059 マギド・ゼブラス①
その瞬間、受付ホールの空気が凍りついた気がした。
そこに立っていたのは、マギド・ゼブラス──黒冥府の中核メンバー。
全身鎧を装備したその人物は、ただ立っているだけで誰の目にもわかるほどの圧を放っていた。
兜に隠れて表情は見えないけれど、その視線が間違いなくガラスラくんを捉えていることだけは、はっきりと分かる。
ついさっきまでガルムちゃんを囲んでもふもふしていた空気は、もうどこにもなかった。
パンさんも、リンドールさんも、あのイッシキさんでさえ、息を潜めたまま固まっている。
永遠みたいな沈黙のあと、最初にその静けさを破ったのはイッシキさんだった。
「マギド・ゼブラス。どうして黒塔に?」
イッシキさんは、平静を装うようにそう言った。
一方のマギド・ゼブラスは、ガラスラくんから一度も目を離さず、答えようとしない。
再び、受付ホールは押し潰されそうな静けさに包まれた。
その沈黙を、今度はマギド・ゼブラス自身が破る。
「私がここにいるのが不思議か? イッシキ・グライゼン」
低い男の声が響く。
全身鎧で分からなかったけど、マギド・ゼブラスは男の人みたい……。
「……いえ、何もおかしなところはありません」
「そうか。──その魔物は何だ? グライゼン」
「……これは」
「報告に無かったが。──彼女らが持ち込んだものか?」
「…………」
「なるほど。グライゼン、私は回りくどい話が嫌いだ。知っているだろう?──話せ」
──別に見た目が変わったとか、何か起こったとかじゃないけど、
その瞬間、目の前のイッシキさんの纏う空気が変わった気がした。
「はい、マギド・ゼブラス。彼女たちは野良ギルド”グランベルジュ”のメンバーです。持ち込まれた当該魔物は、極限環境スライムである可能性が高いと判断しています」
「イッシキさん!?」
突然、イッシキさんが抑揚の薄い声でこちらの情報を淀みなく並べていく。
別に協力関係ってわけじゃないし、黒塔は黒ギルドの関連施設らしいから、マギド・ゼブラスに情報を話すことは不自然じゃないんだけど……。
さっきまで一緒にガルムちゃんをモフっていたから、勝手に親近感がわいてて、何だか裏切られた気分……。
「イッシキさん……まるで人が変わったようですわ」
「……マギド・ゼブラスの力や。不可避の精神干渉……」
「精神干渉……ですの……!?」
えっ、精神干渉……ってことは、イッシキさんは自分の意志で話してるんじゃなくて、無理やり喋らされてるってこと……!?
私たちの動揺を見透かしたみたいなタイミングで、マギド・ゼブラスがゆっくりとこちらを向いた。
「グランベルジュ……。面白いものだな。まさかここで会えるとは……」
どういうこと……?
ガラスラくん──”極限環境スライム”の話になるのかと思ったのに、マギド・ゼブラスが興味を示したのは、なぜか私たちの方だった。
重たい鎧の音を響かせながら、マギド・ゼブラスが一歩、また一歩とこちらへ歩み寄ってくる。
そして、そのまま淡々と口を開いた。
「私はマギド・ゼブラス。黒冥府の第五局を司っている」
「第五局……?」
「黒冥府は八つの”局”で成り立っとるんや。各局ごとに役割が分かれとって、それぞれをマギドが束ねとる。……第五局は、諜報担当や」
私の小さな疑問に答えたのは、間髪入れずに口を挟んだパンさんだった。
諜報担当──ってことは、要するにスパイとか、そういう秘密の機関みたいなものってことだよね……。
「それは……厄介ですわね」
「せや。なんちゅう運の悪さや……」
そんな私たちの反応など意にも介さず、マギド・ゼブラスはそのまま言葉を継いだ。
「グランベルジュ……貴殿らには、前々から会いたいと思っていた」
「そりゃ光栄やわ。せやけど、なんでウチらみたいな弱小の野良ギルドに興味なんか持つんや?」
圧倒されて声も出せない私たちに代わって、パンさんがいつもの調子で応じる。
こういうとき、パンさんの肝の太さは本当頼りになるよね。
「目覚ましい活躍を続けるザラスト・ザラメイヤ。異常なレアドロップの数。そして、あのギルドバトル──剛体種ゴブリンの軍団を使役する召喚士サキ」
「──はいっ!!?」
突然私の名前が呼ばれて、思わずビクッと大きく跳ねる。
「全て、ここ最近の出来事だ。興味を抱かぬ方が不自然というものだろう。現に我々以外の五大ギルドも貴殿らへの接触を図っている。……もっとも、互いに牽制し合って身動きが取れぬようだが」
「……なんやて?」
「そして、そのスライム……グライゼン、その個体は”極限環境スライム”で間違いないのだな?」
「はい」
イッシキさんはまるで生気を抜かれた人形みたいに、いつも以上に無表情なまま、いつも以上に無機質な声で答えた。
「……やはり、この一連の元凶は──サキ、貴殿だな?」
「──えっ、え!?」
「グランベルジュに起きた数々も、貴殿の召喚士の力がもたらしたと考えるのが自然であろう。何より一連の事象が起き始めた時期と、貴殿が加入した時期は一致している」
「……調べは、もうついとる……っちゅうわけか」
マギド・ゼブラスは何も答えない。
でもそれが、暗に肯定を示していた。
「召喚士サキ。貴殿の力は、我ら黒冥府に必要なものだ。他ギルドの手に渡すわけにはいかない。──黒冥府までご同行願おう」
「ええええええ!?」
「黒冥府までって……グライムヘイムか!?」
「案ずるな。悪いようにはしない。マギド・ラールセンが貴殿に興味を示している。……新たなマギドとして迎え入れることも考えているとのことだ」
「サ、サキはんが……新たなマギドに……」
──ちょ、ちょっと待って!?
全然、ぜーんぜん頭が追いつかない!!!
いきなり出てきて、五大ギルドの偉い人になれって言われても!?




