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帝都の夜、禁欲の異能中尉は、闇の花嫁に口付けを  作者: じょーもん


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外-六 ミトノカビメ考──黒曜会薬害事件・後日談

 篠崎朝彦(あさひこ)は、初代異能特務局局長・篠崎資雅(すけまさ)の養子である。

 実子のいなかった資雅は、朝彦が尋常小学校に上がる頃に養子縁組を行った。


 もともと、篠崎家は式内社荒積神宮の宮司の家系で、朝彦もその分家筋の出である。

 荒積神社には、知と記録を司る神立(かむたつ)天音(あまのねの)比売(ひめ)(みこと)が祀られている。

 また同社には、古事記や日本書紀とは別系統の創世神話を綴った、ツヅウラ神語(かみがたり)文書が伝世していた。

 そして、資雅が異能特務局を立ち上げる際、日本全国の異能者や神職、神の依り代などの伝承・歴史・系譜を徹底的に調べ上げた。

 その調査資料に加え、篠崎家は、天津神や国津神の伝承とはまた別系統の“真の歴史”を握っている一族でもあった。


 朝彦は異能にも長けた利発な少年だった。

 だが、彼が特務局に出仕して最も興味を持ち、才を発揮したのは、戦闘や為政ではなく、呪いや護符の分野だった。

 彼は士官から間もなく解呪班へと転属を希望し、二十年余りの軍人のキャリアをそれに費やした。


 大正十一年七月下旬――

 解呪班班長に就任していた彼は、最大の事件と向き合うこととなった。


 黒曜会薬害事件である。


「表向き“薬害”って言ったってなぁ――、こんなん、医者が見れば呪いの類だって、一発でバレるだろうに――」


 朝彦がベッドの患者を見下ろしながらつぶやくと、軍医の堀田が点滴の具合を確かめながら返す。


「まあ、私たちのような“異能者相手”の医者ならわかりますけどね――。

 普通の大学の医学博士じゃ、まず見破れませんよ。大丈夫です。」


「ならいいけどねぇ……」


 彼の前に横たわる患者は、白濁した目を見開いたまま、時折うめき声をあげるほかは静かなものである。

 ただ、全身にはツタ模様のような黒々とした模様が浮かび上がり、

 耳からは膿が垂れて、枕を汚していた。

 食事も水を飲むことすらしようとしないため、今はリンゲル液の点滴によって、かろうじて命を保っていたが、衰弱死は時間の問題だった。


 被害者は百十三名。

 皆、黒曜会の上級会員で、神津毛の我妻郡で行われた儀式の参加者である。

 肩書の内訳は、財界人から大学教授、政治家に果ては華族までいて、それもまた事態をややこしくしている一因だった。


 身内の被害を切に訴え公にする家もあれば、沈黙を守る家もあった。

 被害者を引き取り、自ら医者を探して治療を施す家もあれば、引き取りを拒否する家もあり、対応は様々だった。

 特務局の救護室に二十三名、帝大の病棟に三十一名の、引き取り拒否された会員が収容されていた。


 引き取り拒否の理由は様々で、外聞を気にしたものから、呪いを恐れるものまであった。

 しかも、特務局に運び込まれた者はその中でも特に、たとえ死亡したとしても連絡不要で、遺体の引き取りも拒否するという条件の者たちだった。


「――これが、あの徳井隼人……だったとはねぇ……」


 呟いた朝彦に、堀田が顔色を変える。


「篠崎さん、その名はもう――」


「おっと、すまない……。でも、気にかけていた若者だったからね……。」


 彼の眼前の被害者は、髪も歯も全て抜け落ちて、かつての面影はない。

 足首に巻かれた識別番号だけが、それが二十五歳の異能将校だったことを告げていた。

 目を細めた朝彦に、堀田はそれ以上は追及せず、カルテに輸液量を記入することに集中した。




「ところで篠崎さん、この“呪い”について、何かわかりましたかな?」


 救護室を離れて診察室へと戻ると、堀田は茶を勧めながら、朝彦にたずねた。


「何か、判明したか、気になることがあったから、こちらに来たのでしょう?」


 朝彦は茶を受け取りながら苦笑を浮かべる。


「ああ、堀田くんにはかなわないな……。

 ただねぇ……良い知らせじゃないんだ」


 熱い煎茶を一口すすって、茶碗を卓へと戻してから、朝彦はおもむろに足を組んだ。

 堀田も向かいに座り、机上に置かれた被害者たちのカルテに触れながら、注意深く耳を傾ける。


「――清晴中尉によれば、あれを引き起こしたのは、斎部の妻神・美都香比売……。

 そこで俺は、篠崎家にある文書や資料を再度洗い直したのだが、その中に気になる文言があった。」


「気になる文言?」


 堀田が繰り返すと、朝彦は大きくうなづく。


「養父・資雅の収集した古文書の中に、『神津毛国風土記』の断簡があってね。

 ちょうどそこに、今回の症例と酷似した描写があったんだよ。

 それは、神代の特別な巫女が、神の花嫁となるための儀式でね……

『目を潰しあの世を見て、耳に毒を流し神の声を聴く。全身にすべての部族の物語を描き、すべての部族の長と交わった証にすべての歯を抜く』と――。」


「……それは――。」


「儀式を施された巫女は、霊薬で心を壊し、長くても数年で息絶えたと――。

 風土記が記された時点で、もう廃れた風習だったようだし、前後が失われていたので、具体的な地名や神名はわからなかったが――、非常に似ているよねぇ……」


「……。」


 堀田は手元のカルテを見つめて押し黙る。

 朝彦は再び茶碗に手を伸ばしながら笑い混じりの声で言った。


「清晴中尉によれば、無数の女たちの声が、彼らに神罰を与えた――という話だったからね。

 もしかしたら、そのいにしえの“ミトノカビメ”にされた女たちが、

 自分たちが一番よく知る苦しみで、彼らを罰したのかもしれないねぇ……」


「では、彼らが回復するすべはもう……」


「ああ、残念ながら……。

 あとは、自然に命が尽きるのを、見守るほかないだろうね。」


 診察室には沈黙が落ちた。

 堀田は沈痛な面持ちで、カルテをしばらくめくっていた。

 朝彦はゆっくりと茶を飲み終えて、やがて立ち上がった。



 やがて時は過ぎ、九月の半ばまでには救護室のベッドはすべて空になった。

 死者は郊外で荼毘に付され、遺骨は無縁仏として厚意で寺院に収められたのだった。

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