人生
「いやな、さっきコンビニで発砲事件があって犯人は紙袋に拳銃を隠してるとかラジオで言ってたんだ。」
笑いながらおっちゃんは言ったが、俺の顔は引きつっている。頑張って笑った表情を作ってるけど。「死人は出たんですか?」気になるとこだ。
「なんかな、犯人もそうなんだけど撃たれた側も逃げたらしくて死人とかは何にも言ってなかったよ。」
じゃあまだ殺したとは限らないのか。おっちゃんは紙袋を見ている。もし拳銃だとバレれも俺にはおっちゃんを撃つ勇気はない。ワルモンじゃないからだ。
よそ者の俺に相談に乗ると言ってくれたんだ良い人のはずだ。でもこの状況どうすればいいんだろうか。「き、気になりますか?これ。」どうしよう。
おっちゃんは紙袋を掴んできた。俺も取られないように引っ張った。これがいけなかった。紙袋は破れて中身が飛び出した。
「き、キミ…。ラジオで言ってた犯人なのか…?」
やってしまった。ここでおっちゃんを撃てば穏便に済むかも知れないが…
「これからどうするんだい?キミ。」
え?どうするって…どうすればいいんだろうか。「あ、え…」ごまかしなんてもう利かない。
「逃げてきたんだろ。後先見ずに。でもわしならキミをどうにかすることが出来るかも知れない。」
何を言ってるんだ?まさか警察に行けってのか?そ、それはごめんだ。せっかく始まった新しい生活なんだぞ。「どういうことですか?」
「キミを助ける事が出来るかも。でもわしの為に働いてくれないか?」
働く?やめてくれ、レジ打ちはもう勘弁だ。「働くって何をすれば…?」おっちゃんの為に缶拾いでもさせられるのか?
「このテント村が取り壊しが計画されているらしい。だが人権保護団体が何とかしてくれているから市役所も簡単には手が出せないんだ。」
だからなんだってんだ。まだまだここに住む事が出来るんだ。俺には何の関係が無いじゃないか。「はぁ…」
「でも市役所側は裏で暴力団を使い、わしらや、人権保護団体にも圧力を掛けてきたんだ。せっかくキミには拳銃があるんだ。どうか鹿野組を潰してくれないだろうか…」
マジなのか?市役所って…悪い奴はどこにでも居るってか。悪しき者を成敗する、それが新しい人生ならばこの依頼は蹴ってはいけない。しかも相手が鹿野組ならば尚更だ。
「もし引き受けるんだったら、キミの面倒を見てやってもいい。どうだ、乗るか?」
考える時間は無い。コンビニでの出来事はすでに警察の耳に入ってるはず、今まではヤクザだけで済んだが警察も俺を捜すとなると…。「俺の身は保障されるのですか?されるのであれば乗ります。」
「そうか、分かった。」
おっちゃんはポケットから携帯電話を取り出した。ホームレスが携帯?金は誰が払ってんだよ。そして彼はどこかへ電話を掛けた。
「わしだ。新しいのが見つかったぞ。しかも直ぐにでも使える状態だ。」
新しいの?直ぐにも使える?おい、俺は物扱いかよ。心なしかおっちゃんの顔が会った時よりも気迫を感じる。本当にホームレスなのか?
「おい、キミ。歳と身長を教えてくれ。」
何?なんだよ?なんの為に聞いたんだ?おっちゃんは電話の相手に俺の歳と身長を教えた後、電話を切った。
「今日はここで寝ていけ、そして明日になったら、ある歯医者に行ってくれ。」
歯医者だと。そこで働けってのか?でも素人の俺が歯医者なんて行って何をするんだ?「なぜですか?」この言葉しか頭に浮かばなかった。
「そこで働くと思ったか?違うよ、キミは変わるんだ。仕事をしやすくするためにな。」
全然把握が出来ない。俺の携帯がなった。発信者は俺の母親だ。「もしもし。」電話の向こうから泣き声が聞こえた。
-----「今ね、警察の人が家に来たんだけど、あなた何かしたの?」-----
「な、何もしてないよ母さん。」嘘をついた。もうめちゃくちゃな事やっちまってる。でももう戻れないんだ。
-----「本当のことを言いなさい!テレビでもあなたのことやってるのよ!」-----
「ごめん。」俺は電話を切った。そして今の番号を着信拒否リストに登録した。ごめんよ、母さん。もう会えないかも。
「聞こえたぞ。今の電話…」
分かってるよ。でも今はそっとしてほしい。「まだ早いですけど休ませてもらいます。」俺は変わるんだ家族のことは忘れよう。
*
目が覚めた。携帯で時間を確認…あれ?俺の携帯が無い。おっちゃんは起きて食事を作っていた。
「お、起きたか。仲間が乾麺拾ってきた。今作ってるところだ。」
「あの俺の携帯が…」
「捨てたよ。もう必要無いからね。」
おいマジかよ。まぁ掛かってる来るのは警察くらいだろう。そうだ今日は歯医者に行くんだったな。「あの何時ごろ行けばいいでしょうか?」
「飯食ったらで良い。拳銃は置いておけよ。あぁそうだ弾はどれくらいあるんだ?」
俺は拳銃を正面から見た。弾を入れるところに空洞が2つある。つまりこの拳銃には「4発入ってます。」
「おい、なにやってるの。何かの拍子で暴発したら死んじまうぞ。」
あぁ行けない行けない。せっかく6発入るんだ新しい弾を入れたいが…どうやって開けるんだここ…。
「ちょっと貸してみ。」
拳銃とにらめっ子してる俺に助け船。おっちゃんは慣れた手付きで拳銃を開けた。そうか、あそこを押しながら引っ張るんだな。
「薬夾は捨てるな。持ってる銃の種類が特定されやすい。今のキミに余計な情報を流す余裕はないだろ。」
まぁ確かに。だけどなんでこんなに詳しいんだ?このおっちゃんはただのホームレスでは無さそうだ。
「あと箱の中にはどれくらい入ってる?」
弾は箱の半分ほどしか入っていなかった。「23発です。拳銃の中身と合わせて27発です。多いのか少ないのか…。」1発を1人に撃つとしたら27人。そう考えれば多いな。
「そうか分かった。お、ラーメンが出来たぞ。食ってけ食ってけ。」
だ、大丈夫かなこのラーメン…。でも今は凄く腹が減ってる。食うしかない。
久しぶりの飯だった。たとえインスタントでも腹が減ってれば最高だ。そろそろ歯医者に行くことにしよう。いったいどんな仕事が待っているんだろうか。
*
普通の歯医者だ。でもどうやら閉まっているようだ。ここに突っ立ってるわけにもいかない。俺はインターホンを押した。
-----「はい、どなた様でしょうか?」-----
男の声だ。「あ、あのここに来いって言われた者なのですが…」名前は言えなかった。俺のことはテレビでもやってるはずだ、通報されたら困る。
-----「あーはいはい、今行きます。」-----
いったいどんな人なんだろうか。クリニックのドアが開く。そこにいたのは恰幅の良い眼鏡の男だった。俺より年上、30代半ばくらいだろう。
「どうも。さぁ入って。」
俺は軽く会釈し彼の後を付いていった。中はやっぱり普通のクリニックだ。そういえば「今日は休みなんですか?」たぶん今は昼ごろのはず。
「いや君が来ると聞いて閉めたんだ。苦情で電話が鳴り止まないから電話線抜いちゃったよ。」
彼は笑いながら言った。そうか悪いことしちゃったかな…俺は苦笑い。「で、僕はいったい何をすれば…」店は閉まってるから受付とかではなさそうだが。
「雇い主から聞いてないの?まぁいいや、とりあえずそこの診察台に座って。」
おいおい、なんかの実験台にされるのか?でも仕方が無い。俺は診察台に座る。なんか心臓がバクバクいってる。
「ちょっと麻酔打たせてもらうね。」
チクッ。あれ?歯に何かするんじゃないの?なんでそんなところに注射するんだ。なんだか意識が遠く…
*
「ごめんね、結構ハードな作業だから強い麻酔を打たせてもらったよ」
目が覚めた。口の中に違和感を感じた。歯医者の白衣は血まみれだった。周りを見渡すとスチールの皿に白い物が沢山。おい、マジかよ!俺の歯じゃないだろうな…。
「あー君のこれからの為に歯を全部取り替えたんだよ。」
「お、俺のこれからって…。どういう意味があるんですか?」
「君は死んだ。明日の新聞に焼身自殺の記事が載ると思うよ。」
映画で見たことあるぞ、損傷が激しい死体は歯型で本人確認するとか…。ヤクザから巻くことはできるだろう。けど母さんは知らない誰かの為に泣くのか…。
「君は今日から別人になったが、目立つ事はしないでくれよ。君の本当の歯型を警察に提供するのは私だからね。」
「わかりました。」俺は診察台から立ち上がり外へ出ようとした。
「あ、君!顔洗った方がいいよ!血だらけだからさ。」
彼は笑いながら言った。そしてさっきまで俺の口にあった歯を見つめながら「我ながら良い仕事だ。」不気味な笑みだった。