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帝都の夜、禁欲の異能中尉は、闇の花嫁に口付けを  作者: じょーもん


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第八話 陽と闇の共鳴

「なんか、この会議室、不思議な圧迫感がありますね。」


 売店の袋を机の上に置きながら、千景は壁の装飾を見回した。

 清晴もまた、視線を巡らせて、結界の具合を確かめる。


「防音結界のせいだと思う。俺もあまり好かないが……君の異能は、今や最高機密のひとつだからな。仕方がない。」


 清晴は手にしていた四冊の本のうち、以前千景の枕元で読んでいた一冊を取り出した。

「とりあえず、そこに掛けたまえ。」


 八つ並んだ椅子の中から、彼は自分の隣を指す。千景は素直にそこへ腰を下ろした。


「一応聞くが――異能とは何か、神威とは何か。講義を受けたことは?」


 問いに、千景は首を横に振る。


「いいえ、まったく。普通の女学校に通っていたので……」


「問題ない。いまは西欧の魔法学と統合する風潮があって、学説も理論もすぐに古くなる。

 知識は多いに越したことはないが、実際に体得する方がずっと価値がある。」


 清晴は開きかけていた本を閉じ、その上に指を組んだ。


「まず――異能とは、誰もが内に宿す超自然的な力だ。

 だが、それを外界へ作用させられる者は、およそ四千人に一人の割合にすぎない。」


「……超自然的な力を、外界に……?」


 千景が小首をかしげると、清晴は苦笑まじりに頭を掻いた。


「つまりだな。異能そのものは誰の身にもあるが、何か“起こせる”ほど強い奴は、四千人に一人ってことだ。

 さらに戦闘に使えるとなると、もっと限られる。そういう連中が士官候補になる。」


 彼は短く息をつき、机上の本に視線を落とす。

「現在、異能特務局に籍を置く軍人は、全国でおよそ二千。

 その全員が伍長以上の階級を持ち、少尉以上の士官となると三百人ほどだ。」


「普通の兵隊さんは、いないのですか?」


「ああ。異能を使える時点で、一般兵よりはるかに多くの働きができるとされている。

 たとえば少尉一人で、歩兵一小隊――およそ三十名分の戦力に換算されるんだ。」


「へぇ……すごいですね。」


 素直な感嘆に、清晴の自尊心がくすぐられた。

 思わず口の端がにやりと吊り上がり、彼は慌てて咳払いで誤魔化す。


「ま、まあな。そういった貴重な異能者が集まっているのが――異能特務局だ。

 正確には陛下直属の機関であって、各師団や部隊に協力はしても、どこにも属さない。

 その特務局の中でも、ごく一部が“神威(かむい)”と呼ばれる特殊な力を有している。」


「かむい?」


「ああ。八百万の神々と契約を結び、固有の力を授かる者のことだ。

 俺もその“神威持ち”の一人で――、神威も異能も、基本的には血筋に左右される。」


「清晴中尉も、神威持ちなんですか?」


「ああ。俺の両親も神威持ちでな。夫婦で中将の位を賜っている。

 二人は“夫婦神”の依り代でもあるんだ。」


「夫婦の神様……? 清晴中尉も、奥さまがいらっしゃるんですか?」


 首を傾げる千景に、清晴は薄く笑って答えた。


「いや、俺には妻はいない。婚約者も、まだいない。

 今は父の“夫神”から力を借りているだけだ。

 正式に誰かと婚姻を結べば、その時は父母から完全な神威を継承することになる。」


「そうなんですね。清晴中尉の奥さまとなる人は、責任重大ですね!」


 胸の前でこぶしを握り、屈託のない笑顔を向けてくる千景に、

 なぜか――どきりと心臓が跳ねた気がした。


「と、とはいえ……誰でも(めと)れるわけじゃない。

 斎部家の跡継ぎは代々“陽の気”が強く、陰陽の均衡を崩しやすい。

 だから“陰の気”を多く宿す女性を妻に迎え、気を安定させる必要があるんだ。」


「はい! 先生。“陰陽の気”って何ですか?」


 すっかり緊張がほぐれた千景は、冗談めかして授業のように手を挙げた。


「うむ、千景君。“陰陽の気”とはな――異能とはまた別に、生命が持つ根源的な力のひとつじゃよ。」


 おどける彼女に、清晴もつい調子を合わせ、二人は顔を見合わせて噴き出した。

 ひとしきり笑ったあと、清晴は咳払いをして仕切り直す。


「裏と表、静と動、光と影――。

 あらゆるものには相対する状態があり、その均衡のなかで生命は育まれている。

 しかし、異能にせよ神威にせよ、その力を振るえば、性質に応じて陰陽の気が乱れる。」


 清晴は一度息を整え、指先で机を軽く叩いた。


「たとえば俺は、夫神・戸神名神(とかむなのかみ)から神威を賜り、火の異能を有している。

 男という性も、火という属性も、どちらも“陽”の気に属する。

 ゆえに、力を使うたびに身体の内に陽の気が蓄積してゆくんだ。」


 そう言うと、清晴は机の上に置かれていた千景の手を取り、ぎゅっと握りしめた。

 その掌から伝わる見えない力が、熱となって千景の体内へと流れ込んでくるのがわかる。


「わかるか? これが――陽の気だ。」


「あ……ええ。もしかして、これって……私の力が暴走したときに――」


 千景は思わず、あの夜の“口づけ”を思い出し、唇にそっと指を触れた。

 瞬間、顔がみるみる熱を帯びていく。


「そうだ。包み隠さず言うと――陽の気は体液、ことに“精”に多く宿る。

 粘膜や経口による接触が、もっとも効率よく受け渡しができて……

 その最たるものが――く、くちづけ……や、(ねや)、だな……」


「ねっ……閨!? あ、ああっ! だから――奥さんと結婚しなきゃいけないんですねっ!」


 千景もつられて慌てふためき、

 誰が見ているわけでもないのに、あたりを見回して視線をそらした。


 清晴は「……年頃の娘に聞かせる話ではなかったな」と俯き、

 咳払いをして何とか立て直した。


「ま、まあ――俺は陽の気が溜まりにくい体質らしくてな。

 だから、まだ結婚のことは考えなくてもいいんだ。

 それよりだ。問題は君のほうだ。

 君こそ、感情や異能が暴走するたびに“陰の気”が揺らいで危なっかしい。

 これから異能の練習に入るが、俺がいる前でのみ行うこと。――決して、一人で勝手にやらないこと。」


「はーい。ということは――いよいよ実践ですね、先生?」


 千景は目を輝かせた。

 清晴は苦笑しながら、机に置いてあった本をようやく開く。


「よし、始めようか。

 まずは――異能の力の源を感じるところからだ。

 丹田(たんでん)、つまり下腹部を意識してみて。」


 千景は目を閉じ、言われたとおりに下腹へと意識を集中する。


「そこから、背骨を通って何かを汲み上げるようなイメージをしてみろ。」


「……よく、わからないです。」


 目を閉じたまま首を傾げる千景の手を、清晴はそっと取って握りしめた。


「よし、じゃあ最新の西欧式の方法を試してみよう。

 俺の属性は火だが、君は闇だから問題ないはずだ。」


 そう言うと、彼も目を閉じ、握り合った掌から自らの異能を流し込む。

 千景の掌から、骨を伝い、やがて下腹の奥がじんわりと熱を帯びていくのがわかった。


「……体内を異能が流れる感覚、掴めたか?

 では今度は、その丹田を温めている力を――逆に、俺へ返してみて。」


「は……はい。」


 千景はしばらく苦戦していたが、やがてコツをつかむと、自らの異能を清晴へと送り出した。


「そうそう……うまい、うまい。

 ああ――闇の力とは……こういうもの、か……」


 清晴の身体が、びくりと小さく震える。

 薄目でその様子を伺うと、頬はうっすらと紅潮し、どこか恍惚とした表情を浮かべていた。


 何か――見てはいけないものを見てしまった気がして、千景は慌てて異能の力を止めた。

 清晴もはっと我に返り、気まずそうに咳払いをする。


「異能者の皆さんって、みんな……こういう訓練をして使えるようになるんですか?」


 千景が視線をそらしたまま尋ねると、清晴はゆるく首を横に振った。


「いいや。ほとんどの異能者は、物心つく前――遊びの中で自然に発現させるものだ。

 異能を使う行為には、ある種の“原初的な快感”が伴う。

 だから、子どもは本能的に、それを繰り返すようになるんだ。」


「なるほど……でも、どうして私は発現しなかったんでしょうね。」


「わからない。――闇の異能は、そもそも特殊なのかもしれない。」


 清晴は首をひねり、開いた本の一節を指でなぞった。


「“闇属性の魔法は、物質として現れることはない。

 現世に作用したと感ぜらるるのは、あくまで物質に影響を及ぼした結果として映る”……とある。

 火や水のように目に見える現象が伴わない分、幼少のころに多少発動していたとしても、本人が気づけなかった可能性は高いな。」


「では、具体的にどんなことができるんですか?」


 千景の瞳が輝き、身を乗り出してくる。

 不意に触れた身体の柔らかさに、清晴の心臓が――再びどくりと跳ねた。


「あ、ああ……この一節によると――」


 清晴は必死に意識をその感触からそらし、

 開いた書の文面へと目を落とした。

 闇魔法の実践――そこに意識を集中させるために。

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