028 第六天位冒険者アマリリイ
混乱に包まれる前線で、一つだけ切り取られたような空間が存在した。
飛来した剛体種ゴブリンから逃れた結果、そこに一つの”隙間”ができたのだ。
その隙間に、一人の少女が楽しげに踏み込んだ。
第六天位冒険者、アマリリイ。
人類の到達点とも呼べる第七、そしてそれを超越した第八──そんな高みに足を踏み入れるように。
「おっ、あなたとっても強そう!」
巨大な鎌を肩に担いだ少女は、薄ら笑いを浮かべる。
飛来した剛体種ゴブリンが、かがみこんだ姿勢から起き上がると、無機質にアマリリイに目を向けた。
「こんにちは!……勝てるかな?」
アマリリイが無邪気に挨拶をする。
──返事はない。
剛体種ゴブリンは黙ったまま、ただ歩いてアマリリイに近づいてくる。
「やる気みたいだね……私も鎌を構えよっと。ふふっ」
そう言って一人で笑う。
もし周囲の冒険者たちが見ていたら、常軌を逸していると恐怖に慄くかもしれない。
ただ、彼らにそんな余裕はなく、ただひたすら逃げ惑うか、抵抗を試みていた。
剛体種ゴブリンが一歩、また一歩とアマリリイに近づいてくる。
近づくほど、その体躯に圧倒される。
「すっごい筋肉……。鎧みたい。鍛えてるの? 生まれつき?」
アマリリイの場違いな質問にも動じず、剛体種ゴブリンはアマリリイの前に立つ。
──ぶぉんっ。
風を裂く音とともに、不愛想な拳が飛んでくる。
予備動作のない高速の一撃であり、当たると確実に戦闘不能になる一撃。
そんな理不尽な攻撃を、アマリリイはギリギリのところで横に避ける。
拳は空を殴り、その衝撃がアマリリイの髪を乱す。
「うわ、当たったら痛そう!」
そう言って、アマリリイは半歩だけ距離を取る。
剛体種ゴブリンは止まらない。
次は両手を組み、躊躇なく振り下ろした。
──ずぅん。
アマリリイは後ろに跳ぶ。
だが、剛体種ゴブリンの一撃で地面が大きく揺れた。
「うわっ!」
その衝撃で、アマリリイの足が浮く。
その一瞬を逃さず、剛体種ゴブリンが前に詰め、腕を伸ばして掴みに来る。
「あぶないっ!」
掴まれたら終わる。
アマリリイは身を捻りながら、鎌を回した。
──ぎゃりっ。
刃が剛体種ゴブリンの前腕に深く食い込む。
……はずだった。
剛体種ゴブリンの腕は鉄のように硬く、刃が表層までしか入らない。
「かったい!……ゴブリンくん、ダメージ入ってる?」
そんな問いかけの最中にも、剛体種ゴブリンの腕が振り抜かれ、空気が割れる。
アマリリイは、今度は紙一重で避ける。
頬に風圧が当たり、皮膚がひりつく。
「寡黙。ちょっとくらい話してくれてもいいのに」
そう言いつつ、アマリリイは仕返しとばかりに鎌を、今度は脚に振り下ろす。
腕よりも少し深く入るが、それでも思ったようなダメージを与えられない。
「全身硬いねぇ。どこが弱点なんだろう?」
剛体種ゴブリンの次の一手は、膝での一撃。
腹を突き上げるような動きだ。
普通の人間が受けたら、内臓が破裂しかねない、そんな一撃。
アマリリイはそれを、ゴブリンの体を跳び越えて避ける。
そして、背後から背中──ではなく、膝裏へ刃を走らせた。
──ずっ。
今度もまた、少しだけ刃が入る。
しかし、やはり致命的な一撃にはならない。
「膝裏まで硬いって、どうやって鍛えてるの!?」
すぐに反撃が来る。
背後を肘で叩き潰すような一撃。
アマリリイは地面を転がって避け、砂まみれのまま起き上がる。
「うーん、ダメージが入ってるのか分かんないんだよなー」
剛体種ゴブリンは相変わらず無表情のまま、アマリリイに向かってくる。
……しかし、だんだんと攻撃が控えめになっていく。
攻撃を喰らった箇所を庇うように。
反撃を喰らわないような、隙の小さい攻撃に。
「……おっ、効いてる? ねえもしかして効いてる?」
そんなアマリリイの煽りにも近い物言いに、ついに剛体種ゴブリンは大きく叫び、体当たりを繰り出した。
「あぶなーいっ!」
横に大きく前転して体当たりを避ける。
当然、体当たりの隙は大きい。
そこを逃さず、アマリリイは鎌での三連撃を叩きこんだ。
それを嫌がり、剛体種ゴブリンは大きく距離を取る。
──そしてついに、剛体種ゴブリンが片膝をついた。
「やったあ!」
アマリリイが満面の笑みで、一歩詰める。
剛体種ゴブリンは一歩も下がらず、最後の力を振り絞る準備をした。
そんなときだった。
──ずん。
別の足音が、二人だけの戦場の隙間に入ってきた。
大きな影が、二人の間に入る。
──剛体種ゴブリン。
しかし、さっきの個体とはどこか違う。
「えー! もうちょっとだったのに! ていうかとっても強そう!!!」
アマリリイは得物を構え直す。
頭髪のない、他と比べて少し小さな体の個体。
”ジョンソン”と名付けられた剛体種ゴブリンが、アマリリイの前に立ちはだかった。




