真夜中の着信
携帯電話の煩わしい着信音に起こされたのは、深夜のことだった。
私はベッドから手を伸ばし、手探りで物置き台から携帯電話を手に取って開いた。ぼんやりとした視界で液晶画面を見つめる。と、そこに表示される着信相手の情報を見て唖然とした。
――公衆電話。
誰よこれ……。イタズラ電話? そう思ってしばらく液晶画面を見つめていたが、あまりにも長く鳴り続けるので電話に出ることにした。
「もしもし」と言ってから、妙な沈黙が流れる。「こんな時間に誰? イタズラならやめて欲しいんだけど」
しかし、相手はウンともスンとも言わない。電話の向こうでは、相手は何を思っているのだろうか。イタズラだとしたら、きっと今頃笑いを堪えるのに必死になっていることだろう。
「いい加減にしてよ。もう切るから」
私は腹立たしげにそう言って、終話キーを連打してから携帯電話の電源を切ってやった。
真夜中にイタズラ電話をかけてくるなんて、最低だ。目も覚めてしまった。明日は朝早いってのに、ホントにあり得ない。
寝返りをうって、壁の方に体を向ける。でも今の相手、誰だったんだろう。よくよく考えてみると、なんだか気味が悪い。ストーカーからとか? まさかね……。そういえば、昨日早苗が飲み会でオールするとか言ってたっけ。もしかしたら早苗の仕業かもしれない。今日学校に行ったら問いつめてやろう――。
翌朝、夜中の電話のせいでなかなか寝つけず、見事に寝坊してしまった。目覚まし時計を見ると、一時間近くも寝過ごしてしまっていることに気づいた。一応アラームは鳴ったようだが、スイッチはプッシュされてしまっていて、その役割を果たせずに沈黙してしまっている。
いつもなら、私が寝ぼけてアラームを止めてしまってもお母さんが叩き起こしてくれるけど、今日はお父さんもお母さんもいない。お父さんが久しぶりにまとまった休みがもらえたらしいので、昨日から夫婦水いらずで旅行に出かけたのだ。
私は、せめて出席数だけでも稼いでおこうと大急ぎで大学へと向かった。
教室に着くと、最後尾列に親友の早苗の後ろ姿を見つけて、いつものように早苗の隣に座ろうとした。すると、早苗は目の下にクマをつくって大あくびをしていた。
「早苗、おはよう」
周りの迷惑にならないように、小声で挨拶を交わす。
「あ、おはよう……美香」
早苗は、元気の無い眼差しを私に向けて、かすれた声で言った。
「出席カード、書いてくれたりした?」
「一応書いておいたよ」
「さっすが早苗、気が利くね。ありがと」
やがて講義が終わり、教室がどっと騒がしくなる。
「ねえ、早苗」
「ん……なに?」
「夜中にさ、公衆電話から私の携帯に電話してきたでしょ」
「はあ!?」
早苗の甲高い声が、騒がしい教室の中に一際大きく響く。
「あり得ないあり得ない。私、ずっとカラオケで歌ってたもん。現に、声ガラガラだし眠いし。証人もちゃんといるよ?」
「そっかそっか。だよねえ。さすがに早苗もそこまで非常識じゃないよねえ」
「何よ、それじゃあ私が少しは非常識みたいじゃん」
「あっ、ごめんごめん」
私は笑いながら、顔の前で手を合わせて軽く謝った。
早苗は少しムスッとした表情を浮かべ、「まあいいけど」と言って教科書とノートをカバンの中に詰め込み始めた。
だけど、早苗じゃないとしたら一体誰がかけてきたんだろう……。
午後から励んでいたテニスサークルが終わり、更衣室で着替えを済ませて帰ろうとした時だった。同じテニスサークルの友達、優子が突然、「美香も飲みに行かない?」と飲み会に誘ってきた。
「もちろん行く行く。メンバーは?」
「テニスサークル全員」
優子は満面の笑みを浮かべて言った。相変わらず、ツインテールとその笑顔の組み合わせがとてもかわいらしい子だ。
飲み会は、大学からすぐ近くの飲み屋で行われた。予約はしていなかったらしいのだが、奇跡的になんとかニ十数名が席に着くことができた。
「では、今日もお疲れ様でしたー!」
部長の木下正樹が、声を張り上げた。
「ちょ、そんなに声を出したら周りに迷惑だって」 部長の隣に座っていた男子が慌てて制止に入る。
「ま、いいじゃん。では乾杯!」
「かんぱーい」
飲み会は相変わらず楽しかった。私は、酎ハイを四杯だけ飲んだ。これだけで少し足がふらつく。でも、意識ははっきりとしていた。
楽しい時間というのは、過ぎるのが異様に早い。二次会で優子たち女子仲良しグループと数人の男子で行ったカラオケから出る時に、携帯電話の時計を見ると既に午前二時を回っていた。
「もうこんな時間になってたんだね。まだ十二時半くらいかと思ってたよー」
「もう、美香は飲み過ぎなんだよ。飲み会で飲まずにカラオケでぐいぐい飲むんだから」
優子に支えられてカラオケから出ると、飲み会の時に部長を制止していた松永先輩が、無精髭を撫でながらぶっきらぼうに言った。
「俺、車で来てるから酒飲んでないし、送れる範囲だったらみんな送っていくよ。とっくに終電過ぎてるし」
「あっ、じゃあ私お願いしまーす」
私は、真っ先に手を挙げた。
「美香ちゃんは家どの辺だっけ」
「ここから三駅分向こうなんで、車だと案外近いんですよー」
「了解、他のみんなは?」
――数分後、松永先輩はカラオケの前にワゴン車を回してきた。
そのワゴン車には、優子と私、その他男子三名が乗り込んで出発した。
「このままラブホにでも宿泊するか?」
「サイテー」
助手席に座ったチャラ男こと、田中の問いかけに対して私と優子は同時に言ってやった。でも、アルコールが入ってる時ってこんなもんだろう。ノリで何でも言えちゃう。
そのチャラ男が、真っ先に車から降りた。カラオケから数分のところにあるアパートで一人暮らしをしているのだった。
「またな、みんな」
「また明日ー」
みんな手を振って、また車が動き始めた。
車は脇道から大通りへと抜け、線路沿いに走り、次第に私の家へと近づいていく。
「おーい、おーい。美香ちゃん起きてくれ。この辺りでいいか?」
いつの間にか眠ってしまっていた私に、松永先輩が訊いていた。咄嗟に、私は窓の外を見回した。
「あ、はい。これ以上は道が狭くなるのでこの辺で大丈夫です。ありがとうございましたー」
よろけながら車から降りると、優子は「またね、美香。ふらついて転けないように気をつけて」
「大丈夫大丈夫。じゃあまた明日ー。みんな、おやすみなさーい」
私は勢いよく手を振って、ワゴン車を見送った。
「さてと、帰って寝ますかー」
誰に言うでもなく、ノリで独り言を呟いてみた。
よろける体を楽しみながら家に向かって歩いていく。と、外灯の無い脇道にぽつんと光の漏れるボックスが立っていた。
あれ、こんなところに公衆電話のボックスなんかあったんだ。知らなかったな。私はそう思っただけで、すぐに立ち去ろうとした。が、その瞬間だった。
プルルル、プルルルと電話の音が鳴り始めたのだ。
携帯電話を取り出して見てみると、待受画面の状態だった。あれ、おかしいな。どこから鳴ってるんだろ。
ふと公衆電話の方を見つめる。なんだかあっちから鳴ってる気がするなあ。いや、絶対に公衆電話が鳴ってるんだよ。私は、めずらしいこともあるもんだと思い、公衆電話に近寄った。
誰が公衆電話にかけてるんだろう。不思議だなあ。相手は誰だろう。公衆電話にかけれるくらいだから、ケーサツかな?
ノリでボックスの中に入って、ノリで受話器を取って耳にあてがった。
『もしもし』
ん……女の人? 女刑事とか? 下手に話したら捕まっちゃうのかな、なんて。
『こんな時間に誰? イタズラ電話ならやめて欲しいんだけど』
「もしもーし。てか、なんで公衆電話に電話なんか……」
え……今のって、昨日の私が言ったことだよね……。なんで? なんで公衆電話の相手が昨日の私なの?
もしかして、昨日の夜中のイタズラ電話の相手って私? あり得ない……。
携帯電話の煩わしい着信音に起こされたのは、深夜のことだった。
私はベッドから手を伸ばし、物置き台から携帯電話を手に取って開いた。ぼんやりとした視界で液晶画面を見つめる。と、そこに表示される着信相手の情報を見て、唖然とした。
――公衆電話。
誰よこれ……。イタズラ電話? そう思ってしばらく液晶画面を見つめていたが、あまりにも長く鳴り続けるので電話に出ることにした。
「もしもし」と言ってから、妙な沈黙が流れる。「こんな時間に誰? イタズラならやめて欲しいんだけど」
そう言った瞬間だった。
『もしもーし。てか、なんで公衆電話に電話なんか……』
私の声に似た女性の声が、受話器を通じて聞こえてきた。しかし、その内容がよくわからない。
「あの、逆にこちらが聞きたいんですけど。公衆電話からイタズラですか?」
しばらく相手は沈黙していたが、やがてゆっくりと答え始めた。
『ねえ、あなたの名前……もしかして田宮美香?』
「そうですが、それが何か」
『じゃあ、じゃあ……そっちの日にちって、七月二十三日?』
「そうですが……ていうか何言ってるんですか? こっちは電話に叩き起こされて眠いんです。あなたのイタズラに付き合ってる暇はないんで」
また、少しの間沈黙が流れた。
『……気持ちはよくわかるけど、ちょっと聞いて。私は多分、二十四時間後のあなた。ほら、あなたと声も同じでしょ? 昨日の夜、私の携帯電話にも公衆電話から着信があったの。相手は無言だったけどね。あ、今私ね、テニスサークルの飲み会の帰りで、家のすぐ近くの電話ボックスから電話してるの』
「ちょっと待って。色々と意味不明だし、この辺りに電話ボックスなんてないはずよ」
『それがあるのよ。朝、学校に行くときに玄関を出て右側にある脇道を見ておいて。それと……』
「それと?」
『今思ったんだけどこの公衆電話、一体誰がかけてき……』
突如、私を名乗る女性の声がおかしくなった。徐々に声のトーンが低くなっていき、まるでスロー再生して男の声のようになっていくような……。直後、ザザーと砂嵐のような音が介入して電話が切れてしまった。
携帯電話からは、ツーツーという音だけが発せられている。
私は茫然としたまま、動けなかった。
なに、今の。気味が悪い。イタズラにしては手が込みすぎてるっていうか……。
翌朝、夜中の電話のせいで見事に寝坊してしまった。慌てて家を飛び出して、電車に飛び乗った。
そういえば、公衆電話を見るの忘れてたな。まあ、いいや。
やがて大学に到着し、早苗に夜中のことを話すと「ばっかみたい」とあくび混じりに言われた。
「だよね。真剣に悩んでたけど、よくよく考えるとあり得ないよね」
そうは言ったものの、やはり何かがひっかかる。
昼からは、夜までテニスサークル励んだ。
そして時間が過ぎ去り、更衣室で帰り支度をしていると優子が飲み会に誘ってきた。
そういえば、夜中の電話の相手も飲み会の帰りとか言ってたっけ。本当に未来の私だったのかな、あれ。
飲み会は、二次会にまで至るほど盛り上がった。二次会のカラオケでは、私は勢いに任せて飲み続け、外に出る頃にはヘロヘロになっていた。
「もう、美香は飲み過ぎなんだよ。飲み会で飲まずにカラオケでぐいぐい飲むんだから」
帰りは、松永先輩のワゴン車に乗せてもらった。
家の近所で降ろしてもらい、家路に就くと、外灯の無い脇道にぽつんと光の漏れるボックスが立っているのが視界に入った。 あれ、こんなところに公衆電話のボックスなんか……。
ハッとしたように昨夜の出来事が頭に思い浮かぶ。
「あった……。この公衆電話から、かけてきてたんだ」
そうつぶやいた瞬間、プルルル、プルルルと電話の音が鳴り始めた。
これ、公衆電話から鳴ってるんだよね……。取った方がいいのかな。取って、昨日の私に何か知らせた方がいいのかな。よくわからないけど、きっとそうなんだろう。じゃないとこんなこと、起きないよ。
私は、そっとボックスに近づいた。そして扉を開けて中に入り、一息飲んでから受話器を取った。
それを耳にあてがうと、一瞬何かを早送りしたような音声が流れ、いきなり『かごめかごめ』の保留音が流れだした。
なによ、これ。昨日のと全然違うじゃん……。
「ねえ、昨日の私、聞いてる? 寝ぼけて保留なんかにしてんじゃないわよ。早く出なさいよ」
しかし、保留音は鳴り続けた。その保留音のテンポが次第に低速になり、とても不気味な音楽を奏でだした。あまりの気味の悪さに鳥肌が立ち始める。
すると次の瞬間、いきなり保留音が爆弾でも投下されたかのような爆音に変わり、私は思わず「きゃあああああああ!」と悲鳴と共に受話器を投げ捨て、ボックスを飛び出して一目散に走った。でも、何か違和感を感じる。何だろう、何だろう。何かが違う……。
ふと空を見上げた私は、唖然とした。空が、薄明かるい。夕方だ。さっきまで夜中だったのに、今は夕方になっている。
何がどうなっているのかよくわからない。頭が混乱して、うまく整理ができない。
気がつくと、自分の家の前まで歩いてきていた。家中に電気が付いている。
まさか、泥棒?
家の中に駆け込もうとすると、玄関の鍵が開いていた。
でも、奥の方からは良い匂いが漂っている。
居間兼台所へとこっそり歩いて行くと、そこには料理をしているお母さんの後ろ姿があった。
「あれ、お母さん。もう帰ってきたの? 明日帰ってくる予定じゃなかったっけ……」
そう言うと、お母さんは私の方を振り返って言った。
「あら、何言ってるのよ。昨日帰ってきてお土産も渡したでしょ。あんた大丈夫? この暑さで頭がやられたんじゃないの?」
お母さんは心配そうな表情を浮かべた。
でも私は、お母さんの話を無視して慌ててテレビをつけた。ニュースを見てみると、今日の日付は七月二十六日。携帯電話の日付も同じだ。
そんなバカな。私、未来に来ちゃったってこと? あり得ない。
お母さんが何か言っているのを余所に、私は自分の部屋へと向かった。しばらく一人になりたかった。私は本当にどうかしてしまったのか、それとも悪魔にとり憑かれてしまったのか。とにかく、考える時間が欲しかった。
扉を開けると、電気が点いていた。中にいた私らしき人物と目が合う。
「えっ……」
お互いが茫然としたまま見つめ合っていると、突然、机の上に置いてあった携帯電話が激しいバイブレーションと共に鳴りだし、それに気を取られた瞬間、部屋は真っ暗になった。
視線を元に戻すと、部屋の中には、誰もいなくなっていた。それどころか、家中から人の気配はなくなり、廊下も真っ暗で、さっきまで立ち込めていたおいしそうな匂いも消えていた。
「えっ、なに? なによこれ……」
体が硬直してしまうくらい怖くて、気がおかしくなってしまいそうなくらい意味がわからない。
とにかく電気を点けようと私は手探りで壁伝いにスイッチを探した。
あった、これだ。パチッという音と共に、少し安心感を覚えた。でも、電気が点かない。何度も何度もスイッチのオンオフを繰り返すが、やはり点かない。
なんで、なんで点かないの? そうだ、廊下の電気を……。
しかし、廊下の電気も点かない。どうやら、家中の電気が点かないらしい。
私は恐怖心と戦いながら一階の居間兼台所へと降りて行った。
やはり、お母さんはいなくなっている。そればかりか、さっきまで散らかっていたはずのお父さんのシャツやら旅行バッグまでもが消えてしまっている。まるで最初から、お母さんたちが帰ってきていなかったかのように。
月明かりに照らされた時計が視界に入り、何となく時間を確認してみると二時四十三分だった。丁度、さっきの飲み会から帰ってきたくらいの時間だ。
すると突然、プルルルルと家の電話が鳴りだした。
思わず体が硬直する。
私は鳴り響く電話の前に恐る恐る近づき、受話器に手を乗せた。
その瞬間、ポケットに入れていた携帯電話の着信音が流れ始めた。
慌てて携帯電話を片手で開くと、そこに表示される着信相手は――自分。
きっと未来の私からだ。直感的にそう思い、急いで電話を取った。
「もしもし……」
『その電話を取っちゃダメ! 絶対に取らないで!』
「えっ?」
家の電話は、既に鳴り止んでいた。なぜなら、私が既に受話器を持ち上げていたからだ。
『絶対に受話器を取っちゃダメだから! 万一取っても絶対に聞いちゃダメ!』
でも、私はその忠告を聞き入れることをしなかった。何かに操られたかのように、自然と携帯電話を持った方の腕は下がり、もう一方の受話器をそっと耳にあてがった。
聞こえるのは、ザーという砂嵐の音だけ。だが、次第にその音が静かになり、無音になった。
「あなた、誰?」
声が震える。あまりの恐怖に、受話器を持った手も震える。
「ねえ、誰なの? こんなこと、いい加減にやめてよ……」
そう言ってから、しばらく沈黙が続いた。
「ねえ」
突如、ザーと砂嵐の音が聴こえ始めた。その砂嵐の音の中から、微かに女の声がする。
『ウシロノショウメン……ダーレダ』
でも、その声は後になるにつれて音声をスロー再生したような声になり、最終的には地獄からの唸り声のような低い声になった。
その途端、背後に何かの気配を感じた。
誰かいる、何かわからないけど、私の後ろに何かがいる……。
私は、恐る恐る後ろを振り向いた。が、何もいない。
突然、右手に握っていた携帯電話から「ぎゃああああああ」と叫び声が聞こえてきた。携帯電話を耳にあてがって聴いていると、叫び声と、助けてという自分の絶望にうちひしがれた声が聴こえてくる。その叫び声の中に、先ほどの地獄からの唸り声のような声も聴こえてきた。
「ツカマエタ」
その声が、電話の中からも、私のすぐ後ろからも聞こえた次の瞬間、私の肩を誰かに掴まれるのがわかった。
私は後ろを振り返らず、肩に置かれた手を振り切って一目散に廊下へと飛び出した。そしてその勢いで玄関へと向かった。
慌てて鍵を開ける。でも、何故か扉が開かない。
なんで、なんで?
後ろを振り向くと、手に鎌を持った、足まで髪の伸びた得体の知れない女が唸り声をあげながら、暗闇の中をフワーとこちらに近づいてくる。
「ぎゃああああああ!」
私は、手の中に握りしめていた携帯電話を投げ捨て、必死で扉を開けようとした。
そうしているうちに、女は私の真後ろまで近づいてきていた。頭を捕まれ、首の後ろに冷たいものが触れる。
携帯電話の液晶の光で、それが何なのか、一瞬で理解した。
鎌の刃先だ。
私は恐怖のあまり、暴れようとする気力も湧かなかった。
やがて、女は鎌をノコギリのように上下に動かして、私の首をゆっくりと、最大限苦しませるかのように裂いていく。
「いやあああああああ。い、痛い。やめて、助けて……ぎやああああああ」
意識が途切れる寸前、涙で歪んだ視界に、髪の毛の間から女の顔が覗いた。
それは、眼がなく、まるで骸骨のような……。
思えば、最初に電話が鳴ったあの日から、私は既に地獄への道に足を踏み入れてしまっていたのかもしれない。
もし、あなたの家でも真夜中に電話が鳴ったのなら、それはあなたを地獄へと催促するための、死神からの無言の誘いなのかもしれない。そして、もし電話を取ってしまったら……。