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帝都の夜、禁欲の異能中尉は、闇の花嫁に口付けを  作者: じょーもん


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第丗三話 黒曜会の真相 主祭神の名をかけて

 清晴は、白布で覆われた千景の周囲に、自身の神威による防御柵がしっかりと展開されているのを確認すると、縛りつけられたコウへと歩み寄り、その手から直刀を乱暴に引き剝がした。

 続けざまに彼の拘束を一段強めると、コウの喉から潰れたようなうめきが漏れ、糸の切れた人形のように崩れ落ちる。


「貴様は……しばらくそこで寝ていろ。」


 直刀の握り心地を確かめ、ぶん、と数度軽く素振りをしてから、清晴は檀下に立つ史郎へと、音もなく歩を進めた。


 檀下の史郎は、爆発の寸前、祭壇からかろうじて掴み取った数連の

 鉄釧(てつくしろ)(鉄製の腕輪)を右腕にはめると、焦燥の中でもにやりと口端を吊り上げた。


「――清晴くん。この首飾りが見えるかね?」


 史郎は、自らの胸元に下がる翡翠の首飾りを指で持ち上げる。

 (みどり)色の丸玉と数個の勾玉から成るそれは、暗闇の中でひとり発火するように妖しく光を放っていた。


「この光はなぁ……君が十二年間、護符を通じて送ってきた“陽の気”と“神威”、そして“異能の力”――

 そのほとんどが、ここに詰まっているんだよ。


 ……本当に、ご苦労さま、だったよ。」


 嘲るように言い放つと、史郎も腰に佩いた直刀を抜き放つ。

 刃は瞬く間に火の異能と神威をまとい、炎そのもののように激しく燃え上がった。


 清晴もまた異能と神威を滾らせ、直刀に赤々と炎を纏わせた。


「――そのような“まがい物”に、俺が負けるものかッ!」


 振りかぶり、舞台から飛び降りざまに一気に振り下ろす。

 烈しい火花と火の粉が炸裂し、一瞬、暗闇を昼のように照らし出した。


「フッ。まがい物――とはいえ、十二年……十二年分だぞ?

 そんなに簡単に叩き折れると思うかねぇ?」


 清晴の刃を受け止めた史郎が、神威を滾らせてぐっと押し返す。

 その瞬間、首飾りの丸玉がひとつ――バンッ、と乾いた破裂音を立てて割れた。


 押し返された清晴は、わずかによろめきながらも、すぐに刃へ再び神威を集中させる。

 燃え盛る直刀を大きく振りかぶり――次の一撃を叩き込まんと踏み込んだ。



 黒曜会の会員たちが唱える、地を揺るがすような異様な祝詞の中――

 清晴と史郎は、一合、また一合と刃を切り結んだ。

 その軌跡は、まるで炎の剣舞。

 史郎自身が、相当な手練であることが一目で分かる。


 会員も幹部も、誰ひとりとして手を出さない。


 神威同士のぶつかり合いに不用意に割って入れば、

 ただでは済まないと理解しているのか。

 あるいは――“神威の座”を争う戦いこそ、

 依り代の候補たちが直接その身で競り合うのが正道だと、

 彼らの本能が告げているのか。


 清晴と史郎。

 その二人だけの、苛烈な戦いが続いていた。


「きさまは――“神威”に選ばれたきさまが、

 なぜ欲せぬのだ!

 力ある者こそが、弱き者を、愚かなる民を統べる……

 そんなもの、当然ではないかッ!」


 横ざまに薙ぎ払う史郎が、血走った目で叫ぶ。


「――現人神たる陛下こそ、この国の元首!

 我らはあくまで“神の力を借りる”依り代にすぎんッ!

 依り代ごときが神を討とうなど、思い上がりにもほどがあるわッ!」


「その現人神とやらが――

 “神威”を見せたことがあったかねッ?!

 “異能”の一つでも、使って見せたことがあったかねッ?!」


「それは――」


 清晴が言い淀んだ、その刹那を逃さず、史郎が踏み込んだ。


「そもそも“天皇”などと言い張るものは、大陸から来た渡来の民!

 瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)天照大神(あまてらすおおみかみ)に命じられ、

 高天原(たかまがはら)から降り立ったなどと……

 そんな作り話を真に受けるほうがどうかしておるッ!

 あれこそ高句麗か、どこぞから流れて来た連中ではないかねッ!」


「不敬なッ!」


 清晴の鋭い踏み込みが史郎へ迫る。

 史郎が刃を受け止めるべく神威を滾らせた、その瞬間――また一つ、丸玉が弾け飛んだ。


「きさまこそ知っているのかね……己が神――

 戸神名神(とかむなのかみ)美都香比売(みとのかびめ)の“縁起”を!

 篠崎の老人が幕末に調べ上げた物以上の、あの詳細な記録をッ!」


 史郎は清晴を弾き飛ばすと、肩で荒い息をつきながら細い目をさらに細める。

 清晴も膝をつき、胸の奥を焼くような呼吸の乱れに耐えていた。


「この岩山に戸神名神がその御座(みくら)を置かれたのは……遥か縄紋の世にさかのぼる。

 縄紋人をアイヌ系などと同一視する神学者もおるが――

 縄紋こそ“純然たる日本の古層”!

 人々が集い、暮らし、祈り、ささやかな信仰が結晶して……戸神名神は“産まれた”。」


 史郎の声には、血の滾るような熱が宿っていた。


「縄紋の神こそが、この国の本当の神。

 わが国固有の、純然たる“日本の神”なのだッ!」


「そんなわけあるかッ!

 我々は“大和の民”だ! 誇り高き“大和民族”だッ!

 縄紋人など――そんな未開の原始人と一緒にされては……反吐が出る!」


 清晴は怒号とともに刃を振り下ろす。

 史郎はその刀撃を、真正面から受け止めた。火花が散る。


「では尋ねよう、清晴。“美都香比売”がどうやって生まれたか……知っているか?」


 史郎の声は低く、どこか恍惚としていた。


「あれは“無数の贄”だ。

 神に仕立て上げられ、苛烈な潔斎と苦行、身体改造、その果てに命を落とした――

 無数の乙女たちの魂と情念、その凝り固まった塊だ。

 だから強い。だから、最強だ。」


 刃を押し返しながら、史郎は唇の端を吊り上げた。


「本当に強いのは“妻神”の方だと……きさま、知っていたかね?」


「そんなもの――知る必要はない。

 俺は“夫神”の依り代で、千景は“妻神”の依り代にして俺の伴侶だ。

 それ以上でも、それ以下でもないッ!

 旧き神の力は“借り受ける”もの――帝国のために使う。それだけだッ!」


 清晴はよろめく体勢を立て直し、再び果敢に斬りかかった。

 刃と刃がぶつかり、炎の火花が闇を裂く。


「黒曜会がなぜ“黒曜会”と名付けられたか――教えてやろう。」


 史郎が刃を押し返し、ぎらりと笑う。


「妻神こそ“黒曜の姫巫女(こくようのひめみこ)”。

 美都香比売を主祭神とし、原初の日本人が日の本を統べる――

 それが黒曜会の趣旨だよ、清晴くん。

 君の妻こそが――主祭神なんだよ!」


 その言葉に神威のほとんどを叩き込み、史郎は重い剣戟を振り下ろした。


 玉がいくつも――大きな勾玉までもが、

 ビシィッ! バンッ!

 と連鎖するように弾け飛ぶ。


 清晴は衝撃に後ろざまに倒れ込み、必死に刃で受け止めたが――

 史郎の灼ける刃先は、なおも喉元へと迫る。


 清晴に覆いかぶさり、全体重と神威を込めて組み伏せた史郎の口端に、

 ゆっくりと――勝利を確信した笑みが浮かんだ。


「終わりだ、清晴くん。あきらめたまえ。


 君の余力は、もう一滴も残っていない。

 だが見たまえ、私にはまだ“玉”がこれだけ残っている。

 それに――会員たちの祝詞も途切れない。」


 史郎は、首飾りの残った勾玉をわざと揺らして見せた。


「君に、勝ち目はないんだよ。」


「チクショウ――、千景、おれは――」


 手足の感覚が急速にしびれ、力が砂のようにこぼれ落ちていく中、

 清晴は最後の力をふり絞って、必死に史郎を押し返そうと抗った。


 ――その時だった。


 パンッ。


 乾いた破裂音が、場を裂く。


 史郎の身体が、後ろざまに跳ね飛んだ。

 ほんの一瞬、何が起こったのか理解できず、清晴も史郎も表情が抜け落ちる。


 すぐに史郎が呻き声を上げた。

 右肩を押さえ、苦悶に顔を歪める。

 肩から下が力を失ってだらりと垂れ、その手から直刀がカランと落ちた。


 視線を巡らせると――

 白木の舞台の上で、いつの間にか意識を取り戻したコウが、

 拳銃を構えたまま、こちらへ歩み寄ってくるところだった。


「なっ……コ、コウ! きさま、なぜっ!」


 史郎は突然の裏切りに狼狽し、

 しりもちをついた姿で無様に後ずさる。


 コウはニヤニヤと笑いを浮かべ、史郎の足元までやって来た。

 そして、銃口で脅しながら、史郎の首から首飾りを乱暴に奪いとる。


「総帥。俺にも“斎部の血”は流れてるんですよ。

 夫神の資格だって、あるはずでしょう?」


「きさまなど古き分家の者! 資格など、あるものかッ!」


 首飾りを取り返そうと必死に手を伸ばした史郎の太ももを、

 コウは今度も愉悦に歪んだ笑みを浮かべながら、迷いなく撃ち抜いた。


「へぇ……?

 でも総帥――あなたには“異能”がありませんよね?

 どれだけ願っても、異能特務局の士官には“なれなかった”。

 でも俺は、なれた。」


 コウは銃口を史郎に向けたまま、目だけで嗤った。


「あなたの言葉を借りるなら――

 力ある者こそ、上に立つべき、なんでしょう?」


 やがてコウは、二か所も撃たれ、もはや抵抗の気力すら削がれた史郎を捨て置き、

 奪った首飾りを自分の首にかけた。


「斎部隼人――。

 俺は今日この時より、“斎部隼人”を名乗り、黒曜会総帥として君臨するッ!」


 高らかな宣言を終えると、

 コウは、やっと上体を起こしたばかりの清晴にゆっくりと向き直る。


「あの娘もさ……四十過ぎのおっさんより、

 まだ若い“俺”の方がいいだろう?

 お前のお古は癪だが――妻として、たっぷり可愛がってやるよ。」


 コウはニタァ、と歪んだ笑みを深めた。


「だから清晴。

 貴様は安心して黄泉へ旅立つがいい。」


 わずかなためらいもなく、拳銃が清晴へ向けて構えられ――


 乾いた音が一発、闇に弾けた。

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