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帝都の夜、禁欲の異能中尉は、闇の花嫁に口付けを  作者: じょーもん


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第廿話 消えた十二年分の陽の気

 清晴は、千景の手から上衣を乱雑に受け取ると、

 そのまま駆け出しそうな勢いで向きを変えた。


「待ってください、清晴さん! どこへ行くつもりなんですか!?」


 千景が慌てて彼の袖をつかむ。


「どこへって……史郎叔父のところへ、確認しに行くに決まってるだろ!」


 動揺を隠しきれない声音で清晴が返すと、

 千景はフルフルと首を横に振った。


「だめですよ。叔父さんを信じたい気持ちは分かります。

 でも今は――誰が敵かわからないんです。

 さっき時子さんにも、慎重になれって言われたばかりでしょう?」


「――っ、じゃあ……どうしたらいいっ!」


 行き場のない焦燥がそのまま言葉になり、

 清晴は吐き捨てるような調子になってしまう。


「特務局には、呪符を分析できる方がいるんですよね?

 まずはその人に解析してもらいましょう。

 ……それとも、もうその護符、鑑定済みなんですか?」


「いや――異能者は、その……特に神威持ちは、

 ここに特殊な事情を抱えていることが多いんだ。

 だから、こういう護符の類は、申請さえすれば比較的簡単に持ち込める。

 一族の秘術や、門外不出の技が関わることも珍しくない。

 だから……詳しい内訳までは報告しなくてもいい、

 そういう“慣習”になっているんだ。」


 説明を続けるうちに、清晴の身体からようやく緊張が抜けていった。

 落ち着きを取り戻し始めた彼の様子に、千景は小さく安堵の息をつき、

 つかんでいた袖からそっと手を離す。


「では、改めて調べてもらいましょう。……ああ、でも、

 その“分析できる人”が信用できるかどうかも分からないんですよね。

 これは……困りましたね……」


「そうだな……徳井の件もある。

 局内と言えど、むやみに相談はできない……。

 まあ、とりあえずは――局長に相談するしかないか。」


 清晴は深くため息をつき、局長室を訪ねる決意を固めた。




 まず官舎へ寄り、清晴の部屋から予備の護符が入った封筒を持ち出した。

 局長室に向かうと、室井は在室中で、軍服の上衣を着ずに手に持っていた清晴の姿を見て、

 一瞬だけ怪訝な表情を浮かべたものの、突然の訪問を快く迎えてくれた。


「とりあえず、これを見ていただけますか。」


 清晴は封筒を逆さにして、中の未使用の護符を執務机の上に広げる。

 二センチ角ほどの小さな鉛片――それを、室井は皮手袋をわざわざ着けてから、

 一片をつまみ上げ、引き出しから取り出したルーペで観察した。


「これは……」


 みるみるうちに室井の表情が険しさを帯び、

 ルーペを外すと、低い声で清晴に問いかけた。


「……これを、どこで?」


「先ほど話題に出ました、私の叔父で――、

 斎部医薬化学商会を経営している史郎さんから提供されているものです。

 陽の気を抑える護符で、十三の時から常用しています。

 使用期間は一枚につき一週間ほどで、定期的に取り換えておりました。」


 室井は護符をそっと机上に戻し、

 皮手袋を外してから、眉間に指を当てて深く揉んだ。


「……全く同じではないが――同種と言っていいほど、

 中野で使われていた呪符に似ているな。」


「はい。千景が気がつきました。

 本来なら解析に回したかったのですが、状況が状況で……

 誰を信用してよいのかも判断がつきません。

 まずは局長にご報告し、ご助言をいただきたく、持参しました。」


「……そうだな。」


 室井は短く呟くと、思案を切り上げたように

 執務机脇の電話機へ手を伸ばした。


 受話器を取り、交換手へ手早く内線番号を告げる。

 間もなく相手が出たらしく、室井は低い声で一言だけ伝えた。


「――局長室まで来てくれ。」


 受話器を戻すその動作にも、緊張の色が滲んでいた。


 それからしばらく、護符の性質や、会議室襲撃時の状況などを話していると、

 やがて局長室の扉がコン、と叩かれた。


輝昌(てるまさ)、俺だ。」


 低い声がして、壮年の男が入ってくる。

 左腕には特務局でも一目置かれる“解呪班”の腕章。

 神威持ちとは系統の異なる、もう一つのエリート部隊の人間だ。


朝彦(あさひこ)、忙しいところ悪いな。ちょっと斎部の(せがれ)が――

 まずいもんを持ち込んでナァ……」


「また禁制品か?」


 男は室井の気安い呼びかけに軽く眉を上げ、

 室井の机の上へ素早く視線を走らせた。


「いや、そういう類ではない。

 ただ――出所と取り扱いが、最高機密になりそうだ……」


 室井はポリポリと頭をかき、清晴たちに向き直る。


「清晴、深山くん。こちらは特務局解呪班班長、

 篠崎朝彦特務大佐だ。

 前局長の縁者で、俺のカメラートでもある。

 信用には足る相手だ。


 朝彦、こいつらは――斎部清至中将の倅は分かるな。

 こっちが深山千景くん。今は仮任官だが、今後清晴と組ませる予定だ。」


「ほう、彼女が――闇属性の使い手か。

 篠崎朝彦だ。よろしく。」


 篠崎は千景に向き直り、人懐こい笑みを浮かべて握手を求めてきた。


「……深山千景です。」


 千景もそっと手を伸ばし、その手を取る。


「おう、斎部の坊主。そんなに睨むなって。

 おめぇの嫁さん候補か? 安心しろ、

 俺はこんな若い娘にゃ興味ねぇからよ……」


 彼の言葉に、清晴は渋々と殺気を引っ込めた。

 その様子に、篠崎だけでなく室井までもが苦笑する。


「まったく、本当にな。

 斎部宗家の男どもってのは、揃いも揃ってこうなんだから……面白いよ。」


 篠崎は肩をすくめ、軽く息を吐いてから「さて」と表情を引き締めた。

 視線を机の上の金属片――護符へ戻す。


「朝彦、清晴はそれを十三の時から使っていたそうだ。

 “陽の気の暴走を抑えるため”にな。

 恒久的なものではなく、一週間ごとに取り換え、常に身につけていた、とのことだ。」


 室井がルーペを差し出すと、篠崎はポケットから白手袋を取り出し、

 両手にはめて慎重に護符をつまみ上げた。


 室井から受け取ったルーペで、篠崎は細部を丹念に観察する。

 かかった時間は、一分にも満たない。

 だが、その沈黙はやけに長く感じられた。


「……最近、この手の物を見る機会が多くてな」


 ルーペを室井に返しながら、篠崎は深く小さなため息をついた。


「……篠崎大佐、これは……いったい何なのですか?」


 抑えきれない不安を滲ませ、清晴が訊ねる。


「おめぇはこれを“陽の気を抑える護符”と聞いてるようだが……

 じゃあ、その仕組みは説明されてるか?」


「……いいえ。」


「ふむ。なら――相当、悪質だな。」


 篠崎は一瞬、口を閉ざして言葉を選ぶように考え込み、

 やがて静かに口を開いた。


「端的に言えば――

 これはおまえの陽の気はもちろん、異能、そして斎部家固有の神威までも吸い上げ、

 どこかへ“転送”する仕組みになっている。」


「……は?」


 清晴の思考が一瞬止まった。


「西欧式に言うなら――

 おまえの魔力の相当量を、誰かが“くすねる”構造になっている、ということだ。」


 篠崎はそこで言葉を切り、適切な表現を探すように眉を寄せた。


「悪質だ、と言った理由はな……

 どう言えば伝わるか……」


 一拍置いて、重く告げる。


「ここから転送された分を、別の人間の丹田に“植え付け”れば――

 おまえの父親……いや、斎部家当主には及ばないにせよ、

 相当な強さの“神威持ち”異能者が一人、出来上がるってことだ。」


「……じゃあ、俺の神威や異能が父たちより弱かったのも……

 陽の気が、ほとんど溜まらなかったのも……」


 清晴の声には、かすかな震えが混じっていた。

 千景は、清晴の指先が微かに震えるのに気づき、

 そっと傍らへ寄り添った。


「そうだ。誰かが“くすねて”いたからだな。

 おまえは十三の頃から、この護符を常用していたと言ったな。

 斎部家の神威は、清至中将の証言では“二次性徴の頃に発現し、

 継嗣が決まる”とされている。

 そして――この術式を見る限りだが……」


 篠崎は言葉を慎重に選ぶように、わずかに息をのんだ。


「本来のおまえは、

 父・清至中将や、祖父・故清孝閣下と同等……

 いや、状況によってはそれ以上の素質を持っていた可能性が高い。」


「そんな……じゃあ、俺は……十二年間も……

 俺は――」


 自分の手を見つめる清晴の目は、焦点を失っていた。

 篠崎は痛ましげに眉をひそめる。


「まあ……“陽の気に苛まれずに済んだ”という駄賃と考えられなくもないが――

 そんなふうに割り切れんよなぁ。


 で……この護符をおまえに勧めたのは、誰だ?」


「斎部史郎。斎部医薬化学商会の経営者だ。」


 答えたのは室井だった。

 その名を聞いた瞬間、篠崎の表情が引き締まる。


「……本当か?

 軍とも取引のある大会社じゃないか……。

 え、じゃあ、つまり……おい、これはかなりまずい案件では――」


 篠崎の思考の中で、散らばっていた点と点が、音を立てて線を結んだ。


「……だから言っただろ。

 出所と取り扱いが“最高機密”になりそうだって。

 もう気づいていると思うが――

 これは、先日の中野の呪符と同じ出所と考えざるを得ない。

 つまり……清晴の異能や神威も、

 黒曜会に“流れていた”可能性が極めて高い。」


「俺の――異能と神威が……黒曜会に?」


 清晴は呆然と視線をさまよわせ、

 信じられないものを見るような目で、室井を見上げた。

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