029 ジョンソン vs アマリリイ
ジョンソンは傷だらけの剛体種ゴブリンに向かって、主の元へ戻るように合図を送る。
敬愛する主には回復する手段があることを知っていたからだ。
そんなジョンソンの合図に、剛体種ゴブリンは無表情のまま、足を引きずって立ち去った。
──混乱に包まれる前線の中、不自然な静寂が、アマリリイとジョンソンの間に訪れる。
「…………」
ジョンソンは黙って一歩、前へ出る。
「なんだか、さっきの子よりも話ができそう。あなた名前は──わっ!!」
アマリリイが言い終える前に、ジョンソンが殴り掛かる。
これまでの剛体種ゴブリンと同じ、単純な攻撃。
だが、そこには”経験”の分の重みが乗っていた。
「ちょ、いきなり……!」
アマリリイは慌てて避け、そして淀みなく反撃の動作に移る。
間髪入れず、足を狙って斬りつけた。
──ぎゃりっ。
やはり刃は表層にしか入らない。
しかし、アマリリイは先ほどの戦いから、これで十分であることを把握していた。
「(ダメージが入っていることが分かれば、この子も怖くない……!!)」
僅かでもダメージが入っていることが分かれば、それは無駄じゃない。
ひたすらに繰り返せば、龍だって倒せる。
そう信じるアマリリイにとって「ダメージが入っているか」はとても重要だった。
そして、”剛体種ゴブリンにアマリリイの攻撃は通用している”ことが分かった今、アマリリイからすれば怖い相手ではない。
さっきの個体同様、ダメージを蓄積させる。
すると、相手の攻め手が限定され、大きな動きに頼った攻撃が増える。
やがて、隙も大きくなる。
そこを狙えばいい。
「えいっ!」
リーチの長い鎌から繰り出される、隙の少ない攻撃がジョンソンを襲う。
ジョンソンの攻撃は、何度やっても空を切るばかりで、アマリリイに少しのダメージも与えることはできない。
──このままでは先ほどの二の舞になる。
ジョンソンはそれを分かりつつも、とりあえず攻撃を続けて時間を稼ぐ。
踏み込んで、大きく腕を横に薙ぐ。
大木のような腕から繰り出される一撃を、アマリリイは踊るように半身だけ外へ逃げると、鎌で上腕を斬る。
「どう? 痛い?」
──今度は両手を組んでの叩きつけ。
両手を組んで、頭上から落とす。
しかし、アマリリイは軽々とジョンソンを跳び越え、背後から再び足を斬られる。
「んっ? 今のは効いたんじゃない? ね!」
ジョンソンは答えず、次々に攻撃を繰り出す。
しかし、そのどれもアマリリイは読みきり、当たらない範囲に逃げてしまう。
ヒット・アンド・アウェイ。
鎌の刃が、ジョンソンの傷を増やしていく。
しかし、ジョンソンの攻撃の手はやまない。
そんなジョンソンの様子に、アマリリイは心底楽しそうだった。
「あなた、本当にタフだね……! 私もやりがいがあってすごく楽しいッ! そうだ、私が勝ったらゴブリンくんの召喚士を紹介してよ……! もっと凄い子と闘えるかもッ……!」
余裕そうにそう言うアマリリイ。
その言葉を聞いた瞬間、ジョンソンは、アマリリイをジッと見つめたまま微動だにしなくなった。
「えー! もう終わり!? もっとやりたいのに~!!」
諦めた──そう判断したアマリリイは、ジョンソンに近づく。
そんな不用意な──挑発に近いアマリリイの行動にも、ジョンソンはやはり興味を示さず、ただ立ち尽くす。
それを見て、あーあ、とため息をつくと、アマリリイはジョンソンの左腕目がけて思い切り鎌を振り下ろした。
──そんなアマリリイの一撃を、ジョンソンは待っていた。
敢えて斬撃が深く入る方向に腕を動かしたのだ。
「──ッ!?」
傷口が広がるように、ダメージが大きくなるように、腕を動かす。
そうして鎌をグリグリと深く食い込ませた後、ジョンソンは左腕に力を込める。
鎌が、抜けない。
化物じみた筋肉でしっかりと固定された鎌は、アマリリイがいくら力を込めても引き抜けなくなった。
「ちょ、ちょっと! 私の鎌、離して……!」
必死に抜こうとするアマリリイに向かって、ジョンソンの右腕が伸び、彼女の腕をしっかりと掴んだ。
──ついに、捉えた。
そんな目でアマリリイを見つめるジョンソンだったが、当のアマリリイは鎌を取り返そうと必死だった。
そんなアマリリイに、ジョンソンは左腕の筋肉を緩めてやる。
すると、勢いよく鎌が抜けた。
「やったあ! 抜けた──あびゃ!」
嬉しそうに笑うアマリリイへ、ジョンソンの一撃が叩き込まれる。
傷口が裂ける痛みなど無視した、純粋な、全力の左ストレートだ。
それを真正面から体に受けたアマリリイは、まるでボールのように思い切り吹き飛んだ。
──ずざざざざざっ。
地面を転がり、砂を巻き上げて止まる。
数秒の沈黙。
そして、アマリリイは仰向けのまま、両手をぱたりと広げた。
「いったーい! わあ、負けちゃった……! 悔しい! もっとやりたいのに……!」
そう言って、彼女は動かなくなる。
そんな彼女の手には、鎌が握られていた。
あれほどの衝撃を受けたにもかかわらず、最後まで決して手放さなかった。
「第六天位が……負けた……」
そんな、誰かのつぶやきは大きな波紋となり、恐怖が広がっていく。
怯えた冒険者たちを、剛体種ゴブリンたちが蹂躙していく。
大勢は既に決していた。




