031 ギルドバトル、決着!
魔獣グラニルに騎乗し、敵本陣に一人向かう男──レードは、震えを隠し切れなかった。
敵陣から飛来するかもしれない矢を恐れているわけでも、罠の存在に怯えているわけでもない。
相手のギルド構成的に、そういったことはないと分かっている。
では、自陣の惨劇を目の当たりにし、相手の底知れなさに怯えているのか。
──それも、震えの理由の半分ではある。
剛体種ゴブリン──異常個体の軍団。
そんな常軌を逸した軍団は、その圧倒的な力で、レードたち同盟軍を瞬く間に蹂躙した。
唯一の希望だった第六天位も敗れた。
つまり、あのサキという少女──およそ戦場に似つかわしくない風貌の女は、単独で第六天位以上の力を持つゴブリンを軍団規模で召喚できる、ということになる。
下手をすれば、五大ギルド本体──”五大府”のメンバーに匹敵する力を持っているかもしれない。
そんな底知れない者たちのギルドに、単身で赴くことの恐怖。
これが、レードの震えの正体の半分だ。
では、残り半分は何かというと──。
「(くそっ! どうして俺が囮のような真似を……)」
心の中で悪態をつき、なんとか自分を保つ。
そうしないと、恐怖で今にも逃げてしまいたくなるからだ。
もしこの”騙し討ち”が失敗したら、自分がどうなるのか想像もできない。
流石に命を奪われることはない……と信じたいが、相応の目に遭うことは覚悟しなければならない。
「(アイツら……ミスらないだろうな……?)」
今回の作戦は、まさに不意打ち。
レードが単身で交渉に赴き、それに応じたグランベルジュのギルドマスターがあの盾の壁から出てきたところを、ヴィオラが射貫く。
射撃場所はここから遥か遠方──さらにクランクの建造魔法でカモフラージュされており、見つかることはないはず。
あとは、ヴィオラの腕頼りだ。
「(今はヴィオラの腕を信じるしかない……)」
卑怯であり、成功率も低い作戦だ。
それでも、やるしかない。
開戦前にもう少し殊勝な態度をとっていれば、とも思うが、後悔しても遅い。
いくら卑劣と罵られようと、何とかこの作戦を成功させて、ギルドメンバーを守ってみせる。
パラッパ・レードのギルドマスターとしての誇りが、レードにもあった。
敵の本陣が近づくと、レードは大声で呼びかける。
敵意がないと知らせるためだ。
騎乗したレードに攻撃が及んでいないことから、彼らには遠距離攻撃の手段はないと考えてはいるが、
それでも隠し玉があるかもしれない。
何せ異常個体の軍団を作り上げる者たちだ、警戒は必要以上にしておくに越したことはない。
「グランベルジュのみなさーん! うぃーす! パラッパ・レードのレードでーす! 敵意はないでーす! 話し合いに来ましたぁー!」
──相手の陣営から「殺しますか」と声が聞こえてくる。
なんて野蛮なやつらだ、とレードは心の中で思った。
「いやあ、参りましたよ! あんなヤツらを従えてるなんて! もうムリ、勝てませんって! というわけで交渉しに来ました!」
とりあえず、エサを撒く。
これでノコノコと相手のギルドマスターが出てくれば、レードの役目はそこまで。
失敗したとしても、ヴィオラたちの責任だ。
しかし、思ったように釣れない。
「……信じられへんなぁ、どうせ罠やろ!」
盾の壁の裏から、目的の人物の声が聞こえる。
──やはり、警戒されている。当たり前だ、俺が逆の立場でも出ていかない。
レードは舌打ちを飲み込み、声を軽く整える。
「んなわけ! 俺は本当に話し合いに来たんだって! ほら、目を見てよ!」
──見に来ない。
「(やっぱ、こんなんじゃ出てこないか……)」
……すると、パンが条件を突きつけてきた。
「アンタのことや、そもそもギルドクラウンを持ってきてないとかあるんちゃうか? もしあるなら見せてや、そしたら考えたる!」
「(きたっ!!)」
レードは急いでギルドクラウンを取り出して掲げ、大声で叫ぶ。
「ほら、ちゃんと持ってきてますって!」
「……ほんまに交渉しにきたみたいやな。でも状況的にウチらが有利やろ? 交渉することなんてないわ!」
「(よしよし……!)」
レードは笑いそうになる口元を必死に抑え、続ける。
「そうでもないんだって! そっちは遠距離攻撃できないでしょ? じゃあ馬に乗ってる俺らを倒せない。ギルドバトルの制限時間いっぱいまで逃げられたら、そっちも困るっしょ!」
「……ほなそうすりゃええやないか」
図星だ──そう確信したレードは、さらに畳みかける。
「いやあ、こっちもこのままあのバケモンにうちの大事なメンバーがやられると困るんだよね。当分、活動ができなくなっちゃうしさぁ」
すると、向こうから沈黙が返ってくる。
──これはいける。
「……やっぱり信用できん。近づいたら裏切るかもしれん」
「じゃあ、近寄らなくていいって! ある程度距離を離して、交渉でいいから!」
「……いきなり馬を走らせて斬りつけてくるかもわからん」
「違うって! もー、分かったって、降りますよっと!」
そう言って、レードが降りた瞬間。
「今やっ!!!」
「ボロゴブくん! アルテミスをあの人のところに放り投げて!」
盾の壁の後ろから、砲弾のように、人が飛んでくる。
それは、散々メンバーから言われていた、あの金髪の女性──アルテミスだった。
「なっ──!」
レードは慌ててグラニルに乗ろうとする。
しかしそれよりも早く、アルテミスが飛来した。
彼女は着地すると同時に、レードに剣を突き付ける。
「動くと殺す。動かなくても殺す」
「ひ、ひぃっ!!」
アルテミスが剣先を寸分も揺らさず、レードの喉元に固定した、その瞬間。
遥か彼方から放たれた矢が、一直線に飛来してきた。
アルテミスの瞳が、わずかに細まる。
矢は、寸分違わずアルテミスの頭部──眉間を貫く角度で迫っていた。
そして、矢がアルテミスに触れるほんの直前。
──ぐにゃり。
まるで、そこだけ空間が歪んだかのように、矢の軌道がずれる。
直進していたはずの矢が、目に見えない手に押し曲げられたように、アルテミスの額を避ける軌跡を描いたのだ。
そして、矢はアルテミスの足元近く、乾いた土に深々と突き刺さった。
「……は?」
レードの口から、間抜けな声が漏れた。
アルテミスは矢を一瞥し、ふっと息を吐いた。
そして、遠方──見えもしない射手に向けて、淡々と言い放つ。
「素晴らしい弓の腕だ。だがエルフに弓は効かない」
「……そ、そんなわけ……ないだろ……」
へなへなと座り込むレードからギルドクラウンを奪うと、アルテミスはそれを持って盾の壁の裏へと戻っていった。
──こうして、ギルドバトルはグランベルジュの勝利に終わったのだった。




