僕は手を汚す気はない。それで君を探したんだ。」
「仕事…?もうヤクザの元で働くのは嫌ですよ。」
「いや、ある人物ってのは警察関係者さ。輝華警察署のトップさ。」
「ってことは署長ですか?」歯医者は頷いた。そして彼は脇に抱えていた紙袋を俺に渡してきた。
「開けてみなよ。」中には札束がひとつ入っていた。万札の束だがこう見ると寂しく見える。
「前金だよ。仕事が終わればもっと貰える。何年かは遊んでけるよ。」札束一個でも100万はあるはず。それが前金だと…。答えは決まっていた。
「僕の車に乗りな、早速依頼主と会いに行くよ。」歯医者は俺の表情から察したのだろう。俺は彼と共に出口へ向かった。
*
車が止まったのは喫茶店の駐車場だった。警察署に向かうと思っていたが、事を考えればあり得ないよな。
「署長はもう来ているようだ、一応そのポーチは車に置いていこうね。」
こいつと離れるのは何だか良い気がしないが仕方がない。俺と歯医者は喫茶店へ入っていった。
店には一人の男がいた。白髪混じりの小太りな中年だ。彼は歯医者の顔を見ると手招きをした。どうやら彼が輝華署の署長らしい。
「やぁキミが…殺し屋と言うよりは世捨て人だな。」伸びた髪、伸びたヒゲでそう見えたのか。散髪する金も無いもんでね。
「鹿野組の一件。キミがやってくれたんだよね。」署長は睨みを効かせ質問してきた。「はい、俺がやりました…。」こういうときは正直に言わんとね。
「がっはっは!よくやったぞキミ!奴らクズどもには参っていたんだ!」署長は大笑い。唾を撒き散らしながら俺に感謝した。
「しょ、署長。そろそろ彼に仕事の内容を教えたほうが…。」歯医者は署長の大笑いで奥から飛び出てきた店員を意識しながら耳元で喋った。
「そうだな。鹿野組の時のように派手にやってくれれば良いんだ。」警察の口からこんな事聞くなんて思わなかった…。
「ただ今回は簡単には行かないだろう。鹿野組なんて小物とは違う。だから前金に100万も渡した。」署長はコーヒーをすすった後、続けた。
「相手は大道会会長だ。奴はなかなかの策士でな、法律では裁けない。そこでキミに頑張ってもらいたい。」会長か。大物だぞ。死を覚悟しなきゃ…。
「奴の死で大道会は混乱する。次期会長を目論むクズどもで潰し合うはずだからだ。そして曲者の居なくなったところを我々警察が…。」
署長の考えは分かった。後は俺の頑張り次第ってとこか。ワルモンは居なくなり、俺には大金だ。良い話じゃないか。
「やってくれるかね?」俺は深く頷いた。これの為に古い人生を捨てたんだ。亡霊として腐った社会で生きる気はもうないんだ。
「そうか、ありがたい。決行日はまた後日連絡することにする。そういえば弾は後どれだけ残っているんだい?」「21発です。」
「会長ひとりには十分だが…。これはワシの個人な依頼だ。悪いが支援は出来ない…。ヤクザもんから警察の弾が出ては困るんだ。それでも良いのかい?」
「構いません。俺が決めたことです。死んだとしても本望です。」決まったな。
「がっはっは!それでこそ男だ!清い社会の為に精進するのだぞ!」署長はまた唾を撒き散らすと喫茶店から出て行った。
俺の頑張りで世の中が分かるんだ。だから、あの時死ねなかったんだ。自然と笑えてきた。
「僕らも行くよ。帰るところは…無いよね。またあのサウナに戻るよ。」
家無きヒーロー。だが、俺には100万と拳銃が一丁だ。なんて人生だろう。俺は選ばれたんだ。