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帝都の夜、禁欲の異能中尉は、闇の花嫁に口付けを  作者: じょーもん


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外-五 祝福は花吹雪とともに

「何に代えても、なさねばならなかったのです。」


「……何に代えても、そうするしかなかったのです。」


 同じ顔、髪飾りの色だけが違う二人が、口々に言う。


「そうは言ってもねぇ、この面は今は亡き天才面打ち師・山本天鷹の作だよ。

 もっと大事にしてもらわなくちゃ……」


 かわいい孫娘二人に、本気で怒れない桃蘇(ももそ)阿多香(あたか)は、眉尻を下げて困り顔をする。


 桃蘇紅葉(くれは)と桃蘇青葉(あおば)は双子の依り代。

 二人そろって異能特務局に出仕している。


 桃蘇家はもともと木花(このはな)咲夜(さくや)媛を主祭神とする“桃蘇浅間大社”を擁し、

 明治以降は各地の土着神の面を咲夜媛に挿げ替えることで勢力を広げてきた一族である。


 神に被せる面は、この国でも指折りの能面師に依頼してきた。


 天才面打ち師は、何か予見めいたものがあったのだろうか。

 晩年まったく同じ咲夜媛の面を、二枚黙って納入した。


 あれからかれこれ半世紀、奇しくも二枚は双子の古代神に被せられ、双子の依り代に使役されている。



 黒曜会の一件からひと月ほど、桃蘇姉妹は富士山のふもとにある桃蘇浅間大社に祖母を訪ねていた。


 祖母、桃蘇阿多香は異能特務局創設より出仕して、最終階級は特務中将。

 任官中は面を被せた古代神“ミタギリ”と共に、西南戦争から日清・日露まで駆け抜けた歴戦の将である。

 第一線を退いたのちは桃蘇家の総代として、また筆頭宮司としての余生を送っている。


 水の異能を持つ青葉がその祖母から“ミタギリ”を譲り受け、

 火の異能を持つ紅葉が対となる“ホムラメ”の依り代となった。


 そして先の我妻での神降ろし――

 二人は斎部の夫婦神の次代の依り代を救ったが、大切な面に傷を付けてしまっていた。

 木花咲夜媛は美の女神――、そこで祖母を頼った次第だった。


「「(ばば)さま、……直る?」」


 孫娘二人に覗きこまれ、阿多香は言葉につまった。


「――直るけれど、これは京に送らなければならないねぇ。

 それまでは仮の面で過ごさねばならんけど、二人は大丈夫かい?」


「「大丈夫です。私たち、“中身”とも仲良しですから。」」


 揃った声にやれやれと首を振り、控えていた従者に面を入れる箱を持ってくるように指示する。

 そして柔和な笑顔に戻り、二人に向き直った。


「しかし、おまえたちが、斎部の孫を助けるとはねぇ。あそこもいよいよ代替わりかい?」


「ええ、そうよ。清晴中尉殿はまだ目は黒かったけれど、時間の問題だと思います。」


 青葉が言った。


「そうですね、伴侶の千景さんは完全に妻神の依り代に覚醒したから、時間の問題だと思います。」


 紅葉が言った。


「「あとは二人の和合が成れば、もう心配することはないでしょう。」」


 最後は二人の声がそろう。


「それはめでたいね。斎部もそれなら安泰だね。

 しかし、そうなってくると、人のこともいいけれど、おまえたちはどうなんだい?

 出来れば私は曾孫の顔を見て逝きたいから、そろそろいい話を聞きたいのだけれど……」


 祖母の言葉に、双子は「しまった」と顔を見合わせる。


「婆さま、私は青葉と離れたくないのです。」


「婆さま、私は嫁ぐなら紅葉と一緒に嫁ぎたいのです。」


「二人そろって同じ殿方に嫁げればよいのですが。」


「そんな良縁、なかなかありません。」


 矢継ぎ早に話す双子に、阿多香は思わず呆れて声が裏返る。


「おまえたち、二人で一人の男に嫁ごうというのかい?」


「「そうです。離れるなんて考えられません。」」


 微塵のためらいもなく言い切った二人を前に、

 阿多香は思わず眉間にしわを寄せ、こめかみを揉んだ。

 しばらく黙ってから、やがて首を横に振った。


「――すまないが、婆にもそういう心当たりはないねぇ……」


 けれども二人はにこやかなまま、祖母を見る。


「婆さま、今は特務局が楽しいの。仕事と紅葉の事を考えていたいんです。」


「だからごめんなさい。今は任務に集中したいの。青葉だけで精一杯なんです。」


「――仕方ないねぇ……そういう婆も、結婚は遅かったから……ひとのことは言えないしねぇ。

 すまない、余計なことを言ったわ。

 面は東京に届ける。それまで仮のを貸すわ。」




 それから二人は大切な面を預け、代わりの面を受け取ると、早々に実家を後にした。


「ああ、富士の峰があんなにきれいです。」


 伸びをする青葉に、紅葉が指をさした。


「やっぱり、実家から見る富士は最高ですね。東京の富士は偽物だわ。」


 答えた紅葉に、青葉は、にやりと笑った。


「ところでこのまま帰るのは、勿体ない気がするのだけれど。“熱海”なんて寄り道してはどうかしら?」


「“熱海”……ですか。なかなかの名案ですね。いいでしょう。」


 紅葉も同じ顔で、悪魔のような笑みを浮かべた。



 +++++



「「♪Treulich geführt ziehet dahin,

 wo euch der Segen der Liebe bewahr’!」」*


 残暑の昼下がりの熱海――、食堂で昼食をとっていた清晴と千景の前で、

 突然現れた桃蘇姉妹が声を揃えて歌い出した。


「……『婚礼行進曲』?」


 フォークに肉を刺したまま呆然と見つめる千景がつぶやく。


「「大正解~、斎部中尉、千景さん、おめでとうございます~」」


 にんまりと笑った姉妹に、清晴は眉間にしわを寄せる。


「『ローエングリン』じゃないか、悲劇だぞ。縁起でもない。何しに来た。」


 食事時の店内は静まり返り、皆が四人に注目していた。

 その視線をものともせず、姉妹はそろって拍手を送る。


「あら、ご存じでしたか。まあ、斎部の夫婦神でしたら、西欧の神話など、怖くもないでしょう。」


「踏ん切りがついたんですね。目が青く変わっている。ふふふ」


 それから二人はそろって手を上げると、季節外れの花吹雪をまき散らし始める。


「お……おいっ、ここ、店の中――」


 慌てる清晴に、姉妹はお構いなしに笑い続ける。


「「私たちからの祝福です。お二人とは長い付き合いになりそうですから。」」



 やがて、視界が見えなくなるほどの密度で花吹雪は舞い、姉妹の笑い声が遠のいていった。


 花吹雪がすっかりおさまると、既に姉妹は店内から姿を消している。

 店内はすっかり花びらまみれで、客はもちろん、店主も呆然としていた。


「――どうするんだよ、これ……」


 清晴の声が静まり返った店内に響いた。




*Richard Wagner(1813-1883), Lohengrin, Act IIIより

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