第丗六話 神罰の跡で、ふたりは抱きしめ合う
「東京の方は、どうなったのですか?」
千景を抱えたまま、清晴は開口一番、両親へと問いかけた。
腕の中の千景は、両親の前での抱擁に居心地悪そうに身を縮めている。
けれど清晴は、それでも彼女を離すという選択肢を最初から持ち合わせていなかった。
「……陸海両軍の反乱分子は、物の数時間もせずに鎮圧された。その場で射殺された者も多い。
問題は特務局だった――」
父は、ひどく疲れた眼差しで言葉を続けた。
「異能者が相手では、局員と言えども苦戦を強いられた。それでも日没までには事態は収束したがな。
……唯一の幸運は、一般兵側の反乱部隊に“異能者が参加していなかった”ことだ。
異能者は異能者、一般兵は一般兵で戦線が分かれていたのは……不幸中の幸いと言えるだろう」
「本当にね……異能者がもし、他課の異能を持たない将官を殺傷していたら――。
今ごろ“異能者全体”が槍玉に挙げられていたに違いないのよ。
東京では室井局長が、事後処理に奔走していると思うわ。」
時子も夫と同じく重く頷き、深いため息をついた。
「清晴のほうは――ひどい有様だけれど……いったい何があったのかしら?」
「それは――」
清晴が説明しようとした、その瞬間だった。
清至たちの背後のほうで、刺すような怒号が上がる。
「おいっ! お前たちも黒曜会の一味か!」
「さっさと取り押さえろ!」
「い、いえ! 我々は――!」
特務局の局員に囲まれ、縄をかけられそうになっていたのは、
徳井幸助と、その配下の者たちだった。
「父さん、母さん!
徳井幸助とその一族は――今回の“協力者”なんだ。
彼らがいなければ、俺は……今こうして、生きていなかった。
どうか、保護してやってくれ」
清晴は、はっと気づいたように声を張り上げ、両親へと訴えた。
清至と時子は一瞬だけ互いに目を合わせる。
次の瞬間には、迷いのない足取りで幸助たちへと向かっていった。
特務局の第二陣に続き、大本営から派遣された“憲兵隊”と“参謀本部調査班”の混成部隊が到着した。
彼らもまた、百名以上の信者たちが視覚と聴覚を奪われ、
まともな意思疎通さえできない惨状を目の当たりにし、思わず足を止めた。
しかし、動揺したのはその一瞬だけだった。
すぐに表情を引き締め、既に第一陣が始めていた被疑者名簿の作成作業へと加わっていった。
「とりあえず――幸助氏の拘束は免れたよ。
まあ、事情聴取は受けてもらうことにはなるが……」
清至は清晴のもとへ戻ると、ちらりと史郎のほうへ視線を送った。
「しかし困ったな。主犯の史郎が、あのありさまでは……」
彼は深い息を吐いた。
時子も同じく、痛ましげに史郎へ目を向ける。
「死刑は免れないでしょうけれど……
今の姿では、死罪すら“恩情”に見えてしまうわね」
時子はもう一度、重くため息を落とした。
「斎部特務中将両閣下。
お取込み中、大変失礼いたします。
少し、ご子息からお話を伺ってもよろしいでしょうか」
清至たちのさらに背後から、落ち着いた声がかけられた。
「君は――」
清至が言い淀むと、男はきびきびと敬礼をする。
「参謀本部調査班長、白井中佐であります」
「まさか……息子たちを拘束しようというのではあるまいな?」
清至がわずかに眉を寄せ、低くすごむ。
白井は、はっとして首を横に振った。
「い、いえ! 拘束の意図など一切ございません、閣下。
ただ、今回の戦闘経過について、事実確認を行う必要がありまして……!」
「――神罰です。彼らは神を怒らせた」
静かながらも鋭い声で告げたのは、清晴だった。
場の空気がわずかに揺らぎ、白井が思わず清晴の方に目を向ける。
「桃蘇姉妹が神威で癒しても、この有様です。
これ以上の回復は……見込めないでしょう」
「神罰――とは……。
斎部特務中尉の神威によるもの、という理解でよろしいのですかな?」
白井は、探るように、しかし丁寧に問い返した。
「いいえ」
清晴は即座に否定した。
「私の伴侶――千景によるものです。
ただ、誤解のないよう申し上げておきますが、今の彼女に危険性はありません。
神威が発動するのは“特定の条件下のみ”であり、むやみに恐れる必要はありません」
「……ふむ。その“条件”とやらは――
斎部特務中尉がコントロールできるもの、ですかな?」
「はい。
私たちの身の安全が確保されていれば……」
清晴は間髪いれずに答えた。
白井はその返答をしばらく黙って見つめ、やがて静かに息を吐いた。
「……信じましょう。
後ほど、詳しいお話は伺いますが――」
そこで、白井はほんの僅かに声の調子を和らげた。
「参謀本部としても、あなたがた異能者の仕組みまでは到底理解が及びません。
しかし――“重要な戦力”であることだけは、我々も充分に認識しております。
本件の捜査においては、ぜひとも積極的なご協力をお願いしたい」
「承知いたしました。いつでも出頭に応じましょう」
清晴は座り込んだままであったが、敬礼で応じた。
やがて、黒曜会の信者たちは――
身元の確認が済んだ者から順に、足首へ札を付けられ、無言のまま担架に移されていく。
列は途切れることなく続き、
その有様は、まだ息があるというのに、まるで死体の行列であった。
「……これを、私が――やったのですか?」
清晴の腕の中で外の様子をうかがいながら、
千景は震える声でたずねた。
「……“君がやった”というと、少し違う。
正確には、君の中の妻神――美都香比売が、神罰を下したんだ」
清晴は、諭すように、そっと言葉を置く。
しかし千景の不安は消えず、なお問いを重ねた。
「さっき……“条件がある”と言っていましたよね?
その条件って……不用意に発動したりは、しないのでしょうか……?」
「それは……大丈夫だ。
その……先ほどは、俺が“殺されかけた”ときに、だな……
美都香比売に、守られた」
清晴は、言いにくそうに視線をそらし、言葉を濁らせた。
「え……?」
「だから、あの時は――
史郎とコウに、俺が本当に殺されかけて……
君が、俺を守ってくれたんだ。
呪詛が発動した時も同じだ。
俺が被害に遭わないように……美都香比売が、君を通して守ってくれた」
「わ、私が……清晴さんを……?
それなら、その……良かったですが――」
「良くない」
清晴は、きっぱりと言い切った。
「君を守るならまだしも、
あまつさえ“助けに入った俺”が命の危機に陥ったうえ、
挙句、君に守られるなんて……男の沽券にかかわるんだ」
少し唇を尖らせ、まるで子供のように拗ねた顔をした清晴に、千景は一瞬ぽかんと目を見開いた。
だが次の瞬間、こらえきれずに吹き出してしまう。
クックッと肩を震わせて笑い始めると、とうとう耐えきれなくなり、声を立てて笑った。
「――何がおかしいんだ。俺は真剣に――」
「だって……清晴さん、子どもみたいで……」
千景は笑い転げながら、目尻ににじんだ涙を指先でそっとぬぐった。
「清晴さんは……不本意みたいですけれど、私は嬉しいんですよ?
だって――大切な清晴さんを、私が守れたんですから」
ようやく笑いが収まり、千景は真っ直ぐに清晴を見上げた。
清晴はその視線に耐えきれないのか、耳まで真っ赤に染めて俯く。
しかし、しばらくして小さく唸り声を漏らすと――
千景を、ぎゅっと力いっぱい抱きしめた。
「――ありがとう。
そして……危険にさらして、すまなかった」
「いいんですよ。
助けに来てくれたじゃないですか」
千景もそっと腕を伸ばし、清晴の背へ回した。
その細い腕が清晴の身体を抱き返した瞬間、
清晴はふっと息をゆるめ、千景をさらに強く抱きしめた。




