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帝都の夜、禁欲の異能中尉は、闇の花嫁に口付けを  作者: じょーもん


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第丗一話 遷座の闇と、浅間に立つ桜

 一度でも服用すれば強烈な依存性を生み、

 二度口にすれば、もはや抜け出るのは困難で、

 三度目には――絶望的。


 その魔法薬“アストラル”を、千景はすでに三度、投与されてしまっている。


 香と千景の痴態にのぼせていた頭が、一気に冷えていった。

 清晴は、目を開けているはずなのに、視界の端から闇がじわりと滲むのを感じた。


「さあ、どうするのだね?

 “アストラル”には経口摂取のほか、注射による血管への直接投与もある。

 こちらのほうが――反応ははるかに激しい。

 自分で飲まないというのなら、我々はこの手段を取るしかないが……

 まだ“賭け”に乗る方が、希望が持てると思わないかい?」

 清晴は、絶望の中で史郎の言葉を必死に飲み込み、せわしなく思考を巡らせた。


 ――どうせ、史郎叔父は、俺と千景を逃すつもりなんかない。

 ならば、まだ異能も神威も封じられていない今のうちに――。


 心に決めると、そっと千景を布団に横たえ、自分は身を起こして正座した。


「……わかった。その賭けに乗ろう。」


 迷いなく畳に置かれた盃を左手で取り上げる。

 そのまま気づかれぬよう、つま先に力を込めて床をとらえた。


 口元へ盃を持って行き、唇が触れるかと思ったその刹那――


 パシャッ。


 盃の中身を勢いよく史郎へとひっかけ、同時に右手で軍刀の柄を握る。

 鞘鳴りとともに、一気に抜き放った。


「うわぁっ!」


 しずくが目に入った史郎が呻く。

 その前へと飛び出した従者の背に、清晴の一閃が深く走った。


 そこからは乱闘だった。


 清晴は、神威で己の肉体を底上げし、炎の異能を刀身にまとわせて斬り結ぶ。


 しかし、相手も斎部家の血筋の者ばかり――。

 いずれも異能を操り、離れた位置からも容赦なく清晴を狙ってくる。


 清晴は千景を庇いながらの制限された戦いで、次第に動きを封じられ、

 ついには数名の男に馬乗りにされ、畳へと押し伏せられた。


「早く! 異能封じの手枷を! 用意してあるだろうっ!」


 史郎の怒号が飛ぶ。

 コウが素早く前に出て、千景の腕にもはめられていた、あの黒い鋼の手枷を清晴の手首に噛ませた。


「うぐっ……うぅ――」


 脱力感が清晴を襲い、それまで耐えきれていた男たちの重みが途端にのしかかる。

 続けて、冷たい金属の首輪をはめられた瞬間――

 体の芯から力が抜け落ち、その場に崩れ落ちた。


「ご苦労さん。もうどいてくれて大丈夫だよ。

 この首輪、原理はよくわかんないけど、男には特によく効くんだよねぇ」


 汗をぬぐいながら、コウがせせら笑う。

 笑いながら、懐からアンプルに入った“アストラル”と注射器のケースを取り出し、

 ぴたりと無駄のない動作で薬液を吸い上げ、針先から空気を抜いた。


 側にいた手下が清晴の袖を荒々しくまくり上げ、青く浮いた血管を露出させる。


「斎部、光栄に思えよ?

 最初の一発目から“注射”なんて、人生観変っちまうよ。ご愁傷様。」


 コウは、楽しげに手慣れた様子で清晴の腕へ針を刺し、ためらいもなく薬液を押し込んだ。


 頭の中で、白い星が爆ぜた。


 清晴の体内にある“力”という力――

 異能も、神威も、血の奥底に眠る荒魂の残滓さえもが、

 一斉に逆流するように暴れまわり、意識をあっという間に押し流してゆく。


 その酩酊感は、これまで感じた何物とも比較しがたく、

 唯一無二の快楽を伴って脳を焼き尽くしていく。


 ものの数秒で、清晴の視界は暗転し、意識はふっと途切れた。


「やれやれ……やはり気を失ったか」


 自分を庇って倒れた従者の死体を乱暴に押しのけ、史郎がむくりと身を起こした。


 布団の上では、虚空を見つめて薄ら笑いを浮かべ、喉の奥で低いうなり声を漏らす千景と、

 白目をむき、全身を痙攣させたまま硬直している清晴。


 その無様な光景を見下ろしながら、史郎は満足げに唇をゆがめた。


「よし、こいつらは奥の部屋に放り込んで鍵を掛けろ。

 ――目覚めりゃ勝手に貪り合うだろうさ。

 その間に、我々は“遷座の儀”の準備を進める。

 ……庭のネズミもしっかり狩っておけよ。」


 史郎の指示に従い、部屋や周囲に群がっていた男たちは三々五々、自分の持ち場へ散っていく。

 その一方で、清晴と千景は四人がかりで無造作に担ぎ上げられ、畳をずるずると引きずられていった。


 彼らが放り込まれたのは――

 千景がここに来て最初に閉じ込められた、窓のない暗い部屋だった。

 出入り口には、一人だけ見張りが立つ。


 今の二人は、手枷と首輪により異能も神威も封じられた、ただの“無力な生き物”。

 見張りはひとりで充分だった。



 +++++



「……言わんこっちゃない……最悪ですね。どうします?」


「……助けないわけにはいきませんが、私たちだけでは厳しい。

 援軍を呼ばねば――」


 怒号が飛び交い、庭では提灯やカンテラを手にした男たちが右往左往し、

 桃蘇姉妹の姿を追っている。

 しかし姉妹は身軽で、音もなく影から影へと滑り込みながら走り抜け、

 あっという間に館の外へと抜け出した。


「追えーーっ! 逃がすなーーッ!」


 二人は裏手の岩山へ駆け上がる。

 岩場をまるで鹿のようにひょいひょいと踏みしめ、急勾配さえ軽々と跳ぶ。


 やがて、カンテラでもサーチライトでも追いつけない高さ――

 山頂の小さな平場まで登り切ると、二人はそこで肩を寄せ合うようにしゃがみ込んだ。


 夜明けはまだ遠く、空は漆黒。星が無数に散りばめられ、月明かりにも負けずに瞬いていた。


 眼下には、斎部の屋敷がはっきりと見える。

 月光にぼんやり照らされた大地の中で、人域だけが異様に煌々と篝火を焚き、

 庭には、蟻のように小さな黒い影がうごめき続けている。まだ二人を探しているのだ。


 ふと、山腹の平場にも明かりが点じられているのが目に入った。


「あれ……見えますか? あれが“遷座”の舞台でしょうか」


 青葉が指さす先では、いくつもの松明が焚かれ、

 真新しい白木の舞台全体が淡い橙光に包まれていた。


「たぶんそうでしょう。

 ……斎部の神威が、国家転覆に使われるなんてことになれば、

 あの男が勝とうが負けようが……我々、異能者の未来はありません」


 紅葉は深刻そうに首を振り、あたりを鋭く見回した。

 すると、南西の空に、月明かりにかすかに浮かび上がる巨大な山影が目に入る。

 山頂から白い噴煙を噴き上げ、火口の溶岩がその噴煙を下から赤々と照らしていた。


「見てください……! 浅間山が見えますよ!

 私たちの――木花咲夜比売(このはなさくやひめ)がおわす山のひとつです!

 ……火を噴いています!」


「まあ……! こんなに近くに!

 これなら、お力をお借りできますね!

 青葉、桃蘇の“木花咲夜比売”を持つ者は、

 今、特務局本部におりますか?」


「おります。何人もおります。彼らに伝えてもらいましょう。

 ――敵の首魁が、我妻にいると」


「ええ、ええ。伝えてもらいましょう。桃蘇の祭神・咲夜比売を通して」


 言うが早いか、二人は浅間山の方向へと膝をつき、両手を地へ添え、

 全身に神威を滾らせた。


 刹那――。


 二人の背後に、淡い光がふわりと立ち上がる。

 “ミタギリ”や“ホムラメ”とは似ても似つかぬ、

 洗練され、気品に満ちた国津神の姿――、


 二人が属する、桃蘇浅間大社の主祭神、木花咲夜比売の姿だった。


 長い黒髪は見事に結い上げられ、手には淡い光を宿す桜の枝。

 面は端正な女の面で、その表情は静謐でありながら、

 どこか炎の気配を秘めている。


「遥かなる浅間(あさま)におわす、火の母神(ははがみ)木花咲夜比売(このはなさくやひめ)よ。

 御身(おんみ)を分けし幸霊(さちみたま)に、御力を分け与えたまえ。」


「遥かなる浅間におわす、火の母神・木花咲夜比売よ。

 御身を分けし幸霊に、我が願いを伝えたまえ。」


「「御子(みこ)らを、御依(みよ)(しろ)を――危機にさらす悪しき者へと抗う力を、

 どうか、与えたまえ……」」


 深々と地に額を擦り付けると、背後の神々も静かに頭を垂れた。


 その時だった。

 浅間の山頂の赤光がわずかに揺らめき、その方角から“巨大な何か”の気配が迫ってくる。

 それは一陣の風となり、山頂へと駆け上がり――二人の背へ、はらはらと季節外れの桜吹雪を散らした。


()が子らの願い――聞き届けたり』


 鈴音のように澄んだ声が、空を満たすように響く。

 風はそのまま進路を変え、北東――東京へと吹き抜けていった。


 その声が、木花咲夜比売の依り代にしか聞こえないことを、二人は知っていた。

 二人は満ち足りた表情で空を仰ぎ、風の去った方角へ、もう一度深々と頭を下げた。


「紅葉……すごいです。御神(みかみ)は、私たちに――無尽蔵のお力をお授けくださるおつもりです」


「青葉、慎重に行きましょう。

 御神が私たちに“何を課されたのか”をよく考え、与えられた役目を全うするのです。

 ――きっと、私たちにしかできないことがある。

 だからこそ、これほどの御力をお貸しくださったのです」


 二人は手のひらを見つめながら、静かに言い交わした。

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