紙袋
暗闇中でも燦々と輝く輝華の風俗街を歩く。毎日せっせと働く俺へのご褒美を探している。給料日の後だ、キャッチ達はいつも以上に客呼びをしている。
だが、俺の目の前を歩く年寄りには誰も見向きもしない。そりゃそうだ、汚い格好をしているんだ金なんて持ってるはずがない。
彼はそわそわしながら、紙袋を子を抱くように大事にしている。金でも入ってるんだろう。それを風俗でぱーと使う気なのか。
突然彼は立ち止まった。腕時計を確認し、辺りを見回した後、持っていた紙袋を隣にあった電飾看板の下に隠した。
そして小走り気味でその場から立ち去っていった。あの紙袋には金が入ってるんだ。そう思うと俺には無視することなんて出来ない。
とっさに電飾看板に駆け寄って隠された紙袋を取り上げた。重い。これは絶対札束だ。俺は風俗なんて忘れてここから立ち去ろうとした。
「おい、兄ちゃん。どこ行くんだ、それを置いてけ。」
ごつい男が後ろから話かけてきた。見るからにヤクザだ。悪いが大金を黙って置いてけるかってんだ。俺は走った。ごつい男も追いかけてきた。
必死だ。周りの人間はみんな俺を見ている。凄く目立ってる。けど関係ない。ごつい男から逃げ切ればこの金は俺の物だ。
「逃げ切れないぞ!ただじゃ済まないぞ!」
野太い声が遠くから聞こえた。後ろを振り向く。奴は立ち止まってぜいぜい言ってる。俺はまだ足を止めないぜ。
*
だいぶ走った。もう風俗街からも外れたところまで走っていた。紙袋の中身が気になった。大金なんて大っぴらにできない。
路地裏に入った。もう疲れも回ってる。さすがに今は歩いている。この路地裏の先は行き止まりだった。
俺はその場に座り込んで紙袋を覗いた。中に入っていたのは札束じゃなく拳銃だった。やっちまった。頭にあった札束は一瞬にして消し飛んだ。
でも拳銃だ。普通の生活をしてれば絶対に手に入らない代物だ。ただこれは本物なのか。紙袋の中には銃弾と思われる物が入った箱もあった。
この拳銃は警察官が持っているような、いわゆるリボルバーという物だ。弾は6発入ってる。直ぐにでも撃てる状態だ。本物ならば…。
「見つけたぞ兄ちゃん。」
路地裏の入り口から男がやってくる。暗くてハッキリとは見えないが、誰だかは分かった。追いかけてきたごつい男だった。
奴の目的は紙袋。紙袋の中には本物かどうか分からない拳銃。けど奴がこれほど狙ってるということは…。
「悪いな、兄ちゃん。さっきまでなら許してたけど中身を知られちゃただじゃ済まないんだよね」
奴のこの言い草じゃ俺は生きては帰れないようだ。今出来るのは奴にこの拳銃を向けるのみ。奴はまだこっちに歩みよってくる。
奴の顔が見えてきた。血管が浮き出てる。相当キレてるはずだ。殺される。俺は奴に拳銃を向けた。
「何してんだよ、兄ちゃん。おもちゃだぜ、そりゃ。」
おもちゃのはずがない。お前のはっとした表情が証拠だぜ。背には壁だ。「撃つぞ。そのまま下がれ。」俺は言った。
奴は少しずつだが下がり始めた。と、思っていたが俺に襲い掛かってきた。銃声が響く。拳銃を持つ右手には衝撃。うずくまる男。
一瞬の出来事だった。俺は拳銃と紙袋を持ったまま逃げようとした。履いてるズボンが引っ張られる。ごつい男が引っ張っている。
「終わりだぜ兄ちゃん…組は許さないぞ…」
俺は奴を振りほどき、その場から立ち去った。陽が昇りはじめている。帰ろう。今日は時間が経つのが早い。
ん…。財布がない。ごつい男にズボンを引っ張られてた時に落ちたんだ。戻るしかない。金もカードも財布の中だし、何より免許書だ。
身元がヤクザたちにバレてしまう。このままアパートに帰ったって殺されるのは時間の問題だ。
さっきまでいた路地裏には人が集まっていた。銃声に気づいた付近の住民だろう。
どうやら警察官はまだ来ていないようだ。しかし財布を取りにいけば住民に顔を見られてしまう。遠くから見ているが、ごつい男はまだ倒れてるようだ。
まさか…。そうこうしてるうちにサイレンが聞こえた。今しかない。だが俺には勇気が無かった。その場から立ち去った。
午前4時。アパートには戻れない。田舎から出てきた俺には実家に帰る金も無い。そうだ、バイト先のコンビニならば追っ手は来ないはず。
けどコンビニに行っても俺のシフト外だし、何よりこの紙袋だ。俺の身を守るが…だが、これ以上に厄介なものは無い。でも、とりあえずコンビニだ。